第87話 任務完了
私の名はイオース。男爵家生まれの冴えない長男だ。
貴族といっても領地など持たず、家名を知ってるものもほとんどいないだろう。
人間の価値と人生は生まれで決まる。
そう思った私は公爵家のエリク様に忠誠を誓うことにした。
大した才覚も持たなかった私だが、それなりに認められてエリク派のナンバー2のポジションに収まる。
忠誠心を絶やさず、力も手に入れた。
私のような凡人でも立ち回りを考えればそれなりの立場に立てる。
そう思っていたが、今は舐められるほど床が近い。
「ご、ごぼっ……!」
「早く立ちなよ。ばぁか」
手も足も出なかった。
何をされたかもわからなかった。
こんな私でもナンバー2でいれば、強くなった気がした。
自分が大きくなった気がした。
でもそんなものはただの妄想でしかない。
「ほら! とっとと起きろよ! ざーこ! ざぁこ!」
イエッティのおかげで最初は優勢だったものの、最後は負けてしまった。
アルフィスのサモン・ネクスト解除後なら戦えると思っていた。
現実の私はこんな下級生のガキにすら負ける程度の人間。
「お前、なんでエリクなんかに従っていたんだ?」
アルフィスのなんてことのない言葉が私の胸に深く突き刺さる。
なぜ私はここにいるのだろう?
強くなりたかった? いや、違う。
「私は、ただ……」
私はただ強い自分に憧れていただけだ。
何も持たないくせに夢だけは大きく、ナンバー2という安易な道に逃げてしまった。
このアルフィスは自分の立場に甘んじることなく、高みを目指しているのだろう。
アルフィスが私の家に生まれてもきっとやることは変わらなかったように思う。
つまり人としての資質が、何もかもが違いすぎた。
それにあと少し早く気づいていれば何かが変わっていたのかもしれない。
* * *
「なんだ、こいつ。ブツブツ言いやがって気持ち悪いな」
ルーシェルに負けたイオースを強引に立たせてからミレイ姉ちゃんに引き渡した。
サモン・ネクストはオレの波動と同じく長時間の維持が難しい。
解除後はルーシェルにイオースと戦ってもらった。
こっちもブツブツ言っていたが、オレが背中を叩けばやる奴だ。
イオースがミレイ姉ちゃんの水球に収納された後、オレは身構える。
「お姉ちゃんとサモンネクストォォーーーー!」
「来ると思ったよ」
オレがしゃがんで回避するとミレイ姉ちゃんがルーシェルに突っ込んでいく。
「んん……あれ? ルーシェルちゃん?」
「ぎゃーーーーー! こ、この変態女! ついにボクにまでぇ!」
危うくルーシェルとキスするところだったな。
二人が絡み合って大騒ぎしている間にオレは学園長と話をすることにした。
「学園長、ご苦労だったな。危険な目にあわせてしまってすまない」
「事前に打ち合わせをした時はどうなるかと思いましたが、おかげ様で無事ですよ」
「こっちもおかげで敵の先兵を叩くことができた。今頃、グリムリッターの六番隊は壊滅しているだろう」
「ほぉ、それは本当ですか?」
オレの言葉を肯定するかのようにヴァイド兄さんが現れた。
その手にはボロ雑巾みたいになったばあさんの腕が握られている。
「こちらは片付いたようだな」
「それはもしかして六番隊の隊長か?」
「あぁ、疲れてしまったようなので少し休憩したら再開するつもりだ」
「もうやめてやれ」
もう心が完全に折れて精魂尽きてるんだが。
グリムリッターの隊長格となるとオレでも簡単には倒せない。
こいつは確かガルムと契約をしているから、オレの遥か上のスピードをいくはずだ。
魔人ムーハがパワーならこっちはスピードといった感じだな。
勝つなら予知でも出来なきゃかなり厳しいってのに。
「む! そこにいるのは噂の魔界三十二柱と契約したという召喚憑きの少年か! 面白い!」
「いや、もう戦闘どころじゃないからな。ていうかやけに遅いと思ったら、ずっとそのばあさんと戦っていたんだろ?」
「あぁ、なかなかの手練れだった。彼女を放置すれば学園が壊滅しているほどの強さだ。まったく恐ろしい……」
「どの口で言いやがる」
エリク、イオース、ウォルタミネはミレイ姉ちゃんに死なない程度に癒されている。
水の球に閉じ込められて、まるでホルマリン漬けのように浮いていた。
これからこいつらはミレイ姉ちゃんの研究所に送られることになる。
オールガン国の契約魔術とやらをたっぷりと研究するだろう。
そのオールガン国だけど、これから先はちょっと面倒なことになりそうだな。
こちらから外交で圧力をかけることもできるけど、何せあそこはアバンガルド連合加盟国だったな。
北の大帝国アバンガルドを中心として大陸の約三分の一の国々からなるのがアバンガルド連合だ。
今回の件、下手にこじれるとアバンガルド本国が腰を上げる可能性がある。
ここは世界王の手腕の見せ所か。
「そういえばアルフィス、このバウルという老婆と一人の少女が戦っていた。この学園の生徒のようだが、あれは間違いなく波動の使い手だったぞ」
「へ、へぇ。そんな奴がいるのか」
「まだ使い慣れていないようで倒れてしまったところを助けたのだが……あれは面白い。後で戦ってみようかと思ったのだが、気がつけばいなくなっていた」
「それはよかった」
どう考えてもエスティのことだ。
あいつ、バウルに襲われながら生き延びたのか?
ウソだろ?
オレはもしかしてとんでもないものを目覚めさせてしまったのでは?
そう確信した時、武者震いが止まらなくなった。
「そうか、あのエスティが……」
「フフフ……今度会う時が楽しみだな」
オレとヴァイド兄さんが変なオーラを出している横で学園長達の血の気が引いている。
せっかく助かったのにまた怖がらせてしまったか。
「うみゅみゅーーー!」
滑り込むようにしてやってきたのはレベル20だ。
オレにまとわりついて何か褒めてもらいたがっている。
「そうか。六番隊の後続部隊を倒したか。よくやったぞ」
「うみゅっ!」
こいつに任せていたことをしっかりやってくれたようだな。
そこへヴァイド兄さんの影に隠れていたレベル25がギロリと睨んでくる。
「もゆぅ」
「うみゅぅ……」
なんか睨み合ってるんだが。
こいつらがここで戦ったら学園長達を守れる自信がない。
オレはレベル20を片手で抱えてバッグに入れた。
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