第84話 ど、童貞ちゃうわ

「何かと思ったら一人変なのが増えただけかい」


 クソ姉のせいでエリクがまた調子こきモードに入ってしまった。

 別にいいんだが、こういう時くらいキッチリと決めてほしいもんだよ。

 そのクソ姉ことミレイ姉ちゃんはエリク達をジーッと見つめている。


「あの子達、なかなかねぇ。アルフィスほどじゃないけど……」

「あいつら、全部召喚憑きだ。研究対象としてはもってこいだろ?」

「どんな悪魔と契約してるのかしら? ちょっとお姉さんに見せてもらおっと」


 ミレイ姉ちゃんが杖を片手で回しながら口笛を吹いて向かう。

 そこに立ちはだかったのがウォルタミネだ。


「あなた、誰ですの?」

「アルフィスの姉よ」

「アルフィスの……ふーん。こんなお姉さんがいたなんて意外ですわぁ。でも姉なのにキスしようとするなんて……淫乱ねぇ」

「愛する弟にキスをして何が淫乱よ。あなたちょっと頭おかしいんじゃないの?」


 ウォルタミネもクソ姉にだけは言われたくないだろう。

 至近距離で二人が睨み合って、それこそキスしそうな距離だ。


「あら、そう。あなたみたいな姉がいるからアルフィスはいつまでも奥手なんですのね。家庭環境って大事ですわぁ」

「アルフィスだって女の子の一人や二人や三人や四人くらい仲良くできるわ」

「でも童貞なんでしょ?」

「は?」


 おい、なんか妙な流れだぞ。

 あっちのエリクとイオースも微妙な顔をしているし、これは止めたほうがいいのか?

 ていうか童貞とか言うな。童貞で何が悪い。言ってみろ。


「ア、アルフィス様はど、どーてい違うし!」

「お前がそれ言うな。ていうかもう喋るな」


 この場でむっつりクソ天使が一番動揺している。

 学園長達はコホンと咳払いをして我関せずだ。


「見ていればわかりますのよぉ。私がアルフィスの童貞をもらってあげてもいいのよ? クスクス……」

「あなたがアルフィスの?」


 ミレイ姉ちゃんが拳を作ってウォルタミネにぶち込んだ。

 

「ぐぇッ……!」


 数メートルくらいぶっ飛んだ後、ウォルタミネがでんぐり返しのような姿勢で倒れる。

 ミレイ姉ちゃんが指に杖を乗せてくるくると回してからパシッと掴む。

 まずいな。あれキレてるやつだ。


 実は昔、オレは一度だけミレイ姉ちゃんにキレられたことがある。

 ミレイ姉ちゃんが大切にしていたおやつを食べてしまった時に恐ろしくて誤魔化してしまった。

 食べたことに怒っているんじゃなくて、誤魔化したことに怒っていたんだと今になって思う。


 その時もああやって杖を回していたんだよな。

 つまりあれはキレてるサインだ。


「あ、あがっ……」

「せっかく手加減してあげたんだから立ちなさい。一撃で殴り殺すこともできたんだからね。で、誰がアルフィスの童貞を奪うって?」

「このクソアマッ! 許せませんわぁーーーー! ヘビーレインッ!」


 ウォルタミネが暗雲を作り出して雨を降らせる。

 雨粒が体に付着すると体がかすかに重くなった気がした。


「契約悪魔は水地蔵オモカリサマか」

「あらぁ、アルフィスったら詳しいのね! この雨に打たれ続けると体がどんどん重くなって歩けなくなるの! 魔界三十二柱に匹敵する神クラスの悪魔よ!」


 高笑いするウォルタミネだが、その雨が一ヶ所に集められていることに気づいているんだろうか?

 しかもお前の頭上だぞ。


「オーーホッホッホッ! さぁ、動けなくなったところでたっぷり……え? 雨が……え! なんで、集められて!」

「早く解除しないと、どんどんあの水の球が大きくなるけど? で、アルフィスの童貞を奪うって? 誰が?」

「くっ!」


 ウォルタミネが解除を試みたようだが、雨が集まった水の球が弾けてしまった。

 それがすべてウォルタミネに降り注いでしまう。


「いやぁぁぁーーーー! あ、あぁ、お、重い……潰れちゃう……」

「私はよく水魔法の使い手だって言われるけどね。本当は液体を操るのが得意なの。あなた程度のあばずれがアルフィスの童貞を奪うだなんて……」

「う、腕、腕が、しぼんで……いやぁ!」

「恥を知りなさい。このクソ〇〇〇」


 とても放送できない単語を出しやがる。

 ミレイ姉ちゃんがウォルタミネの腕に杖を向けると、右腕がミイラのようになってしまった。

 ぷらぷらとした腕を見てウォルタミネが泣き叫ぶ。


「な、なんで!」

「人間の体ってほとんど水分で構成されているのよ。それとこんなこともね」

「いッ! いたぁぁーーーい! いやぁ! 血が、血がぁーーーー!」


 ウォルタミネの足から血が噴き出した。

 まるで血が意思をもっているかのように肌を突き破り、ウォルタミネはあっという間に意識を失ってしまった。

 そう、ミレイ姉ちゃんにはほとんどの生物に勝ち目がない。


 つまりあの姉に勝つにはあの規格外の魔力コントロール下から逃れる必要がある。

 それか同等の魔力コントロールで体を維持するしかないんだが、いずれにせよ今のオレじゃ瞬殺だ。

 笑っちゃうくらい強いんだよ、あの姉は。


「殺してやりたいけど、このくらいにしないと死んじゃうか。でもこいつ、アルフィスの童貞を奪うとか言ってたし……あぁ殺したい、殺したくてたまらないぃ……!」

「もういい。ていうか童貞連呼するな」


 ウォルタミネは極度の貧血に陥ったのかもしれない。

 その体を水に包んでから扉の外に放り出す。


「後処理は特殊清掃班に任せましょ。ね、アルフィス?」

「そうだな。それまで死なないといいけどな」

「アルフィスは誰に童貞を捧げるの?」

「もういいっつーの」


 このクソ姉のせいであっちの学園長達が赤くなってめっちゃ咳払いしてるぞ。

 あまりおっさん達を刺激しないでほしい。

 ルーシェルなんか両手で顔を覆っているぞ。


 戦いのほうはまさに瞬殺の一言で、誰も何も言えない。

 エリクやイオークなんて完全に気圧されている。


「こ、これがバルフォント家……エリク様、ここは退きましょう! あれは七番隊でなければ手に負えません!」

「フン、びびることはないよ。僕の契約悪魔を忘れたのか?」

「し、しかし……」

「僕の命令が聞けないのか?」


 エリクがイオークの肩を掴むと、かすかに肌が変色する。


「わぁぁぁ! も、申し訳ありません!」

「わかったら二度と口ごたえするな。さぁ、二人でやるぞ」


 イオークがエリクと並んでオレ達と対峙した。

 ここで諦めたほうが少しくらい長生きできただろうに。


「アルフィス、お姉ちゃんは疲れちゃったから少し休むね」

「わかっている。ルーシェル、オレ達だけでやるぞ」


 ミレイ姉ちゃんはあくびなんかしているけど、オレ達の戦いを見たいだけんだろうな。

 オレとしてもこのまま姉に任せるなんてまっぴらだ。

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