第94話 二番手は恥ずかしくないぞ
「そういえばアルフィス様。アタシってアルフィス様の下についたわけじゃん?」
「そんな昔のことは忘れた」
研究所の休憩ドーム内を歩きながらシェムナが遠い昔の思い出を語り始めた。
シェムナ派がレティシアの下について、それでいてオレの下にもついてるんだったか?
ややこしいから全部なかったことにしてくれ。
「アタシはアルフィス様の下についたわけでもあるから、何でも命令してよ」
「あぁーーーー! なぁーんでもってお前なに言ってんのぉー!」
「あんた誰だよ」
「ボクはアルフィス様の右腕のルーシェルだよ! 何でも命令してって、ホントふしだらだね!」
「はぁ?」
またなんか妄想してやがるな。
もうここまでいくとこいつが一番アレだろ。
「何を言ってるのかわからないけど、アタシはアルフィス様の手足になるつもりだよ?」
「て、てぇ、手足って……。言っておくけどボクを差し置いて右腕面するのは許さないから!」
「ふーん、あんたがナンバー2なら従うよ」
「え?」
シェムナがあっさりと太ももに手をついて中腰で頭を下げた。
これ不良漫画で見たことある姿勢だな。この世界にもあったのか。
てっきりケンカになると思ってたけど、どうやらシェムナのほうが大人だったみたいだ。
「は、はぁん。よくわかってるじゃないか。それじゃお前はボクの半歩後ろを歩きな」
「これでいいかい?」
「そうそう! そのほうがボクが上っぽく見えるからね!」
「りょーかい」
シェムナがまたも中腰で頭を下げる。
ルーシェルがナンバー2というが、オレにはシェムナのほうが達観してるように見えるがな。
序列なんてものは存在しないし、人間的な器で大きく見せているシェムナのほうだ。
それにしてもこんなに殊勝なら、最初からそうしておけばよかったものを。
それとも悪魔に力をもらってチャンスが巡ってきたことで変わってしまったのかもしれない。
人間、誘惑に打ち勝てるほど強い生物じゃないからな。
「ところでアルフィス様。レティシア様がアルフィス様の彼女なわけだから……この場合、アタシらは義理の」
「お、あれは確か……」
なんかクソみたいなことを言い出しそうな気配だったが、ちょうどいいところにあいつがいた。
そいつは毛むくじゃらの化け物と一緒にドーム内の湖畔で膝を抱えて座っている。
「ミレイ姉ちゃん、あいつも模範体なのか?」
「うーん、というか大人しすぎて結果的にそうなってるって状態なのよ。扱いやすくていいんだけどね」
オレがそいつに近づくと驚いた顔をしたものの、それだけだった。
あの時の勢いなんて見る影もないな。
「お前は確かイオースだったか。エリク派のナンバー2をやっていたな」
「アルフィス……様」
エリク派のナンバー2のイオース。
イエッティと契約をしてルーシェルをそこそこ苦しめた奴だ。
最後はオレが戦ってねじ伏せたんだったな。
悪くないセンスだけど、こいつには決定的なものが足りていない。
学園全体で見てもせいぜい中の上程度ってところだ。
「大将のエリクがいなくなって寂しいのか?」
「いえ……」
「お山の大将のナンバー2でいられなくなって残念ってところか?」
「私のことはほうっておいてください」
煽ってみたけどその反応は驚くほど薄い。
ふいっとオレから顔を背けてしまった。
「まぁ別に何でもいいけどな。エリクがいなかったら何もできないってところか」
「あのお方は関係ない。私は元々何もできない人間です」
「そこまで卑下することないだろ」
「事実です。私は元々何の素質もない。そこへたまたまあのエリク様が声をかけてくださって、たまたまイエッティと契約しただけ……。本当にたまたまです」
自虐しているイオースの隣にはあのイエッティがいる。
ルーシェルと戦ったことを覚えているのか、舌を出してべろべろばーしていた。
ルーシェルはルーシェルで歯茎を剥き出しにしてぐぬぬしている。
「エリクはお前を頼りにしていたんだろう?」
「私が媚びを売っただけです。気を良くしたエリク様は私を手元に置いてくださった。それだけです」
「そうか。それじゃ本当にただの腰巾着ってわけだ」
「……そう。私にはあなたのような才能もない。どこにでもいる凡人だ」
こういう奴には二種類いる。
違うよそうじゃないと言ってほしくて自虐している奴。
本当に自覚している奴。
その見極めが難しくて、ぶっちゃけると関わらないほうがいいタイプだ。
正しい対応はこいつが言う通り、ほうっておいたほうがいい。
ただこいつの発言が少し許せなかった。
「オレは確かに生まれに恵まれているし、素質もあるほうだと思う。お前の言う通りだ。だけどお前はオレがどんな努力をしてきたかなんて知らんだろ」
「それはそうですが、やはり最後にものを言うのは素質でしょう」
「そうだな。それは事実だ。だけどオレは世の中の人間全員が強くあるべきとは思わない」
「え……?」
イオースが初めてオレの目を見た。
隣ではイエッティとルーシェルが取っ組み合いのケンカを始めている。
お前ら仲いいな。
「お前、ナンバー2をやっていたんだろ? だったらそれでいいじゃないか」
「しかしナンバー2など、しょせんは二番手……ただの腰巾着でしょう」
「ナンバー2をバカにしすぎだろ。世の中がナンバー1だけで成り立っていると思うか?」
「それは……」
ルーシェルとイエッティの頭を掴んで大人しくさせながら、オレはその場に座った。
さすがにうるさいわ、お前ら。
「ナンバー1でいられるのはナンバー2あってこそだ。どっちが上なんてことはない。ただ今のお前はメソメソ泣いているだけの情けない男だ。そんなお前ごときがナンバー2を侮辱するなよ」
イオースが俯いて芝生とにらめっこを始めた。
少し言い過ぎたかなとも思うが事実だ。
「私がナンバー2に甘んじていたのは間違いではなかったと……?」
「甘んじてるならただの腑抜けだな。少なくともオレはナンバー2が甘えているとは思えない。ナンバー2、結構じゃないか」
「私は甘えていた……?」
「ナンバー2を徹底して目指すならそっちのほうがかっこいい。ただナンバー1にしろナンバー2にしろ、やるからには信念を持てよ。それがないから腑抜けるんだ」
だいぶ説教臭くなってしまったな。
こいつにこんなことを言ってもしょうがないのに、オレはなにをやってるんだか。
だけどそのイオースが立ち上がった。
「信念、か。確かに私にはそれがなかった。立場だけのナンバー2でしか考えていなかった」
「まぁ、その、なんだ。いい子にしてたらそのうちいいことがある」
「いいこと、とは?」
オレは何も答えずにこの場から離れた。
ここは監獄じゃないから、態度次第では条件付きで釈放されることもある。
ミレイ姉ちゃんがいる前で勝手なことは言えないけどな。
「アルフィス様……」
後ろからイオースの呟きが聞こえた。
あいつがこれからどうするかは知ったことじゃない。
そもそもオレは忙しいんだ。あんな奴に構ってる暇なんかない。
「さすがかわいい弟ねぇ……」
そんなオレの傍らで姉が満足そうに一人頷いていた。
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