第95話 腰の玉
研究所を出たオレ達は王都に向かった。
オレ、ルーシェル、シェムナ。任務を達成するだけならこれだけでいい。
ただあと一人、どうしても誘いたい奴がいた。
「アルフィス様、旅の準備をするんですか?」
「それもあるがその前にとある場所に寄っていきたい。えっと、確か場所は工業区だったな」
王都の区画の一つである工業区は様々な製品を生産する大小の工場がある。
煙突から煙がモクモクと噴き出して常に煙臭いし、食品を作っている工場からは独特な臭いがした。
ここは労働者達でごった返していて、色んな貴族が工場のスポンサーをやっている。
うちの世界王もいくつか持っていたな。
「くっさぁ……。アルフィス様、なーんでこんなところに寄ったんですかぁ」
「臭いとか言うな。ここで生産されたものが人々の生活を支えているんだぞ」
確かに煙や臭いがすごくて決して居心地のいい場所じゃない。
そんなオレ達にうっかり中年の労働者がぶつかってきた。
「邪魔だッ! あぁクソッ! 間に合わねぇ!」
「すまない」
労働者は舌打ちをして忙しそうに走っていく。
その様子を見たルーシェルとシェムナがすごい顔をしているな。
「アルフィス様! なんで謝るんですか! あいつぶっ殺しましょうよ!」
「アタシらを舐めたことを激しく後悔させてやんよ」
「バカ、やめろ。ここは労働者のための場所だ。ふらふらと歩いているオレ達が悪い」
オレがそう言うと二人はきょとんとした。
なんだ、それは。オレが常にケンカをしたがっているとでも?
「す、すみません。アルフィス様ならあいつの背中にダークニードルくらい打ち込むかなぁって……」
「秒でぶん殴るかなって期待したんだけどなぁ」
「お前ら、マジでオレを何だと思ってるんだ?」
ダークニードルを打ち込んで秒で殴って何になる。
仕事の邪魔をして揉め事を起こして何になる。
オレはこう見えてもその辺は分別がついてるんだ。
「しょうもないケンカに時間を浪費してる場合じゃない。お、着いたな。あそこだ」
「あのボロっちぃ工場ですか?」
大きい工場が立ち並ぶ中、そこにあったのは平屋のトタン屋根っぽい小さな工場だ。
中に入ると数人の男達が汗だくになって何かの部品を製作している。
その中にあいつがしっかりといた。
「エスティ! 小ネジは出来たか!」
「はいっ!」
エスティが作っていたものは魔道具か何かに使うネジか。
そう、ここはエスティの実家の工場だ。
そんな工場で働く人達がオレ達に気づいた。
「客か?」
「いや、エスティのクラスメイトだ」
「エスティの?」
中年の男がエスティを見る前にあっちが気づいたみたいだ。
「ア、ア、アア、アルフィス様……いったぁぁぁ!」
エスティが道具を足に落として悶絶した。
道具の管理はしっかりしておけ。ヒヤリハットだぞ。
これは予知できなかったか。
「エスティ、仕事中にすまない。休みだってのに精が出るな」
「いつも実家のお手伝いをしてるので……それよりアルフィス様が訪ねてくださるなんて……」
「あぁ、実はお前を旅行に誘おうと思ってな」
「りょ、りょこーー!? ですかぁ!」
もちろん旅行なんて建前だ。
本音はこいつを連れ出して鍛えてやりたいってところだな。
波動持ちのこいつを放置するなんてオレの選択肢にはない。
レティシアやリリーシャは放っておいても勝手に強くなるが、こいつはそうもいかないだろう。
エスティはあくまで一般人であり、生活環境も一般的なものと変わらない。
つまり血生臭い戦闘とは無縁だ。
オレはこいつを強くしたい。【予知】の波動持ちなんて絶対最強クラスだろ。
下手したらルーシェル以上に強くなるかもしれない。
本音を言えばエスティはこんな工場で働いている場合じゃないんだ。
「お前がアルフィスか。娘から話は聞いている」
「エスティのオヤジさんか?」
「そうだ。あっちにいるのがオレの妻、そして他の連中がこの工場を支えている従業員だ。こいつらはな。エスティが小さい頃からずっと働いてくれてるんだ」
「はぁ……」
オレは思わず気の抜けた返事をしてしまった。
見た目通りというか、昔堅気なオヤジだな。
「つまりあいつらにとってもエスティは大切な家族みたいなもんだ。そんなエスティを旅行に連れ出すなんて、お前……」
「もちろん健全な旅行だ。それにこれはエスティにとって」
「最高にありがとうッ!」
「は?」
オヤジと母親他、従業員一同が一斉に頭を下げた。
いや、なんだこれは。今のは絶対怒鳴られるパターンだっただろう。
「お坊ちゃまお嬢様だらけの学園でエスティがやってけるか不安だったんだ! それをお前、友達ができただけじゃなくて旅行に誘ってくれるまでの仲になるとはなぁ!」
「あ、あぁ、いや……」
「オレぁ、最初エスティを学園に入れるのは反対だったんだ! だけど今の時代、学がねぇ奴は生き残れねぇ! この工場だってギリギリなんだ! エスティにしっかりと勉強してもらって跡を継いでもらいたい!」
「おう……」
「そこをお前、まさか友達だぁ! くぅぅ……こんな嬉しいことはねぇなぁ」
なんかどいつもこいつも一斉に涙ぐんでるんだが。
普通、いくらクラスメイトといえど知らん男が娘を旅行に誘いにきたら怒るもんじゃないのか?
いや、思ったよりスムーズに話が進みそうで助かったけどさ。
「あ、あの、お父さん?」
「エスティ! 行ってこい! これはこの工場、じゃなくてお前のためでもある!」
「えぇ?」
「いいか、エスティ。ちょっとこっちこい」
オヤジがエスティを遠くに連れていってヒソヒソと話をし始めた。
「あのアルフィスって子はいいところのお坊ちゃんなんだろ? だったらこの機会を逃すんじゃねぇ」
「それってどういう……」
「バッカ、おめぇな。ああいう金持ちの男と結婚したらこの工場にも融資してくれるだろ? こんな腰の玉は滅多にねぇぞ」
「玉の輿だよね?」
申し訳ないけど全部聞こえてるからな?
他の従業員もわかっていると言わんばかりに頷いてやがる。
母親なんかまだ泣いてるからな。結婚前夜の親かよ。
「お、お父さんてっきり反対するかと思ったのに……」
「そりゃどこの馬の骨ともわからねぇ男なら叩き出したがな。相手が貴族とくりゃ別だ。いいか、お前は絶対にあの男を虜にするんだ」
「と、ととと虜って、私、そんなの……」
「お前は母親譲りの美人だ。オレが保証する。なに、既成事実さえ作っちまえばもうこっちのものよ」
「何の事実!?」
マジで聞こえてるからな?
そして聞かれてないと思って笑顔で振り返ってもごまかせてないからな?
「いやぁ、すまんすまん。アルフィス君だったか。ぜひ娘を連れていってやってくれ」
「そ、それはありがたい」
「さ! 旅の準備なんかとっとと済ませて今日にでも出発してくだせぇ!」
「今日!? 普通明日とかだろ!?」
それからは早かった。
総動員でエスティの旅の準備をわずか一時間もかからずに終えてしまう。
母親がエスティにお守りみたいなのを持たせていたけど、安産祈願とか見えたんだが?
結婚前夜の親かよ。
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