第89話 表の支配者と裏の支配者
「親愛なる民よ。この度、我が愛する国は愚かな蛮国によって襲撃を受けた」
学園襲撃事件はさすがのバルフォント家でも情報操作で隠せるものじゃない。
だからあえて今回は国民の前で国王に発表させることにした。
何でもそうだけど、隠すよりは明らかにしたほうが心象がいいからな。
王家に対する心象なんて実はどうでもいいが、あまりに不信感が募ると崩壊に繋がる。
それはバルフォント家としても困るから、まずは誠意を見せておこうというわけだ。
城門上に位置する城のテラスから、国王が大勢の民に向けて演説を始めている。
「諸君らも知っての通り、襲撃されたのはセイルランド学園だ。王都のほぼ中心に位置するこの場所が襲撃されてしまったのは我らの不徳といたすところだろう」
レティシアの話だと終始怯えまくって自分のことしか考えてなかったのがあの国王だ。
国王がそんな風になったのはバルフォント家の教育の賜物なんだけどな。
代々バルフォント家は王家と密着な関係にあって、どの王族も子どもの頃からバルフォント家第一と教えられている。
バルフォント家さえあれば国家は安泰だ。
バルフォント家には我々も足を向けて寝られない。
バルフォント家は神と知れ。
そんな宗教染みた思想を刷り込むことによって誕生したのがあの国王だ。
レティシアが怒るのも無理はないが、元はといえばバルフォント家のせいだからオレは何も言えない。
「親愛なる民よ。大変申し訳なかった」
国民達が大きくざわついた。
王族が姿を現して、ましてや頭を下げる。
こんなことは通常では誰も想像してない。
例えるなら戦前の日本で天皇陛下が出てきて謝るようなものだ。
神として崇められていた天皇自らが降伏を宣言した時、多くの日本国民は涙を流したという。
そのくらい一般の民にとって国王という存在は雲の上にある。
「へ、陛下が、頭を……」
「なんてことだ……ううぅっ!」
「悪いのは蛮国だ! 平和を脅かす侵略者め!」
案の定、すすり泣く声や怒りの声がそこら中で飛び交う。
国王は静かに頭を上げる。
オレはそんな様子を大衆に交じって冷ややかに見ていた。
「……しかし諸君が信じている通り、我が国は大変強固なものだ。学園襲撃の際、死傷者はまったく出ていない」
そんなわけねーだろと普通は思う。
だけどこれは事実だ。
バルフォント家はあいつらの襲撃を事前に察知していた。
内側はオレとミレイ姉ちゃん、ヴァイド兄さん。それとレベル20。
外側はギリウムが配下の魔物を率いて壊滅させていた。
更に後方に控えていた七番隊は世界王によって壊滅させられている。
そんなわねけーだろバカお前もう死ねよって思う国民がいても不思議じゃない。
ところが――
「おおぉぉ! それは素晴らしい!」
「なんという奇跡! 言っただろう! この国は神によって守られているのだ!」
「確かに! これもソアリス様の加護だろう!」
国民が一撃で国王の言葉を信じた。
それを後押ししているのが、ククリスがシスターを務めているソアリス教の教徒だろう。
宗教ってのはこういう時に強い。
「皆さん! ソアリス教では恋愛に関する戒律など一切ありません! 学園内で複数の女性と関係を持っている生徒がいるのですが、彼は傷一つ負っていないのです!」
「なるほど! つまりソアリス教を信じていた者にこそ約束されるものがあるのだな!」
「今まで奥さんに隠れて前の恋人と会っていたけど、今日からは堂々としよう!」
そのククリスだけど、どさくさにまぎれてクソとんでもないことを布教してるな。
家庭崩壊の兆しが見えてるのもいるし、マジで害悪すぎるだろ。
素面ならなに言ってんだこいつで終わっていたものを、その場の空気って怖いな。
ところでその複数の女性と関係を持っている生徒ってオレじゃないよな?
もしそうだったら許さんぞ。
「学園襲撃の際、学園を守ったのは他でもない王族直属護衛団ロイヤルガード及び魔術師団だ。彼らは果敢に戦い、敵をまるで寄せ付けなかった」
バカは放っておいて、国王の語りを聞こう。
これは全部台本通りだ。
レオルグが用意したものに従って国王が読んでいるに過ぎない。
謝罪の下り含めてな。
「私は恐れることなどなかった。なぜなら彼らを信頼しているからだ。敵が迫ろうと私は一歩も引かなかった」
ウソつけ。
ずっとレティシアの後ろにくっついてたって聞いてるぞ。
その話をオレにずーっと愚痴られてさすがに辟易したんだぞ。
「諸君! 今、ここにいる者達こそが! 王国を救ったと言っても過言ではない!」
ずらっと並ぶのがロイヤルガード及びブランムド含む魔術師団だ。
実際にはオレ達だけじゃなくてリンリンを含む教師も奮闘したんだけどな。
特にリンリンなんか他クラスの生徒達をまとめて避難させつつ、敵を撃退していたらしい。
現役の宮廷魔術師よりも活躍してるんだから皮肉なものだよ。
「民よ! 彼らを称えよ! 彼らこそが我らに生への道を切り開いた! 彼らこそがッ! 国の守護神であろうッ!」
「おぉぉぉーーーーーー!」
「国王万歳!」
「我が国の魔術師団に栄光あれ!」
かすかな地響きが起こるほどの声量だ。
何せ王都の民全員が称えているんだからな。
さすがに指で耳を塞ぎつつ、近くにいるレオルグを見た。
「クククッ……それでいい」
ここにいる真の支配者がほくそ笑んでいるとも知らずに、国民達は国王達を妄信している。
バルフォント家としてはこれでいい。
今回の事件で王家はよりバルフォント家に依存しなきゃいけなくなったんだからな。
これだけの喝采を浴びている国王の心中は穏やかじゃないだろう。
レオルグとバッチリ目が合った国王が一瞬だけ青ざめたのを見逃さなかった。
もちろんわかっているよなと言わんばかりのレオルグと、もちろんですと目で訴える国王。
こんな滑稽な現場はそう見られるものじゃない。
オレもまた心の中でクククと笑った。
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