第88話 支配者はただ静かに

「六番隊からの報告がないな」


 グリムリッター七番隊は王都から遠く離れた地にて、学園攻略部隊として待機していた。

 六番隊が敵をかく乱させて学園を制圧した後、一気に七番隊が雪崩れ込むという計画だ。

 七番隊の隊長であるピッグデットは放漫な腹をかきながら、暇を持て余していた。


「ヘズラー公爵の交渉による水面下での作戦も失敗、続いて六番隊も? いや、予定は常に遅れるものだ」

「ピッグデット隊長ォ! オレァ、早く暴れたくてたまりませんぜぇ! フヒヒ!」

「タブス、お前は戦地での蹂躙が悪目立ちしすぎている。女であろうと殺しを優先させろ」

「んなこと言ったって戦争なんてそんなもんでしょ!  ま、セイルランドなんてどうせオレ達にびびってますわ! フヒッ!」


 副隊長のタブスは脂ぎった顔をぎらつかせながら、雑草を貪り食っている。

 タブスは何でも食べる。女だろうと草だろうと関係ない。

 強者たるもの、食らえるものは食らえというのが七番隊の信条だ。


 七番隊の力は全部隊の中でも白兵戦最強と評されている。

 全員が身長二メートルを優に超えて、体重は200kgに届く者さえいた。

 六番隊とは真逆の性質を持つこの部隊が学園攻略を命じられたのは、体格だけではない性格によるものに起因する。

 戦いにおいて通常であれば一瞬の判断を要するが、七番隊にはそれがない。


 やると決めたらやる。

 その性質は魔物といってもいい。

 その勢いはいかなる防衛網であろうと衰えない。


「……時間だッ!」


 特定の時刻までに六番隊からの吉報がなければ王都を襲撃する。

 その作戦予定をピッグデット率いる七番隊は忠実に実行した。

 迷いなどない。全員が拠点のテントをなぎ倒し、木々すら破壊して動き出す。


 彼らに攻め滅ぼされた部隊の生き残りは語る。

 それは魔物のスタンピードとしか思えず、当時待機していた仲間達はそのつもりで応戦するつもりだった。

 ところが実際にその姿を見れば巨人の行進でありすべてを見誤った、と。


 暗黒部隊グリムリッター七番隊、通称嘆きの巨人。

 怒声まじりの轟音はまるで弱者の弱さを嘆いているかのように聞こえると誰かが言った。

 強者が力を振るうのが罪ではない。

 弱者が弱いのが悪いのだ。

 彼らの暴走は蹂躙された弱者をして、そう言わしめる。


 地響きは王都にまでかすかに伝わった。

 感がいい騎士が一人でもいればよかったが、そのほとんどがボードゲームに興じたり眠りこけている。

 ひどい者になると勤務中にも関わらず、王都に繰り出して酒を浴びるように飲む始末だ。


 レティシアが危惧した騎士団の腐敗がこういった場面で顕著となる。

 これが天災の類ではないといち早く気づいたのが一般の民というのだからなんとも皮肉なものだった。


「グハハハハッ! セイルランドの蛆虫どもよ! 踏みつぶしてやろうぞ! 我こそはピッグデット! いざ尋常に――」


 彼らの行進は突如として止まった。

 迷いなど感じない彼ら自身もなぜそうしたのかはわからない。

 足元に不快な虫を見つけたら思わず立ち止まってしまうかのように、それは条件反射とも言える停止だった。


「もうすぐ夕食時だ。ずいぶんと騒がしいものだな」


 彼らの前にいる二つの影、それは壮年の男性と女性だ。

 黒い髭を蓄えた男は巨人の前に進み、口元で笑う。


「何者だ」

「嘆きの巨人とあろう者達が今、立ち止まってそれを問うか。こうなっては図体のでかさも見掛け倒しと言えるな」

「我らを知っているのか」

「オールガン国暗黒部隊グリムリッター。家畜風情がよくも我が庭を踏み荒らしてくれたな」


 自分の半分の背丈にも満たない男にピッグデットは動けずにいた。

 心臓が爆音のように高鳴り、生まれて初めて彼は本能で何かを感じている。

 男はゆっくりと近づいてきて、片手から虹のように色が入り混じった何かを浮かべた。


 その途端、まず七番隊の半分が自身の耳に指を突っ込み、脳まで達して即死。

 首に手をかけて自ら窒息、心臓を拳で潰し、かろうじて自我を保った者は小便を漏らしながら這いずる。

 ろくな思い出がなかった幼少期が頭の中に思い浮かんだ後、心停止した。


 わずか数秒で自分の部隊がほぼ壊滅したなど、ピッグデットは受け入れられない。

 彼と副隊長のタブス、残った者達はわずか数名。

 が、すでにほとんど戦意などない。


 ピッグデットは新任の頃、世界最強の生物と言われている竜と対峙したことを思い出す。

 その時ですら彼は果敢に挑んだ。

 が、彼は動けない。


「ほぉ、全滅させる気で波動を放ったのだがさすがにやるものだな」

「う、う……うおおぉぉーーーッ!」


 ピッグデットは二本の戦斧で男に斬りかかった。

 魔力による身体強化のみで城壁すら破壊して尚も止まらないその膂力だが――


「うむ、さすがのパワーだ。よく鍛え込んでいる」

「う! ふっ! く、くっ……!」

「動かんか?」


 男の両手の指二つで止めていた。

 戦斧に亀裂が入って砕け散ったのは一瞬のことだ。


「だがいかんなぁ。その図体のせいで魔力が体全体に回っていない。例えばこことかな」

「ぐあああぁぁーーーーーッ!」


 男がピッグデットの膝を足で破壊した。

 巨体が横倒しになって子どもみたいに転がって暴れ回る。

 男はしゃがんで男を見下ろした。


「私の庭を荒らした罰がこんなものではないことくらいわかるだろう? あぁ、コラ?」

「う、あぁぁ……こ、降参、投降する……」

「あ? なに? 降参? 投降?」

「あッ……ぎええぁぁあああぁぁあぁーーーーーーーー!」


 ピッグデットが片腕を潰されて、辺りには血と尿の異臭が広がる。

 恐怖に飲まれながらも彼は自身の周囲に堅牢なブロックを展開した。

 更に壁は砦のように成長してピッグデット他すべてを守る。


「や、やられる前に、やってやるッ!」

「図体の割にはずいぶんと保守的な魔法だ。で?」


 男が片手から衝撃波を放つと砦ごとすべてが吹き飛んだ。


「あ……あ……」

「大気と風を融合させればこれほどの威力が出る。魔法とは工夫の連続だ。ところでこの私の庭を荒らしやがったカスどもが、ただで死ねると思うなよ」

「アッ……」


 ピッグデット達は男にじっくりと痛めつけられながら息絶えた。

 残ったわずかな者達は逃げることすらできず、その惨劇を見せつけられている。

 すでに脳が現実を受け入れられず、彼らの精神はとっくに崩壊していた。

 そんな者達にもう一人、女が近づいた。


「怯えないで。かわいそうに……」

「あぁ……温かい……温かいよぉ……」


 女が血まみれの隊員達の前で両手を広げた。

 隊員達の顔から怯えの色が消えて、目を閉じる。


「リーザニアの愛は心地いいだろう?」

「は、はぃ……」

「だが私に許可なく妻の愛を受けた罰だ。死ね」

「ゲァッ……」


 男がその頭を吹っ飛ばした。

 リーザニアは血まみれになりながらも男を見上げて、そして抱き着く。


「あなた、ごめんなさい。あまりにかわいそうだったからつい……」

「優しいお前だからこそ妻に選んだ。だが私以外がその愛の波動を受けたからには死んでもらうしかない」

「そう、そうよね。あなた、帰ったらたっぷり愛し合いましょう」

「そうだな。子ども達のためにも夕食はシェフにたっぷりと奮発してもらう」


 男は女を肩に抱いて静かにその場を去った。

 血まみれ、汚物まみれになったこの場はすぐに片付けられてしまう。

 黒い影が飛び出してきて清掃を終えた頃には何事もなかったかのような静寂が森に訪れた。

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