第101話 大切なのは意識改革だ

「よし! いいぞ! もっと気合いを入れろ!」


 村人達がオレについてきたから、オレはひとまず村のために仕事をしてもらうことにした。

 先日から村を見て回った結果、どうも水不足が目立つ。

 一応井戸はあるがほとんど枯れていて十分な水分供給ができていない。


 雨が降らなければ作物も育たず、水分不足は人のパフォーマンスに大きく影響する。

 だからオレは村人達に山にある沢から水を引っ張ってくるように命じた。

 日本の田舎でたまにある貯水槽を作るためだ。


「うわあぁぁ! ア、アルス様! やっぱりダメだぁ!」

「チッ、情けないな」


 別のチームでは村人達に狩りをさせることにした。

 ルーシェルをコーチとして弓矢で狩りをさせたが、やっぱり最初はうまくいかない。

 村人達を追うバーストボアという猪の魔物をオレは切り裂いて片づけた。


「すげぇ! さすがアルス様!」

「これが今日のメシか!」


 この村では獲物を狩らずにもっぱら野菜食が中心だ。

 食料を得る手段は大いに越したことはなく、狩りを教えていた。

 ただコーチがな。


「ばぁか、ざぁこ。あんなザコにも勝てないなんて生きてて情けなくならないの?」

「う……」

「むしろ今までどうやって生きてきたの?」

「め、面目ない」


 外傷よりもメンタルが大きく損傷しかねない。

 お前だってギリウムにテイムされてたくせによ。

 まぁ最初は仕方ない。今日のところはあの獲物を食料としよう。


 こうでもしないと村の食料はあの兵士達がほとんど持っていったからな。

 だから食料調達は優先事項だ。

 ルーシェルがコーチ役だと先行きが不安しかなかったがもう一人がいい仕事をしていた。


「ルーシェルはすごく厳しいんだね。アタシには真似できないよ」

「とーぜんだろ? ボクは超優秀だからね」

「でもたまには優しくしてやるともっとよくなる気がする。そしたらルーシェルの良さが更にわかってもらえるよ」

「ふーん、そうなのかな?」


 シェムナの一言でルーシェルがすっかり気を良くしている。

 あのシェムナのことだから昭和の根性論でゴリ押すかと思ったがとんでもない。

 一度褒めてからさりげなく伸ばすアドバイスをする。


 ルーシェルの性格をよく把握した素晴らしいムーブだ。

 あれでもシェムナ派を率いていただけあって、慕われていたんだろうな。

 子分の女二人もなついていたか。


「よぉし! アタシが先頭に立つから安心して歩きな!」

「おおぉぉーーー!」


 気がつけばルーシェルにとって代わってシェムナが音頭を取っていた。

 そのルーシェルは鼻高々で褒められた余韻に浸ってるしよ。

 ホントもうどっちがナンバー1かわかんないな、これ。


 こうして日数をかけて沢から水を引いてくる作業をしたところ、見事に開通した。

 お手製のろ過装置だがクオリティは悪くない。

 各民家の近くに貯水槽を作ったおかげで作業負担が大幅に減るはずだ。


「み、水が出たぞ! これでわざわざ汲みにいかずにすむ!」

「綺麗な水だ! まったく濁っていないぞ!」


 今までは一ヶ所しかない井戸にある少ない水を取り合っていたようだ。

 これの欠点はさすがに週に一度は沢のほうを掃除しなきゃいけない。

 落ち葉や泥が詰まるからな。


 しかも当然ながら山には魔物がいる。山賊もいる。

 村人達はそういう外敵と戦えるように強くならないといけない。

 やることは山ほどある。


 次は村を守る塀作りだ。

 男手を集めて木の伐採をさせてから加工してもらう。

 体力作りという点では農作業ですでに培われているみたいだが、決まった動きではよくない。

 全身の筋肉を余すことなく使うことで初めて出来るのが体作りだ。

 休憩中、オレは村人から様々な質問を投げかけられる。


「アルスさんの出身はどこなんだ?」

「オレも遠くにある農村育ちだよ」

「そうなのかぁ。そんな風には見えないがなぁ」

「そうか」


 できるだけ庶民的な格好をしているはずだが。

 ふと遠くを見るとエスティが子ども達を相手にしていた。

 手の平から小さな炎を出して喜ばせている。

 あいつ、まさか魔法を教えてるんじゃ?

 いや、まさかな。


「アルス兄ちゃん! お、お願いがある! オレに剣術を教えてくれ!」

「リク、どういう心変わりだ?」

「あの兵士達が来た時、オレ何もできなくて……悔しくて……」

「そりゃな。あいつらだって相当訓練している大人だ。お前じゃどう挑んでも敵わない」


 オレが突き放す言い方をするとリクがしょんぼりした。

 村人達も思うところがあるのか、丸太に腰かけたまま何か考え込んでいる。


「でもオイラ……それでも何もしないなんていられなくて……」

「いいぞ。よく言った」

「いいの!?」

「頃合いだと思っていたからな。これを使え」


 オレは予め手に入れておいた剣をリクに渡した。

 これはエスティの得意武器チェック用に買っておいたものだ。

 結果的にエスティの得意武器じゃなかったから持ち腐れていた。


「こ、これが剣……お、お、重いぃ~~!」

「重いだろ? それが力を持つってことだ。覚悟はあるのか?」

「あ、ある!」

「よし、まずはそいつを一振りでもできるようにがんばれ」


 エスティ用の剣だから軽いものを選んだつもりだが、それでもきついか。

 リクは剣を両手で持ったものの、ふらふらと後ろに倒れかかったりで大変だ。


「諦めるか?」

「が、が、がんばりゅあっ!?」


 言った先から倒れてしまった。

 さすがにいきなりは無茶だったか。

 オレがリクを起こしていると、後ろで村人達が立ち上がる気配がした。


「アルスさん、オレ達も戦えるようになりてぇ」

「この前、アルスさんに叱られて目が覚めた。リクが頑張ってるのに俺達は……」

「頼む! この通りだ!」


 村の男達が一斉に頭を下げた。

 短い間に心変わりしてくれて助かる。


「オレは最初からそのつもりだ。最終的にお前らを山賊と戦えるように仕上げるつもりだ」

「え! それじゃ……」

「というかすでに訓練は始まっている。ろ過装置作りの作業、塀作り……これは村を自主的に守るという意識改革でもある。あとは単純な体作りだな」

「今の作業が?」

「いきなり戦いの基礎だの教えても意味がないからな」


 古臭い考え方だけどまずは精神面を鍛えないと意味がない。

 村を守ると一言で言ってもそれは戦うだけがすべてじゃないからな。

 まずはできることからさせていく必要がある。

 その上でやる気さえ出れば訓練でも何でもこなせるはずだ。


「といっても簡単じゃないぞ。そういえば山賊が一向に攻めてこないんだが、いつもはどうなんだ?」

「一度攻めてきたらしばらくはこないよ。たぶんオレ達の備蓄ができるのを待ってるんだろうな。攻めてきたのがつい先日だから、今度はいつだろうか……」

「……ふーん」


 それを聞いてオレはやっぱりな、と確信した。

 だけどそれは今は関係ない。

 明日からは本格的に村人達を鍛えていくつもりだ。 

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