第105話 綺麗ごとじゃ終わらせない
鉄球魔人ウェルダムの後ろにいるのはリクだ。
剣を構えて緊張した面持ちながらも走る。
そして鉄球魔人の後ろから大きく剣を振りかぶった。
「おりゃあぁぁーーー!」
「なにぃ!」
鉄球魔人が振り向いたと同時にリクの剣が斜めに入った。
鉄球魔人の体が大きく斬られて血が噴き出す。
リクの力じゃ致命傷には程遠いが、不意打ちで斬られた鉄球魔人にはダメージが大きい。
「このガキ、うぐぉ……!」
「てやぁぁー!」
鉄球魔人がややふらついたところを見逃さず、リクは追撃に迫る。
今度は頭から縦に斬り込まれて鉄球魔人はたまらず尻餅をついた。
あの巨体と魔力強化のおかげで致命傷には至ってないものの出血による影響は無視できない。
立てなくなった鉄球魔人がリクを見上げる形となってしまった。
ご自慢の鉄球はオレが破壊したからもうこいつに打つ手はないな。
「お、俺がこんなガキに……!」
「お前、口の利き方には気を付けたほうがいいぞ」
「なにぃ!」
オレが声をかけてやる。
今のリクをただの子どもと思っていたら大間違いだ。
そこにいるのは恨みを募らせた小鬼と言っていい。
リクはこいつを殺す気満々だ。
二撃も受けて大量の出血をして立てなくなったことを自覚すべきだな。
ようやくその事実に気づいたのか、鉄球魔人はリクに手の平を振る。
「ま、待て! 俺が悪かった! 調子に乗りすぎた!」
「……うるさい」
「もうこの村には手を出さない! それにお前、俺を殺したらもう二度と引き返せねぇぞ!」
「引き返せない?」
リクの動揺を見て鉄球魔人は好機と捉えたようだな。ニヤリと笑う。
「俺は傭兵時代に数えきれないほどの人間を殺してきた。初めて人を殺した時はそりゃ手が震えたもんさ。同時に思ったんだよ。もう戻れねぇってな」
「なに、つまりどういうこと?」
「人を殺した時点で獣と同じなんだよ。身も心も汚れる。人殺しっつう事実は消えねぇ。お前の友達や家族とは違う人間になる。何せお前は友達や家族と同じ人間を殺したんだからなぁ」
「……家族なんていないッ!」
キレたリクが鉄球魔人に剣を振り上げた。
いい感じに揺さぶりをかけていたのに地雷を踏んだな。
普段から人を人とも思わず、他人を慮ることをしなかった外道にありがちだ。
「わぁぁぁぁーーー!」
「そこまでだ」
オレがリクの腕を押さえた。
意外そうな顔をしたリクがオレを見上げる。
「な、なんで?」
「こいつにはまだ聞きたいことがある」
リクを押さえつつ、オレは息を切らしている鉄球魔人の前にかがんだ。
助かるとでも思っているのか、その目からはまだ生気が感じられる。
「お前にはこれがいい。カース」
闇魔法カースは呪い状態を付与する魔法だ。あらゆる苦痛が全身を襲って思うように行動できなくなるやつだな。
「う……あ、頭が、吐き気、が……体が、う、動かない……」
「死ぬことはないから安心しろ」
「おぇぇ、うげぇ、あふっ……た、助け、ううぅ……」
鉄球魔人は呪い状態に陥った。
ゲームだと一定確率で動けなくなるという効果だが、実際にはこんなにえぐかったんだな。
鉄球魔人が倒れ込んで嘔吐してしまった。
「アルフィス様! アタシ、ばりばり倒したし!」
「うん、偉いぞ」
「それだけ?」
シェムナが頭を突き出して何かを催促してきた。
そして隣にルーシェル、二つの頭が目の前にある。
どうもスライムと知能レベルが同じなのか、撫でてやるとぴょんぴょんと跳ねて喜んだ。
オレに褒められるためにがんばるというのも考え物だな。
* * *
「……ようやく吐いたぞ。山賊は先日の兵士……インバーナム家と繋がっている」
山の木に縛り付けた鉄球魔人からようやく吐かせることに成功した。
村に戻ってきたオレが皆に告げると、村長が怒りで打ち震える。
「なんてことを……! では我々は奴らに貢いでいたようなものではないか……」
「あの兵士どもは山賊を見逃す代わりに盗品の提供を受けていた。つまり本来の税である物資に加えて二重取りしていたわけだ」
「供給が追い付かないわけだ……! おのれッ!」
これがこのサブイベントの真相だ。
ゲームだと山賊と兵士が繋がっていたことが判明するのはもう少し後なんだけどな。
面倒だから先を知っているオレは予めそれを明らかにしておいた。
わざわざあの鉄球魔人を遠くに縛り付けておいたのは理由がある。
と、オレはリクに少しだけ目を向けた。相変わらず不満そうにふてくされているな。
「今すぐにでもあの男を殺しましょうぞ!」
「もう死んだ。傷が深かったみたいだからな」
「な、なんと……」
オレがウソをつくと村長達は信じてガックリと肩を落とした。
オレはそんな村長達に手を叩いて次の行動を促す。
「さ、そろそろ各自仕事に戻ったほうがいい。村を要塞化するのに忙しくて畑仕事なんかが進んでないだろ?」
「ハッ! そ、そうだ! 見張り台を増やそうなんて考えてる場合じゃない!」
「これ以上いらんわ」
ただでさえ東西南北に高いのがそびえ立っているんだからな。
もう何が攻めてきても一目瞭然だよ。
例えば兵士どもがノコノコやってきてもな。
村人達が慌てて散っていった後、リクだけが残った。
「アルス兄ちゃん……」
「リク、こっちへこい」
オレがリクをこっそりと連れ出した。
不思議に思ったシェムナ達がついてこようとしたけどルーシェルが止める。
「やめな。アルス様の邪魔をしたら許さないよ」
「邪魔って……」
ルーシェルはある程度を察しているようだな。
オレと女の子が絡むとうるさいけど、それ以外は本当に冷静だ。
いつもこうだと助かるんだが。
オレがリクと共に山の中にやってくると、そこには瀕死の鉄球魔人が木に縛り付けられていた。
「こ、こいつ死んだんじゃ!?」
「かろうじて生きてるぞ。それよりお前はこいつを殺したいんだろ? 何せ両親の仇だもんな」
「な、なんで、なんでそれを知ってるの?」
「こいつが吐いたんだよ」
もちろんウソに決まってる。
リクの両親が山の事故で死んだなんてのは村長達の真っ赤な嘘だ。
これも次のサブイベントで判明するんだが、ゲームではリクが真実を知らないまま終わる。
リクに憎しみに囚われて生きてほしくないと思った村長達の優しさだが、オレは違うと思う。
真実を知らないままで終わり、世の中にはこういうクズがいると知らないまま過ごす。
そっちのほうが残酷だ。
「村長達、絶対ウソついてるってずっと前から思ってた。だからオイラ、村を出てこいつを殺したかったんだ」
村長達の子供だましのウソに騙されるリクじゃなかった。
確信を得たリクの目には確かな光、それも炎が宿っている。
リクが静かに剣を握った。
「お、おい、待ってくれぇ……許してくれ……」
命乞いする鉄球魔人にリクが剣を向ける。
オレはあえて振り向かずにこの場を立ち去った。
こんなやり方が適切かどうかはわからないがオレは一応悪役貴族だ。
綺麗ごとで終わらせてやるほど甘くない。
「お前も元傭兵なら最後くらい覚悟を決めろよ」
オレが鉄球魔人ことウェルダムにかける最後の言葉だ。
その直後、ウェルダムのつんざく叫びが山に響き渡る。
オレは何も聞かなかったことにして山を下りた。
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