第98話 リリーシャの迷い

「はぁ……」


 私、リリーシャはパーシファム家を追い出されてしまった。

 さすがに準備はさせてくれたものの、お父様は私にアルフィスを殺すまで帰って来るなと言いつけた。

 屋敷を出る際に執事を初めとした使用人達が別れを惜しんでくれたのが唯一の救いだ。


 特に爺やは私が幼い頃からずっと面倒を見てくれた。

 魔法や勉強漬けの毎日の中、お父様に内緒で外に連れ出してくれたこともあった。

 その時はほんの少しだけ女の子に戻ることができていたのかもしれない。


 いざ屋敷を出ると自然と涙が出てくる。

 昼夜問わずお父様の期待に応えようと訓練していた。

 いつかパーシファム家の当主となってこの国をけん引する。


 それが私の使命であり存在価値だと思っていた。

 あのアルフィスと出会うまでは。


――そんなの嫌ッ! 私はまだまだ強くなりたい!


――あぁ、一緒に強くなろう


 あの日から私は何かが変わった。

 当時は認めたくなかったけど、パーシファム家の人間からリリーシャになった気がする。

 それからワーム討伐で暗闇に連れていかれてすごく怖くて。


――強がるのはいいけど、そんな状態で戦いは難しいだろ


――難しくない! さっきから本当にバカにしてるの!?


――バカにしていない。むしろお前は自分の弱点を克服しようとしている。その時点で強いだろ


――……え?


 アルフィスに言われた通り、あれから私は居残りをして演習場を使わせてもらった。

 暗い洞窟エリアの壁に手をついて少しずつ歩いた。

 震える膝を叩いて歩くうちに私は暗闇を見つめられるようになる。


 アルフィスの闇属性の闇はこれ以上に暗かったなと思う。

 アルフィスはこんな暗闇を操る上に当然恐れていない。

 この程度すら克服できないようじゃアルフィスに勝つなんて夢のまた夢だ。


 そう意気込んでから歩き続けることによって私は次第に暗闇を克服していった。

 まだ完璧とは言えないけど灯りがあれば歩ける。

 アルフィスはダークスフィアなんてものを使うようになったし、これを恐れていたら勝負にもならない。


(おかげで私はまた一つ強くなれた。アルフィスのおかげで……)


 あまり認めたくはないけどアルフィスがいなかったらこうはいかなかった。

 今はそのアルフィスを殺せと命じられている。

 そもそも殺すってなに? そんなことをしたらパーシファム家の存続すら危ぶまれる。


 お父様が何を考えているのかさっぱりわからなかった。

 でも一方で迷っている私もいる。

 殺すのはともかくとして、このままアルフィスに勝てないままでいいものかと。


(私はどうしたら……あ)


 王都内を歩いていると私の肩に誰かがぶつかった。


「……どこを見て歩いてんのよッ!」

「す、すみません……え? リリーシャさん?」


 見ると私にぶつかってきたのはあのレティシアだった。

 以前の私ならそのまま怒りが持続していたけど、今はこのレティシアにも怒る気になれない。


「リリーシャさん、お出かけですか?」

「お出かけでも何でもいいじゃない。あなたに構ってる暇なんてないわ」

「あ! 待ってください! アルフィスさんを見ませんでしたか?」

「アルフィス?」


 なんでレティシアがアルフィスを探しているの?

 というかアルフィスならバルフォントの屋敷にいけばいいじゃない。

 と思ったところでいくらレティシアでもそんなのはとっくに知っていると思った。


「アルフィスさん、お屋敷にもいないようで……どこに行かれたのかご存じないですか? 一緒にお出かけしようかと思ったのですが……」

「さぁ……。教えてくれないの?」

「何度聞いても『お答えできません』の一点張りで困りました」

「まぁあの家は謎めいてるから……」


 アルフィスの屋敷は王都から離れたところにあって、周りには何もない。

 なんであんなところにあるのか、そもそもバルフォント家とは何なのか。

 私はよく知らない。そのせいでお父様の目の敵にされている。


 と、そんなことはどうでもよくて私はレティシアの一緒にお出かけしようというフレーズが気になった。


「レティシア、あなたアルフィスとどこへ行くつもりだったの?」

「ど、どこって……一緒にお食事をしたりお買い物に行ったり……」

「ま、ま、まるで交際じゃない!」

「こーさいだなんてそんな!」


 私は大声を出してしまった。

 ぬけぬけとアルフィスと交際しようなんて意外と大胆な子だ。

 王女という立場ならいけるとでも思ったのかしら?

 いえ、そんな子じゃないはず。


 というかなんで私がこんなに怒る必要があるのか。

 アルフィスが誰とどこへ行こうと関係ないはず。


「大体ね、仮にいたところでアルフィスにはいつもルーシェルがくっついてるのよ。二人きりなんて無理よ」

「あっ……い、いえ、別に二人きりじゃなくてもいいのです」

「本当に?」

「本当にですよ」


 レティシアがすごく残念そうにしているように見えるのは気のせい?

 自分で言っておいて私もあのルーシェルが引っかかった。

 あの子は何なの? 従者だか右腕だか知らないけど、なんでアルフィスはあの子を傍らに置いてるの?

 貴族のパーティでも見かけたことがないし本当に正体不明だ。


 間違っても恋人ではないだろうけど、少なくとも嫌いなら一緒にはいないはず。

 アルフィスはああいう子が好みなの?

 あんな生意気なのどこが――


「こうなったらエスティさんの家に行って聞いてみます。彼女なら何か知っているかもしれません」

「はぁ? なんであの子がアルフィスの居場所を知ってるのよ」

「学園内でアルフィス様がエスティさんとお話しているのを見ました。もしかしたらそれが関係しているのかもしれません」

「お話、していた?」


 アルフィスがあの平民の子と?

 いや、アルフィスは相手が貴族だとかそんな目では見ない。

 間違っても告白とかそういうのではないとしても、あの子はファンクラブの会長だ。


 アルフィスのファンクラブ、ファンクラブの会長。

 距離を縮める理由は十分にある。

 アルフィスに限ってやましいことはないと思うけど、これは会員として知るべきだ。


「レティシア。私も一緒に行くわ」

「いいんですか?」

「えぇ、もし会長が不正を行っているなら生徒会として見過ごせないもの」

「はい?」


 私は勇み足でエスティの家へ向かった。

 そして慌ててついてくるレティシアにエスティの家の場所を聞かれてしまう。

 そういえばあの子の家がどこにあるのか私は知らなかった。

 そしてレティシアも知らないらしい。

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