第92話 新たなる指令

「こうして食事をしながら指令を出すのは初めてだな」


 オレ達、バルフォント家の子ども達は親と仲良く食卓を囲んでいる。

 どこにでもある普通の光景だが、食卓に上がる話題は決して穏やかじゃない。

 特に今回は食事をしながら指令を出すということで、レオルグはやけに機嫌がよさそうだ。


 てっきり学園を襲撃したオールガン国にぶち切れてると思ってたけど考えすぎだったか?

 世界王フラグが立っていないとしたらそれはそれで残念だな。


「わぁ! お父様ぁ! 私の好きなアルフィスコースを用意してくれるなんてぇ!」

「なんでオレがフルコースになってるんだよ」

「だってアルフィスと食事ができるのよ? はい、あーん」

「この姉と意思疎通を取れる自信がない」


 フォークに刺した付け合わせの野菜をクソ姉がグイグイと押し込んでくる。

 手で押し返そうにもこいつ、魔力で腕力を強化しているからどんどん押されてしまう。

 こんなクソみたいなことで実力差を見せつけられる機会なんて、どこの世界にもないだろう。


「クソッ! 強すぎる……!」

「最初に野菜を食べると糖分吸収を抑えてくれるのよ?」

「誰も聞いてねぇし、やめろって言葉が通じないのか!」

「はい、あーんっと!」

「んぐっ!」


 抵抗も空しくオレの口に野菜が放り込まれてしまった。

 屈辱だがうちの食事は付け合わせだろうと絶品だ。

 うちの専属シェフがもし店を開けば、食の世界に革命が起こるだろう。


 バルフォント家は家族だけじゃなく、シェフにまで抜かりがない。

 意外と食通のレオルグがあらゆる情報を駆使して見つけてきただけはある。

 確か一か月分の給料だけで平民の平均年収程度だったかな。

 そんなわけでオレはおいしい料理を次々とクソ姉によって口に入れられている。


「こほん……。ヴァイド、最近はどうだ? 先日の任務は実にご苦労だったな」

「山賊と内通していたあの商会の男……実に惜しい」

「ほう? どういうことだ?」

「奴の人脈をもってすれば、更に強者を見つけることが可能だっただろう。捕らえるにはあまりに惜しい」


 ヴァイド兄さんが肉をかじりながら、しょうもないことを惜しんでいる。

 オレなら一日で終わる任務をあの兄さんは数日もかけやがったからな。

 どうせ山賊と好きなだけ遊んだんだろう。


「食事が済んだら監獄に送られたあの男達と再戦をするつもりだ。山賊をやっていただけあって、なかなかの膂力だった」

「いや、それはまたの機会にな」


 あのレオルグがやんわりともうやめとけなんて言ってる。

 王国のヘルズヘイム監獄はここから山を四つも越えた先にあるんだが、ヴァイド兄さんはコンビニに行くくらいの感覚だ。

 寝ないで行く気かよ。そもそも絶対もう心が折れてるぞ。


「ヴァイド兄さんは戦いたがりだねぇ。戦いなんて勝っても疲れるだけだから、オレは手下にやらせてるけどな」

「ギリウム、今度お前の手下と戦わせろ。粒揃いで実にそそる」

「や、やめてくれよ。全滅させられちまう」

「なに、心配はない。オレのほうがやられかねん」


 ギリウムは学習できないバカだから、いつも藪をつつく。

 ヴァイド兄さんがギリウムの手下に負けるとか、オレがガレオに負けるくらいあり得ない。

 あんないい先輩を引き合いに出して申し訳ないが。


「さて、場も温まったところで本題に入ろう。先日の学園襲撃がオールガン国によるものだったのはすでに知っての通りだ」


 温まった場がレオルグによって凍り付かされようとしている。

 オレ達どころか給仕達の表情が引きつった。


「あの腐れ弱小国がなぜこんな真似をしたのか? そんなことはどうでもいい。問題は私の庭が荒らされたことだ。家畜にも劣るトンチキ風情が、道端に落ちている犬のクソを踏んだ靴で踏み荒らした……本当に不愉快極まりない」


 お気持ちは十分わかったから早く指令を出してほしい。

 オレの隣であーんをしようとするミレイ姉さんと、それを阻止しようとするルーシェルが目障りだ。

 冷えた場で他にこんなじゃれ合いができる奴なんて国内にはいないだろうな。


「そこで、だ。オールガン国など、どうとでもできる。できる、が……。なぜ奴らが我が庭でここまで好き放題できたのか? その理由があるはずだ」

「要するに国内でああいう奴らを支援してるのがいるってことだろ?」

「さすがだ、アルフィス。そこまでわかっているなら話は早いな」

「あの学園襲撃の際にグリムリッターを手引きした奴らがいたわけだしな」


 当然そんな奴らは始末している。

 レオルグが言いたいのは国内全体だ。


「ヴァイド、ミレイ、ギリウム、アルフィス。お前達には国内の掃除をしてもらう。ヴァイド、お前は西のクレント地方を当たれ」

「わかった。クレント地方と言えば確か闘技大会が開催されていたはずだ」


 明らかに互いの目的の不一致が見られるが、オレの知ったことじゃない。


「ギリウム、お前はギリウムキャッスルの周辺一帯を調べろ。完成したばかりでまだ調査はしていないだろう?」

「おう、任せておけって。クソみたいなのがいたら秒で轢き殺してやんよ」


 ギリウムキャッスルが受け入れられているのがカオスだよ。

 まぁ人海戦術ならあいつが適任か。


「ミレイ、お前は引き続き召喚魔術の研究を続けろ」

「えー? 私はお留守番ー?」

「王都内のゴミが消えたとも限らん。そちらも並行して調査しろ」

「はぁい」


 ミレイ姉さんは現状維持か。

 あの姉の研究所といえば一人気になる奴がいるんだよな。

 あいつは確か今はミレイ姉ちゃんのところにいるはずだ。


「アルフィス、お前にはパスクーダ地方を当たってもらう」

「は? あんな辺境に?」

「いかにバルフォント家といえど、万里の目を持つわけではない。辺境となると長いこと手つかずでさぞかしゴミが溜まっていることだろう」

「なるほどな」


 レオルグの言う通り、バルフォント家だって万能じゃない。

 基本的に王都から離れた地ほど情報入手が難しくなる。

 だからオレ達がいるわけだが、それにしてもパスクーダ地方か。


 ゲームだとあの大型のサブイベントが起こった場所だな。

 正直に言ってもう少し後回しにしたい気持ちはある。

 さすがアルフィスルート、プレイヤーのことなんて微塵も考えてないな。


 ただあの辺りでオールガン国と繋がってそうな奴なんていたか?

 いや、いたわ。だけど確信が持てない。もし違ったらクソ面倒だな。

 ん? そういえばあいつって確かパスクーダ地方出身だったな?


「なぁ、任務に連れていきたい奴がいるんだがいいか?」

「任せる。ただしバルフォント家の仕事には関わらせるなよ」


 無事に許可が出たことだし、さっそく当たってみよう。

 ゲームではモブとして登場すらしていなかったあいつが役立つかもしれない。

 パスクーダ地方のインバーナム家といえばあいつだ。

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