第103話 弱肉強食こそ人の本懐

「頭、そろそろですぜ」

「あぁ……」


 セイルランド王国のインバーナム地方の山奥で俺は山賊を率いている。

 かつては傭兵でそれなりに名を轟かせていたが今じゃこの様だ。

 傭兵なんてのは戦争が終わればただの人殺しでしかない。


「あの村の奴ら、まーた俺達のためにたんまり食料を蓄えてますぜぇ」

「そうだな。懲りもせずによくやる」


 隣国戦争中はよかった。

 違法薬物や魔道具がそこら中で取引されていたからな。

 金さえあれば何でも手に入った。


 ところが戦争が終わると急に国が規制し始めやがった。

 ベランナから始まり、使い勝手のいい魔道具の武器なんかもすべて国に押収されちまう。

 あれだけ必死こいて傭兵を募集していたくせに、用済みとなると捨てやがった。


 おかげでどの町に行っても人殺しとして扱われてしまう。

 騎士団や宮廷魔術師団だって同じことをやっているのになんでこうも差が出る?

 そこでオレは気づいた。人の本質ってやつにな。


「今日も今日とて弱者どもをいたぶるかねぇ、頭?」

「唯一クソなのはあの村、ババアしかいねぇのがな」

「仕方ありませんよ。あんな限界集落にまともな女なんていませんって」

「それもそうだな」


 俺は腰を上げて手下どもを引き連れて山を下り始めた。

 総勢52人、どいつもこいつもどこかしらで悪事を働いたろくでなしどもだ。

 どの町にもいられなくなってこうして集まった。


 国で雇われている人間と俺達。

 その差は結局もって立場や身分だ。

 もっと突き詰めれば俺も弱者だった。


 国という巨大な権力に抗えず、こうして隅に追いやられている。

 そう、人の本質は弱肉強食だ。

 弱い奴は落ちぶれていつかは狩られちまうのさ。


 だったら俺達が同じことをしてもいいだろう。

 弱いものいじめこそが人の本質、国の偉い奴らだってやっていることだ。

 否定はさせねぇぜ。違うってんなら今すぐにでもすべての弱者を救済してみろ。


 だから俺達があの村から奪いつくしても問題はない。

 さぁて、見えてきたぜ。

 あれが弱者が身を寄せ合う村――ん?


「頭、あんなでかい壁なんてありましたかねぇ?」

「場所を間違えたか? いや、そんなはずはねぇ。まさか領主が支援でもしやがったか?」

「それはないでしょ。だって俺達は……」

「大方、弱者の最後の抵抗ってところだろ。野郎ども! いくぞッ!」


 俺が鼓舞すると同時に一斉に山を下り始めた。

 あんな壁なんて関係ない。どうせハリボテみたいなもんだろう。

 そう思ったんだが――


「ぐあぁっ!」

「ぐっ!」


 手下が矢で射られてしまった。

 バカな。どこから誰がやりやがった?


「頭! 上ですぜ!」

「はぁ!? なんだありゃ! いつの間に弓兵なんか雇いやがった!」

「いや、よく見りゃあれは村人ですぜ!」

「な、なんで!?」


 思わず素っ頓狂な声を出しちまった。

 確かにあれは村人だ。だが明らかに体つきがおかしい。

 あんなに逞しい体なんかしてなかったはずだ。


「ほーらほらほら! ザコどもが来たよ! ちゃんと狙えー!」

「なんだ、あのガキは! 女がいるじゃねえか!」

「うるせーばぁか。顔を洗ってないせいで虫の巣になってそうなヒゲなんか生やしやがってさ」

「無駄に口が悪いな!?」


 村人どもを指揮しているのは女のガキだ。

 クソ生意気な口の利き方をしやがってからに見てやがれ。


「野郎どもッ! 気合いを入れろッ! 失敗したらどうなるかわかってんだろうな!」


 俺は大声で再び手下どもを鼓舞した。

 手下どもは矢で射られながらも城壁まで辿り着く。

 数は減ってしまったが、ここまでくればこっちのもの。

 とっととこの扉をぶち壊して中を荒らせばいい。

 と思ったんだが――


「来やがったな! ぶっ殺してやる!」

「まずは足か! 腕かぁ? ヒヒヒッ!」


 扉が開いて出てきたのは変わり果てた村人どもだった。

 全員が膨張した筋肉の鎧をまとっているかのようであり、そして人格もおかしい。

 舌なめずりをして向かってきてあっという間に手下を殴り飛ばした。


 その威力はぶっ飛ばされた衝撃で木に激突させてしまうほどだ。

 この時、俺は初めて肝が冷えた。

 傭兵時代でさえ感じたことがなかったこの感覚、おそらく本能が逃げろと訴えている。


「ひゃっはぁぁ! よわっちいなぁ! こいつらホントにあの山賊かぁ!?」

「足らんのよ! 筋肉がな!」


 村の男どもはどいつもこいつもおかしくなっていた。

 この村にはとてつもない悪魔がいる。

 その悪魔が村の奴らを変えちまった。


 悪魔ってのは元々魔界の住民だが、時々人間界に現れては暗躍すると聞いたことがある。

 その悪魔と契約をして絶大な力が得たのが召喚憑きだ。

 まさかこの村に召喚憑きがいるってのか?


「召喚憑きぃ! 出てこい! この剛闘士の名で恐れられた……」

「お前ってステーキのウェルダンみたいな名前だよな。確かウェルダムだったか?」


 更に登場したのは悪魔とは程遠い男のクソガキだった。

 まだ幼さが残る顔立ちで俺をとぼけた顔で見てきやがる。

 こいつ、なんで俺の名前を知ってやがるんだ?

 あのお方のおかげで手配書は出回ってないはずだが?


「この村が変わったのはてめぇの仕業か!?」

「いや、オレはきっかけと手段を与えたに過ぎない。あとはこいつらが勝手に進化した。正直言って怖い」

「何をわけのわからねぇことを……。何者か知らないがこの剛闘士ウェルダムの前に立ったのが運の尽きだ」

「お前って意外と強いんだよな。ただの山賊だと思ってたら、みたいな」

「あ?」


 いきなり俺を褒めただと?

 俺の名前を知っているところといい、なんだか妙だな。

 まぁいい。その通り、俺はその辺のザコとは違う。


 傭兵時代、敵を殺した数で俺を上回る奴はほとんどいない。

 数だけで言えば、あの有名な黒死蝶以上だと自負できる。


 極限まで鍛えた肉体の上に魔力強化を上乗せしているおかげで、どんな重い武器だって扱える。

 この鉄球を振り回せば森を更地に変えることだってできるんだからな。

 そう、俺の辞書に多勢に無勢という言葉は存在しない。


「さすがにお前の相手は村人には少し荷が重い。オレが相手をしてやるよ」

「クソガキがぁ……とことん世の中を知らねぇな! 俺は戦闘のプロだ! この鉄球は決して外しやしねぇ!」


 オレは鉄球を構えてガキにぶち当てる気概を持った。

 オレの周囲で次々と村人に手下が倒されていくが構いやしねぇ。

 いや、まるで意味はわからんが俺だって傭兵だ。

 こんなガキに負けたとあっちゃ剛闘士の名折れよ。

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