第93話 魔力不全

「ロォォーーーリングッ! チュウゥーーー!」

「ローリング回避」


 魔法研究所がある森を訪れた際には必ず姉に奇襲される。

 今日は木々を縫うようにして竜巻のごとく回転して迫りくる恐怖のローリングチューだ。

 ハッキリ言ってその脅威は見た目しかない。

 実の姉が森で叫んでくるくる回りながら段々近づいてくるんだぞ。ホラーかよ。

 体を反転させて回避すると、姉が木に顔面から激突した。


「ちょっと悠長すぎたかしらねぇ……翻弄しつつ攻める予定だったんだけどぉ」

「ミレーーーイ! ボクの目の黒いうちはずぅぅえったいに近づけさせないからね!」

「ルーシェルちゃんもコツを掴めばイけるわよ?」

「い、いっ、いけぇるってナニがぁー!」


 ルーシェルも一応弓矢で応戦してるんだけどな。

 クソ姉にはかすりもせずに結局接近されてしまう。

 そもそも木に顔面から激突して無傷な奴に矢なんか効くわけがない。

 その木が逆にへし折れてるからな。


「それでアルフィス、あの子に会わせてほしいって? なんで? 付き合うの?」

「任務にたぶん必要になる。もし必要なら無理にとは言わない」

「いえ、別にいいんだけどキスくらいしてくれる?」

「たまにはシリアスに事を進めやがれ」


 キスを迫る姉の顔を手で押さえつけながら、オレは研究員に中に通された。

 相変わらずのクソダンジョンを案内された先にあったのは、研究体の実験棟だ。

 ここには召喚憑きを初めとした実験体がいる。


 人間以外にもモルモット用の魔物がわんさかいて常に至る所から唸り声なんかが聞こえてきた。

 人間がいるのは当然別のエリアだ。

 そこは広々とした空間で、室内とは思えないような自然が広がっていた。


 いわゆる研究体の人間が唯一自由に過ごせる場所だ。

 とはいっても以前捕らえたムトー達の姿はないな。


「ここにいるのは素行に問題がない模範体よ」

「模範囚みたいなもんだな」


 つまり素行不良の研究体がどうなったかは聞かないほうがいいだろう。

 おとなしく監獄に収監されたほうが幸せだったかもな。


「今は昼休みだからあの子もいると思うけど……いたわね」


 ミレイ姉ちゃんが指した先にいた褐色肌の少女は膝を抱えてぼーっとしている。

 オレはてっきり訓練に明け暮れているのかと思ったが意外に暇そうだな。

 オレが近づくとそいつはビクリと体を震わせた。


「よう、シェムナ。元気ないな」

「あ……ア、ア、アルフィス様?」


 学園三強の一人、インバーナム家の娘のシェムナだ。

 かつてはムトーやエリクと一緒に最大派閥を築いていたが今は囚われの身となっている。

 本来なら監獄行きだが、バルフォント家の計らいでこうして研究体として過ごしていた。


「シェムナ。お前、インバーナム家について話を聞かせてくれ」

「アタシなんかが話せることなんてないよ。オヤジもアニキ達もアタシを毛嫌いしてほとんど話なんかしなかった」


 そう言ってシェムナは俯いてしまった。

 こいつ、ゲームには登場しないモブだから今一掴みにくいんだよな。

 オレのイメージではもう少しアグレッシブな奴なんだが。

 この分だとインバーナム家について聞き出せることはあまりなさそうだな。

 まぁそれはそれとして、だ。


「お前、レティシアと戦っていた時はあんなに元気だったのに今はどうしちまったんだよ」

「こんなところに閉じ込められたらこうもなるさ。結局アタシは何だったんだか……。レティシアの姉御とも離れ離れだし……」

「なんだ、そんなことか」

「そんなことって……。アタシは一生ここから出られないんだろ?」


 そりゃ閉じ込められたらこうなるか。

 こんなところぶち破って出ていってやるみたいな気概はさすがに期待しすぎだった。

 元々抱えていた劣等感がこの環境によって増幅されたみたいだな。


「お前次第では出られる」

「え?」

「ただ今のままじゃな。立て。オレを殴ってみろ」

「いやいや、なんでいきなり……。それにアルフィス様を殴るなんて」


 グダグダ言ってるシェムナにオレは平手打ちをした。

 乾いた音が響いてシェムナの頭が横に逸れる。


「……なにすんだよ!」

「こいよ、ザコ」

「このッ!」


 シェムナの拳がオレの頬にめり込んだ。

 とてつもない衝撃で危うく後退しかかってしまうが堪えた。

 ジンと響く重い拳だ。


「あ……」

「このぉッ! アルフィス様になにを」

「ルーシェル、やめろ。これでいいんだ」


 ぶちギレるルーシェルを宥めてからオレはシェムナを真っ直ぐ見た。

 うろたえるシェムナはすっかり目が泳いでいる。


「あ、あの、つい……」

「いいもの持ってるじゃないか。さすが魔力不全だ」

「え、それが何の関係が?」

「魔力不全は正確に言うと真の意味で魔力不全じゃない。生まれ持つはずだった魔力はその体に注がれて一体化したんだ。


 シェムナはオレの言いたいことが理解できずにいるようだ。

 目をパチパチとさせている。


「コーヒーに注いだミルクのようにな、一体化したものは分離できない。ただし肉体と融合したことによって、いわゆる突然変異体となる。お前が拳一つで戦ってこられたのもそのおかげだろう」

「それって魔力での肉体強化と何が違うんだ?」

「簡単に言えば魔法体だよ。その体そのものが魔法と同等の力を持つ。それでいて魔力ではないから、魔力感知や魔法反射の影響は受けない」

「そ、それってすげーことなんじゃ……」

「だからこんなところでしょぼくれてる場合じゃないぞ。ていうかミレイ姉ちゃんは教えてくれなかったのか?」


 そのミレイ姉ちゃんを見ると、てへっみたいなポーズをしてやがる。

 マジで終わってるな。

 魔力不全、魔法体は極めて稀だ。同時に嫌な相手でもある。

 どのゲームでも、なんだかんだで物理でゴリ押ししてくる脳筋が一番厄介だからだ。

 あの脳筋魔人ムーハもゲームではなかなかの強敵だったからな。


「そっか……。確かにこの力があったからアタシは学園にも入学できた」

「魔力不全についてはほとんど研究が進んでいないからな。認める奴もほとんどいない。お前の家族のようにな」

「アタシ、アタシこの力で家族を見返したい! でもここからは出られないか……」

「お前が願うなら出してやる」


 シェムナがハッとなった。

 オレが手を差し伸べると、おそるおそる掴む。


「アルフィス様……」

「ただし約束しろ。強くなるためにあらゆる努力を惜しむな。お前が怠けていると判断したら即ここにぶち込むからな」

「あ、あぁ! アルフィス様、アタシ強くなる!」


 シェムナが強く頷いた。単純な分、立ち直りも早いんだよな。

 このメンタルは戦いでもきっと役立つ。

 そう、オレは最高に強くなったシェムナと戦いたい。


「ミレイ姉ちゃん。いいよな?」

「きーす! きーす!」

「クソが」


 不本意ながらオレは姉の唇に自分の唇を高速で触れて離れた。

 魔力で強化した最大限のスピードだ。


「もぉ、アルフィスったら恥ずかしがり屋さんなんだからぁ」


 これなら一応キスはしたという既成事実を作ることができる。

 オレが生み出した人生の処世術だ。

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