第107話 小さなライバルとの別れ
「もう行ってしまわれるのですか? あなた達にはどうお礼をしていいのやら……」
山賊を討伐して村も要塞化したことだし、オレ達が滞在する意味はない。
今日、村を発ってインバーナム家がある町に向かうことにした。
村の門の前で村長達が勢揃いして見送ってくれている。
「ミューちゃーん! お別れいやだよー!」
「うみゅー……」
「ミューちゃん、また来てね! 絶対だよ!」
「みゅ!」
オレのそばで村の子ども達がレベル20と別れを惜しんでいる。
いつの間にかスライムと親交を深めた村の子どもって冷静に考えたら怖くないか?
いくらオレでも幼い頃にこのスライムを出会っていたらこんなスキンシップを取れる自信がない。
しかも返事をしてるんだけど地味に再会を約束しなかったか?
「アルス様、ミューちゃんはやっぱり連れていくんですよね? 置いていけないですよね?」
「できるわけねぇだろ。お前も言うようになったな、エスティ」
「すみませんすみませんすみません!」
エスティが全力で頭を何度も下げた。
それだけ村の子ども達がかわいそうに見えるのはわかるんだがな。
手放せない理由としてはこいつを野放しにしたらどうなるかわからないからだ。
それと地味に役立つというのもある。
あのクソ姉が作ったものの恩恵を受けているのが少し気に入らないけど事実だからしょうがない。
「アルス様のおかげでもうこの村に何が来ても怖くありませんぞ。この前なんか猪の魔物をぶっ飛ばしましたからな」
「だろうな。もうお前らはソルジャーだよ」
「ハッハッハッ! まだまだこの筋肉、衰えませんぞ!」
この村長、マジでかめはめ波を撃つ時の亀仙人みたいになってるからな。
後ろに並んでいる村の大人達もボディビルダーみたいになってるし、とても村人とは思えない。
「アルス様、こちらをお持ちください。少ない心づけですが村で採れた野菜です」
「すごくありがたいんだが、この量を持っていけと?」
「え? むしろ少ないくらいでは?」
台車に山盛りに積まれた野菜の威圧感が半端ないんだが。
誰がこれを引いて歩くんだよ。馬すらいないんだぞ。
道中で消費できる自信がまったくないから、立ち寄った他の町で売るか。
「ありがたくもらっておくよ。村長達も達者でな。あとリクもな」
リクは言葉を発さずにオレの前に出てきた。
そして鞘に納めた剣を差し出す。
「これ……返す」
「それはお前にくれてやる」
「いいの?」
「元々エスティの訓練用に買ったものだからな。適性武器が剣であるお前に使ってもらったほうがいい」
オレがキッパリそう言い切るとリクが剣を愛おしそうに見つめる。
こんな村じゃ剣なんて手に入らないだろうからな。
いや、なんかちらほらと武器を携帯しているのがいるわ。いつの間に作ったんだよ。
「オイラの初めての剣……」
「ただし約束しろ。お前は強くなるために努力を惜しまない、とな」
「うん! 絶対に強くなる! そしていつかアルス兄ちゃんと戦いたい!」
「いいぞ、その意気だ」
オレはリクの頭を撫でた後、がっしりと握手をする。
小さなライバル出現ってところだな。
リクの才能はオレもびびるほどで、マジでうかうかしていられない。
こんな地図にも載ってないような村にとんでもない逸材がいたもんだ。
これはレティシアが主人公だと絶対にわからなかった。
「それでは皆さん! 達者でなぁーーー!」
「村長達もな」
村人達が盛大に見送って手を振ってくれた。
何の思い入れもないはずだったがオレも甘くなったのかな。
少しだけ目元が緩みそうになった。
「ぶえぇぇーーーん! かなじいよぉーーー!」
「シェムナ、涙と鼻水を拭け。いつ魔物が襲ってくるかわからないんだぞ」
「らっれぇー!」
「だってぇじゃない」
どさくさに紛れてシェムナがオレによりかかってこようとしたきたが、さりげなくかわした。
レベル20がそっと寄り添ってシェムナの涙と鼻水を吸収している。マジかよ。
「ミューちゃあん……」
「うみゅー」
慰めているように見えるが、こいつはこいつで単に水分がほしかっただけじゃ?
などと邪推してしまうのはオレが捻くれているだけか?
というかすっかり名前がミューで定着したな。もうそれでいいよ。
* * *
「あぁ、疲れた……アルフィスったらどこにいっちゃったのよ」
「リリーシャさん、弱音を吐いている場合ではありませんよ。今、私達はどうなってます?」
レティシアが偉そうに何か言ってるけど、答えは言うまでもない。
ようやくエスティの家を見つけてアルフィスの足取りを掴んだものの、道に迷っていた。
何をどう歩いたらこうなるのか、私にもわからない。
なんで山の中を歩いているのかもわからない。
「アルフィス様、前の町では見つかりませんでしたね」
「大体なんで見つからないのよ。こんなにしっかりとした似顔絵まで用意したのよ」
私が描いたアルフィスの似顔絵は完璧だ。
これで見つからないのはどう考えてもおかしい。
「リリーシャさん、その絵ではちょっと……それはニンジンですか?」
「な、なによ! あなたもジャガイモみたいな顔の絵じゃない! アルフィスのことバカにしてるの!?」
「失礼ですね! これでも幼い頃、美術の教育係に個性的な絵だと褒められたのですよ!」
「教育の意味ッ!」
私も美術の成績はまぁ低くはないはずだ。
私の絵を見た教師が引きつった顔をしたけど気のせい。
そんなことよりこんなくだらないことでケンカをしてる場合じゃない。
旅の資金が底をつきそうだし、人がいるところを探さないとまだ野宿だ。
でもこんな山の中に――
「あ! 何か見えますよ! 要塞か何かですかね?」
「本当ね。行ってみましょう」
希望を見出した私達が駆け出すと、そこにあったのは本当に要塞だった。
高い壁がそびえ立っていて見張り台からは筋肉の化け物みたいなのが見下ろしてきた。
えっと、なにここ?
「む! 何者だ! 怪しい奴らめ!」
「こ、こっちのセリフよ! ここはなに!」
「ここはウクタの村だ! そこを動くな!」
「村なの!?」
私達が戸惑っていると扉が開いてたくさんの筋肉お化けみたいなのが出てきた。
顔に対して体の大きさが釣り合っていない。そんなのが大量に迫ってくる。
「また兵士か!」
「新手の山賊か? いや、女だ!」
「怪しいな! とりあえず捕まえろ!」
殺気だった謎の化け物たちが追ってきて私達は――
「いやぁぁーーーー! 気持ち悪い!」
「は、話せばわかるかもしれません!」
「じゃあレティシア! あんたが交渉してよ! 私は嫌よ! キモいし!」
もちろん全力で逃げ出した。
冷静に考えれば倒せない相手じゃないと思うんだけど逃げ出した。
私は人生で初めて得体のしれない者に対する恐怖というものを味わった。
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