第85話 VS エリクin不浄王ギュレム

「ハッハッハッハッ! そんな矢など通さないッ!」

「あーーめんどくさぁーーー!」


 エリクの側近らしきイオースの契約悪魔イエッティはぶ厚い毛皮で鉄壁の防御を誇る。

 ルーシェルの矢すら通さず、毛に刺さったまま肉まで届かない。

 更に口から吐き出す吹雪のブレスは矢ごと吹き飛ばして凍り付かせてしまう。


「あーーもぉーーー! アルフィス様ー! やっちゃってくださいよぉー!」

「なんでオレに命令してるんだよ。ちょっと考えれば倒せない相手じゃないぞ。がんばれ」

「ええぇぇーー!」


 ルーシェルは少し苦戦する相手が出てきたらすぐこれだ。

 相手が格下だとノリノリで暴言吐き散らすくせにな。


腐敗の剣ゼーロットソード


 一方でオレの相手であるエリクが自ら作り出した剣は金属が腐食にまみれて不快感を催す剣だ。

 錆だらけで使い物にならなそうに見える一方で殺傷力は衰えてないと感じさせてくれる。


「そらぁーーー!」

「フン……」


 エリクが斬りかかってきて魔剣で受け止める。

 その瞬間、魔剣が何かに抵抗するかのように振動を放った。


「なるほど。魔剣じゃなかったら腐食して使い物にならなくなっていたな」

「そうさ! 僕が契約しているのは不浄王ギュレム! 歴史上、確認すらされなかった伝説の十柱さ!」

「すごいのに魅入られたもんだな。だったら軽く天下を取れる資質はあるだろう」

「天下? 下らないッ!」


 エリクが強引にオレの魔剣を弾いた。

 身体能力や魔力共にオレの上をいってやがるな。


「退屈で緩みきった日常を脅かす脅威! 常に命を刈り取る不浄! 血も見たこともない汚れなき人間が汚されていく瞬間! 欲しいのは崩壊さ!」


 エリクの腐敗の剣ゼーロットソードが蠢いてボタリと液体が垂れる。

 床に広がっていくのは腐海だ。

 石だろうが何だろうが、あれに浸食されてしまえばすべてが腐る。


「僕はねぇ! アルフィス! バルフォント家共々、認めるべきだと思うんだよ! お前ら全員腐ってるってね!」

「それを認めて何がどうなるんだ?」

「文字通り腐ってもらうのさ! 支配者気取りで国を弄んでいる奴らが文字通り腐るんだぜ? 面白過ぎだろっ!」

「……どこが?」


 エリクの背後に黒マントを羽織る美麗な顔立ちの男が見えた。

 あれが不浄王ギュレムか。あいつは不浄を司りながらも自らは美しく保つ。

 そうやって自分以外を腐らせて楽しんでいるんだ。

 あのエリクだってとっくに心が腐っている。


 汚れなき貴族のお坊ちゃんの心を腐らせるのはさぞかし楽しいだろうな。

 まぁ元々素質があったから魅入られたわけだから、あいつにも責任はある。


「アシッドクラウドッ!」


 エリクがドス黒い緑色の雲を放つ。

 あれに触れたら身に着けている金属製の防具もろとも腐る。

 それもかなり広範囲に広がっているから突っ切ったら体がもたない。

 

「ブラックホール」


 ブラックホールで雲を吸い取るも、無限と思えるほどモクモクと出てきやがるな。

 しかも形を変えて竜の姿になって飛び回り、ブラックホールをかわして向かってきた。

 オレは回避し続けるも、捕まれば無事じゃ済まない。

 更に竜の姿から急に破裂して辺りに広がったりと、段々と逃げ場がなくなっていく。


「魔力が尽きると思ったら大間違いだ! これはギュレムの力であって僕の魔力はほとんど消費していない! どうせ召喚魔術のことは聞いているんだろう!」

「確か契約悪魔の力を効率よく引き出す方法だったな。お前、才能あるよ」


 下駄を履いているとはいえ、誰でも履けるわけじゃない。

 悪魔との相性もあるし、あそこまで使いこなしているのは見事と言っていいだろう。


 褒めてばかりもいられないのでシャドウサーヴァントを出現させる。

 シャドウサーヴァントを出現させたのはエリクの真上だ。

 シャドウサーヴァントが真上から奇襲して一気に剣を振り下ろす。


「フン! 見えてるんだよ!」


 エリクが余裕をもってシャドウサーヴァントの剣を受ける。

 が、そのすぐ足元にすでにもう一体のシャドウサーヴァントがうずくまっていた。

 本物のオレと入れ替わった瞬間に下から斬り上げる。


「ぎゃああぁーーーー! くっ! あぁ、あ、い、痛いじゃないかッ!」

「さすがにタフだな。常人なら死んでいるんだがな」


 エリクを斬りつけたものの、なかなか硬い。

 ギュレムの力の影響ですでに人外の域に達しているな。


「接近できたからっていい気になるなッ!」

「剣での戦いか。受けて立ってやる」


 エリクの腐敗の剣ゼーロットソードはかすっただけでも危ない。

 しかもパワーやスピードはあっちのほうが上ときた。

 まともに受ければ押し負けてしまうため、オレは回避に徹底しつつ隙をうかがった。


「フハハハハッ! 防戦一方じゃないか! 『お前の整った顔もすぐに腐らせて醜くしてやる!』」

「ギュレムか?」

「『美しいものが崩れ行く姿はいつ見ても心地よい!』」


 声はほぼギュレムに近いな。

 考えてみればギュレムほどの悪魔がエリクなんぞに簡単に力を貸すわけないか。

 結局はこういう魂胆だ。最初からそのつもりだったわけだ。

 

「アハハハハハッ! 『その綺麗な顔をすぐに』腐らせて『やろう!』」

「順番に喋れよ。重なっているぞ」


 顔つきが豹変して、ギュレムに半分くらい乗っ取られているとわかる。

 オレは魔剣を一振りしてから、呆れ顔を向けた。


「お前、自分だけが綺麗でいられるとでも思ってるのか?」


 エリクにシャドウサーヴァントが一斉に襲いかかる。


「手数だけ増えたところでッ! ペトロフィールドッ!」


 エリクを中心に腐海が一気に広がった。

 オレのシャドウサーヴァントがどろりと形を崩していく。

 更に足先から感覚がなくなっていき、ブーツもボロリと崩れつつあった。


「チッ……」

「油断したねぇ! 今ので君は完全に身動きが取れなくなった!」


 エリクの言う通り、広範囲のペトロフィールドがオレを巻き込んで腐らせにきた。

 シャドウエントリで範囲外に逃げるも、すでにシャドウサーヴァントが消えつつある。

 これは魔法そのものを腐らせてるってことか。


「ペトロフィールドはすべてを腐らせる! 魔力すらもね! アルフィス、どういうことかわかるかい!」

「オレ本体が近づけば魔力ごと蒸発するってことだろ」

「『そういうことだ!』 その影人形もろとも全部腐り消えるんだよッ!」

「そうか。じゃあ消える前なら問題ないわけだな」


 ペトロフィールドがじわりとオレの足元から浸食する寸前、シャドウサーヴァントが弾けてダークニードルが放たれた。

 エリクは防ぎきれずに体の数か所ほど刺されてしまう。

 さすがの頑丈さで、貫通とまではいかなかったか。


「く、こんな、ことが……!」

「ペトロフィールドの維持が疎かになっているな」


 毒の沼地みたいなフィールドがどんどん縮小していく。

 エリクは刺された箇所を手で押さえながら、片手に腐敗の剣ゼーロットソードを握っている。


「まだ、まだ終わってない、僕がこんなところで終わるなんて……そんなのつまんないだろ……」


 エリクの足元に毒々しい魔力が現れて、それがズズズと這い寄る。


「ギュレム、お前のすべてを僕に貸せッ!」


 エリクの全身が変質していく。

 目鼻が綺麗に整い、別人の顔へと変貌していく。

 両手から放たれた魔力がそれぞれ剣を形成する。

 握られた二つの腐敗の剣ゼーロットソード、背中に装着された黒マント。

 そこにいるのは不浄王ギュレムそのものとしか思えなかった。


「これが僕に力を与えた連中すら辿りつけなかった召喚魔術の極致……サモン・ネクストだ。今の僕はギュレムと同等……いや、それ以上の力を得ている」

「大したもんだ。やっぱりお前、素質あるよ」

「褒めたところで今更生かす気はないよ。アルフィス、君には本当にムカついてるんだからね」

「そうだな……だったらお詫びをしないといけないな」


 オレは戦っているルーシェルをちらりと見た。

 あのイオース相手に優勢だが、まだ決着に時間がかかりそうだな。

 少し待ってやりたかったけどしょうがない。


「お礼になるかわからないけど、オレも見せてやるよ。ルーシェルッ!」

「はぁーーーい!」


 オレがルーシェルを呼ぶと高速で飛んできた。

 いい子だ。さて、やるか。

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