第三章

第91話 パーシファム家の矜持

「リリーシャ、学園生活のほうはどうだ?」


 私は今、あえて応接室でお父様と話をさせられている。

 お父様は怒るとたとえ家族が相手だろうと、こうして他人行儀な場所に呼ぶ。

 そしていかに相手に非があるかを思い知らせる。


 私はお行儀よく座って、ただお父様の怒りを受けるしかなかった。

 お父様が何を言いたいのか、話さなくてもわかる。

 お父様はパイプを吹かせてわざと私に煙を吹きつけた。


「学園生活のほうはどうだと聞いている」

「充実しているわ」

「ほう、それは結構なことだ。しかしおかしいものだな。なぜ充実している?」

「いい友人に恵まれたもの」


 このチクチクと刺すように話し始めるのは昔から変わらない。

 私がアルフィスに負けた時もこうだった。

 最近の調子はどうだ、から始まって戦いに対する感想を求められる。

 そこからジワジワとなぜ負けたのかを問い詰めてくる。

 そして最終的には激しい叱責と折檻だ。


 昔は怒られないようになんとか話題を逸らそうとがんばった。

 だけどそれをすればお父様は怒り出す。

 魔力で強化した拳でテーブルを叩き割り、壁を壊す。


 そんな状態になったお父様を止められる人間なんてこの屋敷にはいない。

 魔力による身体強化だけでもお父様は十分な脅威だ。

 セイルランド魔術師団の団長にして軍事大臣。

 その肩書きに偽りがないどころか、パーシファム家では歴代最強とまで囁かれている。


 聞かされた話によると、お父様が祖父である先代当主に勝ったのがわずか十三歳の時だ。

 祖父は私が物心つく前に亡くなったから面識はないけど、本当に厳しい方だったみたい。

 パーシファム家での折檻は平手や道具ではなくファイアボールだ。


 期待に応えられなかった幼少のお父様は何千発と浴びせられた。

 何度か死にかけたこともあって、さすがにこれは親族の間で度々問題になっていたとのこと。

 私もお父様に何度も撃たれたことがある。


 もちろん手加減はしているだろうけど、それでも子どもの魔力と体には耐えがたい苦痛だ。

 今となってはそれが異常だとわかるけど少し前の私はそれが当たり前だと思っていた。

 すべてはパーシファム家のため、国のため。

 私は心を殺していたんだと今になって思う。


「お前は知らないだろうが父は強かった。片手から放つ熱量だけで並みの魔物を死に至らしめるほどにな」


 お父様は煙を天井に吹かせてから空になったワイングラスを手に取ろうとする。

 その前にすかさず使用人から新たにワインが注がれた。

 タイミングを間違えば良くて減給、悪くて解雇だ。


「私にとっては恐怖でしかなかった。あんな父を超えるなど考えもしなかった。目の前に圧倒的な存在がいる……絶望だよ」

「それはそうね」

「だが私は勝った。あの恐ろしい父になぜ勝てたのか、最初はわからなかった。なぜ勝てたと思う?」

「お父様のほうが素質があったから?」


 お父様は無言でワインを飲みほしてまた使用人に注がせた。


「父を観察していたからだ。恐ろしい父だったが、その魔力のコントロールや所作など、すべて目に焼き付けた。何度痛めつけられようとな」

「そう、私も見習うわ」

「リリーシャ、お前はどうだ? 一度や二度の敗北とはいえ、許されんことだ。しかしまさか諦めているわけではあるまい?」

「そ、そんなことは」


 お父様が嫌なところを突いてきた。

 私の心の急所を知っているかのように、意地悪く据わった目つきで観察してくる。

 確かにアルフィスに負けてからは彼に勝とうという闘志が消えた。


 それは彼があまりに強すぎるから?

 それとも別の理由?

 わからないけど、私はアルフィスと戦おうとしてない。


 最初こそ憎たらしかったけど、一緒にいるうちに私の中にある闘志の炎が弱々しくなっていった。

 やらなきゃ、勝たなきゃと気持ちを持ちつつも気がつけば先送りにしてしまう。

 もちろん今のままじゃよくない。


 パーシファム家の跡取りは私一人だ。

 私が屈したら誰がパーシファム家を守るの?

 私は――


「私が父に勝てたのは諦めなかったからだ。死ぬほど叩きのめされようと屈しなかった。そこで気がついたのだよ。真の勝利とは心にある、とな」

「心……」

「諦めない心が勝利を呼ぶ。諦めた奴に待っているのは敗北、即ち死だ」

「私が諦めているとでも?」


 虚勢を張ってみたけどお父様は見透かしたように薄ら笑いを浮かべている。

 お父様は自分が望む言葉を私に言わせようとしていた。

 私は結局その言葉を言うしかないのかもしれない。


「諦めていないのだろう?」

「当然よ。私はバルフォント家のアルフィスに勝つ」

「そう、それでこそ我が娘だ」


 お父様が楽しそうに笑うと使用人からワインボトルをもぎとって口をつけた。

 ラッパ飲みして赤ら顔になったお父様が立ち上がると、私の頭に手を置く。


「アルフィス・バルフォント。彼は本当に強い。今の彼なら私の父にも勝てただろう」

「そんなに……」

「だが私が父に勝ったのは13歳の時だ。彼は16歳、私のほうが強い」

「そ、そうね」


 あきれ果ててしまったけど顔に出すわけにはいかない。

 あまりに子供じみた張り合いだ。

 せっかく機嫌がいいんだから、浮かれさせておこう。


「実に腹立たしい小僧だ。何の人生経験もないくせにすべてを知ったような顔をしているのも気に入らない。だがね、時々思うのだよ。彼が私の息子ならどんなによかったことか、とね」

「そ、そんな!」


 そこまで言うのかと私は憤慨した。

 もちろんお父様はそこまで計算した上で発言している。

 要するに煽っているんだ。


「だが奴はあの憎きレオルグの息子だ。そのレオルグの息子に私の可愛い娘が負けている……こんなことがあっていいのかね」

「私が勝つわ!」

「……本当にそう思うか?」

「えぇ!」


 私がハッキリと強く答えるとお父様は気持ち悪い笑顔を作った。


「そうか、よく言った。偉いぞ」

「え、えぇ!」

「ではアルフィスを殺してこい。それまで屋敷には一歩も入れん」

「……え?」


 お父様が何を言ってるのかわからなかった。

 冗談でこういう発言をする人じゃないのはわかっている。


「お前の気概はよくわかった。では次は結果を出すべきだろう? 違うか?」

「そう、だけど……」

「私は娘を信じる。何せ父親だからな。子どもを信じない親がどこにいる。ではリリーシャ、明日にでも屋敷を出ろ」

「え、えぇ……」


 私がアルフィスを? なぜ?

 なんでそんなことを?

 そんな疑問しか浮かばないけど、パーシファム家を守るというならやるしかないの?


「これ以上、あのバルフォント家などに大きな顔をさせるわけにはいかん。アルフィスが死ねばあのレオルグも少しは大人しくなるだろう」

「で、でもあのレオルグは国内……いえ、大陸最強との呼び声も多いし怒らせるのは得策じゃ……」


 突如、お父様の鋭い眼光が私に向けられた。

 蛇に睨まれたカエルのように私は動けない。

 もうこれ以上、言葉での対話は無理だ。

 そう理解するのに十分な迫力だった。


 私はアルフィスを殺さなきゃいけない。

 パーシファム家の人間でいるのはそれしかないのだから。

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