第102話 やりすぎたかもしれない

 オレ達が村に滞在して20日が経過、思ったより早く村を守る塀が完成した。

 丸太を厳選しつつ加工して作ったから、かなり頑強なものになっているはずだ。

 完成した際には村人達が互いを健闘し合って歓喜している。


「俺達、やったんだな!」

「夢じゃない!」

「これで村は守られる!」


 いや、まだ塀が完成しただけだからな?

 なんかエンディングの雰囲気が漂っているがこれで終わりじゃない。

 むしろ始まりだ。


 塀作りのおかげで村人達の体はそこそこ仕上がった。

 もちろん一か月足らずで筋肉がつくわけがない。

 全身の筋肉を動かすことによって魔力がよく巡っている。


 村人達に流れる魔力は微量だがまったくないわけじゃない。

 魔力は体調とも連動しているからとても重要だ。

 今の村人達の体内には魔力が濁流のごとく流れている。


「よし、ここからは本格的な体作りだ。お前らには超簡単な魔力強化を覚えてもらう」

「まりょくきょうか? なんだそりゃ?」

「お前らの中にある魔力で肉体を強化する。腕を強化すれば重いものを持てるようになり、足なら足が速くなる。強い奴は大体やってるやつだ」

「そんなのオレ達にできるのか?」

「オレ達が普段からやっているものは無理だ。だから超簡単な魔力強化と言ったんだ」


 強化といっても魔力を意識してより体内に巡らせる程度だからな。

 自分で魔力の流れを意識できるようになれば、より体は強くなる。

 その意識のおかげで血流が程よく流れて、筋肉を作り、体に様々な作用をもたらす。

 要するに超効率よく筋力トレーニングができるわけだ。


 これの下準備として全身の筋肉を使ってもらった。

 不十分な体でいくら魔力の流れを意識したところで、すべてに行き届かない。

 体を動かさないせいで血管やリンパ管が詰まって血や液が流れにくくなるのと同じだ。


 今日からそのトレーニングとして瞑想を行ってもらった。

 それから体に感じるかすかな感覚を報告してもらっている。

 それが魔力だと教えれば、より感じやすくなるからな。


 だけどオレはこんなトレーニングをしたことがない。

 申し訳ないがオレ達は生まれた時からある程度、魔力というものを感じている。

 だからこういう超初歩のトレーニングは必要ない。


 高飛車なようだがこれが血筋や素質の差だ。

 だから名門貴族が貴族であり続けられるし、人々よりも秀でることができる。

 世の中は才能じゃなくて努力だなんて言葉を信じたいが、現実は厳しい。


 初日は当然、誰も何も感じることができない。

 だけどやっていくうちに2日、3日と経ってちらほらと変化があった。

 それを真っ先に感じたのは――


「リク、どうだ?」

「あ、あれ? 剣が軽くなったような?」

「お前が魔力の流れを理解したからだ。今のお前の体は魔力によってより良く作られている」

「こんな短期間で!?」


 オレもそこはびびった。

 こんな短期間で体が効率よく作られるとはな。

 だけど安易に褒めるようなことはしない。


「最初、お前に剣を振れるようになれと無茶振りしたのはこのためだ。違いを理解してもらうためでもある」

「じゃあ、最初からできるわけないって思ってたの?」

「まぁな。だけど無駄にはなってないはずだ。基本の姿勢は教えたし、それにならって動いたなら必要な筋肉は十分動いている」

「すっげぇ……オイラ、強くなれる!」


 いうなれば超効率的筋肉トレーニングだ。

 これによって村人達は飛躍的な進化を遂げるだろう。

 それから村人達はオレが言わなくても塀の強化を図った。


 みるみると出来上がっていくのは堅牢な要塞みたいなものだ。

 見張り台、より厚くなった塀、そしてその上には人が一人立てるスペースがある。

 そう、それはもはや城壁だった。


「いやぁ! 体を動かすのが気持ちいい!」

「アルスさん! あの見張り台、少し低くないか? もう少し高くしたほうがいいよな?」

「あ、あぁ、好きにしてくれ」


 いや、すでに山の中腹くらいまで見渡せるほど高いんだが?

 そしてオレは見張り台まで作れなんて言ってないんだが?

 体つきもなんか筋トレ動画を配信している人みたいになっているし、70歳過ぎくらいのじいさんなんか明らかに若返っている。


「おりゃっ! とりゃっ!」

「おっと……」


 村人への指導の傍ら、オレはリクを含めた希望者に戦い方を教えていた。

 その中でもリクは飲み込みが凄まじく速い。

 まだまだ座っている状態のオレに当てることすら難しいが、段々と動きが洗練されていっている。


「エスティおねーちゃん! 火が出せた!」

「はい! よくできました!」


 はぁ!?

 オレが思わず振り向くと、そこには手の平から小さい炎を出す村の子どもがいた。

 エスティが手を叩いて褒めている。


「これが魔法です。皆さんの中にある魔力が形になって現れたのです」

「すごーい!」

「おもしろーい!」


 待て、なんで村の子ども達が魔法を使っている?

 まさかエスティ、基礎を教えたというのか?

 魔力の放出はオレが村人に教えた魔力強化とは別の技術だが、あいつはオレと同じくらいの成果を出している。


 というよりおそらく教えることに関してはオレより上だ。

 たぶんオレ達みたいな貴族よりも、できない人間の気持ちがわかっているからだろう。

 確かにそういう人間のほうが教師に向いているのかもしれない。


「うみゅ」

「わぁ! なにこれ!」


 いつの間にかレベル20があっちにいた。

 危害は加えないと思うが、さすがに驚かせてしまったか。


「うみゅう」

「かわいい! うみゅうみゅ!」

「うみゅー?」

「うみゅー!」


 なんか子ども達に人気だぞ? あれ一応魔物扱いだからな?

 形を変えて子ども達を楽しませたり、プールみたいにして遊ばせている。

 頼むから溶かさないでくれよ。


「ほら! 次は当てられるからよく狙って!」

「はいっ!」


 塀の上ではルーシェルが村人達に弓矢の使い方を教えていた。

 隣にいるシェムナのおかげでルーシェルの暴言が激減しているのはいいことだ。

 いわばコーチのコーチだな。情けない限りだが。


「アルスさん、なんだか短い間でずいぶんと様変わりしましたなぁ」

「村長、あんたもな」


 オレがリク達の相手をしていると、村長がのっそりと現れた。

 顔は老人なのに体が30歳くらい若返って筋肉もりもりなじいさんがいる。

 技を放つ時の亀の仙人かよ。


「こんなに活力がみなぎったのは何十年ぶりか……なんだか若返った気分です。ハッハッハッ!」

「本当に若返ったかもな」


 オレは本来、葛藤というものをほとんどしたことがない。

 やりたいことなんて一つだし、他人に気を使うのがバカらしいからだ。

 だけどオレは今、初めて葛藤している。

 これでよかったのか? やりすぎじゃないのか?


「さぁて、アルスさん。午後からは共に筋肉を鍛えましょうぞ」

「いや、オレは少し休憩する」


 こいつら、何に目覚めてしまったんだ。

 何より恐ろしいのはこの変化に違和感を抱いているのはオレだけということ。

 その証拠にこちらにやってきたルーシェル、エスティ、シェムナに慌てている様子はない。


「さすがアルス様! さっすがアルス様!」

「アルス様、あの。子ども達に次の段階に進んでもらいたいので少しお手伝いを……」

「アルス様、村の男達がアタシをジロジロ見てくるんだよー。ぶっ飛ばしていいか?」


 この状況で平常心を保てているのはオレくらいだとよくわかった。

 たぶんこいつら、オレならこのくらいはやるだろうと思っている。

 オレ、なにかやっちゃいました?

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