第96話 道楽旅をするつもりはない
エスティが旅の準備を終えるとオレ達はさっそく王都を出た。
改めて地図を開いてから目的地を見定める。
行先は西のパスクーダ地方、山をいくつも越えないといけない。
王国領の国境まではいかないまでも、街道を外れた先にあるからかなりのマイナーな地方だ。
確かに世界王の言う通り、こういう手つかずの場所にこそしょうもないのが潜んでいる可能性がある。
「では皆、歩きながらでも聞いてくれ。まず旅をするに当たってオレから提案がある」
「はいっ! まず寝床はアルフィス様とこいつらを引き離すことですね!」
「ルーシェル、話の腰を折るな」
「はぃ」
寝床より心配することが山ほどあるだろう。
オレが言いたかったのはそうじゃなくて、これはあくまで強くなるための旅でもある。
「まずこれから先は足腰を常時魔力で強化してくれ。度合いは各々無理のない範囲でいい。魔力の総量が違うからな。オレはお前らに合わせる」
「じょ、常時ですかぁ! しかも足腰だけって!」
「部分強化は強そうな奴ならやっていることだ、エスティ。これが地味だが勝敗に大きく関係する」
「部分強化がですか?」
ルーシェルは大方わかっているからエスティに対して超ドヤ顔だ。
お前、あまり調子に乗ってるとすぐ追い抜かれるぞ。
何せそいつはオレよりも長時間の波動を維持しているんだからな。
そっちのほうが遥かに難しいんだよ。
しかも天然でやっているんだから末恐ろしい。
だからこそ、どこかの組織がこいつに目をつける前に確保しておきたい。
クソみたいな目的で利用されることよりも、間違った育成でもされちゃたまらないからな。
特にアバンガルド連合の親玉であるアバンガルド帝国では魔道実験なんてのがお盛んだ。
せっかくの天然ものを下らん人工物にされてたまるかよ。
「魔力の節約になるだけじゃない。部分強化をすることによって全体強化よりも精密な動きができる。腕力強化なら単純に攻撃力も上がるんだ」
「で、でもそれってすっごく難しいことでは? 咄嗟にそんなのできませんし……」
「だから練習して慣れるんだよ。呼吸のごとくできるようにな。慣れたら特に意識することなく切り替えられるようになる」
「私、そんなのできるんですかね……」
まぁ普通はできない。できないからこそ多くの人間がせいぜい二流止まりだ。
だけどそこを乗り越えた奴だけが一流であり、強者の仲間入りを果たす。
ちなみに我らが担任教師のリンリンは呼吸のごとく行っていた。
あいつの必殺技であるディバインエッジは極限まで部分強化を行っている。
それは体に負担がかからないようにそれぞれの関節部分にまで行き届いていた。
つまり必要のない部分には一切魔力が行き届いていない。
宮廷魔術師でもあそこまで精密な操作が出来る人間は何人といないだろう。
間違いなく国内でもトップクラスの実力者だ。
「あ、あのさ。アタシは魔力がないんだけど?」
「シェムナは現状維持でいい。お前は単純に鍛えるほど強くなるはずだ」
「アタシだけ普通すぎるなぁ」
「言っておくけどお前のその体はオレの魔力強化時よりも上だ。さすがにオレの家族を初めとした上位陣には敵わないけどな」
「マジィ!?」
マジなんだよ。だから魔力不全は侮れない。
クソみたいな小細工で戦ってくる奴よりもよっぽど恐ろしい。
だからこそこいつの将来が楽しみなんだけどな。
ゲームだと魔力不全は設定のみで該当するキャラが出てこなかった。
開発段階での構想はあったらしいが、容量の関係でボツにされたなんて話もある。
だけどこの世界では設定やキャラが生き続けたみたいだな。
「まぁボクからすればいつもやっていることだけどね。エスティ、お前はせいぜいボクの後ろを歩いておきな」
「はいっ!」
「そうそう、そうやって……あれ?」
エスティが気合いを入れて足を魔力で強化して歩き始めた。
意外と様になっていてオレも驚いている。
「ま、まぁそこそこやるようだね」
「ルーシェル、うかうかしていると追い抜かれるぞ」
「エスティのくせにぃーーー!」
ルーシェルが熱くなって対抗し始めた。
力を入れすぎて魔力が尽きなきゃいいけどな。
「うみゅ」
「ゲッ! そういえばこいつを忘れていた……」
「みゅ」
「お前は大人しくしていろ」
レベル20がカバンから出てきてオレ達と一緒に移動し始めた。
エスティとシェムナは初見みたいで、さすがに驚いているだろうな。
「アルフィスさん、それってスライムですか?」
「あぁ、ペットみたいなもんだから気にしなくていい」
「かわいい……」
「は?」
エスティがレベル20を愛おしそうに今にも抱きしめんばかりだ。
一応魔物だから迂闊に触れると危ない。
オレが距離を確保して守ろうとしたんだが――
「やっば! ちょーかわいいしーーー!」
「シェムナさん! かわいいですよね!」
「うーみゅー?」
なんか女子二人がレベル20をめっちゃ気に入ってるんだが?
女ってああいうのが好きなのか?
でもルーシェルはどっちかというとそうでもなさそうだしなぁ。
「アルフィスさん、この子の名前はあるんですか?」
「あ? いや、そういえば特に決めてないな。レベル20って呼んでる」
「レ、レベル20ですか。へぇ……」
「あからさまに引くなよ」
エスティのくせに表情を引きつらせるな。
名前なんてどうでもいいだろう。というかオレはレベル20も悪くないと思うがな。
「それより今日中に一番近い町までいくぞ。通常の徒歩なら三日ほどかかるが、一日での到着を目標とする」
「ハードすぎませんかぁ!」
「ただ呑気に旅をして時間を無駄にするなんてバカらしい。ルーシェル、お前ならできる」
「はぁいっ! そりゃ当然ですってぇ!」
扱いやすさMAXで本当に助かる。
問題はエスティだけど、一日での到着が無理だなんて最初からわかっていた。
目標は少しだけ高く設定するのがコツだ。
そうじゃないと目標の意味がないからな。
「ハッ! ハッ! ハッ!」
「お、いいペースだな」
まるで競歩のように歩くエスティが頼もしいな。
というか意外と早くないか?
普通にルーシェルと並んで歩いてるんだが?
「こ、こいつ生意気ぃ!」
「はいっ!」
「はいじゃなくてぇ!」
「はいっ!」
集中しすぎて生返事になっているな。
ただペースが早すぎてこの分だとすぐに魔力が切れそうだ。
その時は少し休憩をしてやろう。
こいつはオレが思っている以上に逸材かもしれない。
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