第83話 ゴールなわけないんだよなぁ
「やぁ、学園長。こんなところに逃げ隠れて、いいご身分ですね」
エリク、イオース、ウォルタミネは学園長が避難している地下の大部屋に辿りついていた。
ここは有事の際は学園の上層部が避難する場所だ。
学園長達はここで襲撃をやり過ごす予定だった。
ところがそこに現れたのがエリク派だ。
「き、君は確かエリク……。なぜここがわかった? それに確か学生護衛に参加していたはずだろう?」
「フ……ここに僕達がいる時点で、そんな質問が無意味なのはわかるだろう。まったく呑気な連中だよ」
「どういうことかね」
「じゃあヒントだ。学生の僕達がなぜかここを知っていて、こうしてやってくる。なぜだと思う?」
学園長は考えたくなかった一つの可能性に思い当たる。
エリクはそんな学園長をあざ笑う。
「フフッ、アハハハハッ! 生徒達を放っておいて自分達はこんなところに逃げ込む……あなたは教師の鑑ですよ」
「エリク! まさか寝返ったのか! なぜだ!」
「なぜ……? 僕はね、この学園に来てから……いや。それ以前から退屈していたんだ。恵まれた身分に安定した将来、すべては両親が用意してくれる。これの何が楽しい?」
「そんな、そんなことで……」
学園長は冷や汗をかきながらエリクと対峙した。
こうなることは想定していたものの、エリクが目の前に来るとなるとショックが大きい。
学園の生徒が敵と内通していたなど、学園長は現実を前にしても信じたくなかった。
「エリク……国を敵に回す覚悟か。それにお前の両親は……」
「あんな奴らを気にかけるとでも? 僕を型にはめて都合のいい人形としか思ってないような男と女を?」
「子どもが知ったようなことをほざくな!」
「あなたこそ何を知ってる? こんな腐敗した国に何の価値がある? 全部終わってるんだよ」
エリク達は身に宿る魔力を解放した。
学園長達を吹っ飛ばしても余りあるほどの圧だ。
その総量は貴族の名家に生まれた学園長をしてたじろがせるほどだった。
「この国の攻略もね。すでにオールガン国はこの国への侵攻態勢を盤石たるものにしている。この学園はその足掛かりさ」
「足がかりだと……?」
「この学園を拠点にして、更に控えていたグリムリッターの本隊が雪崩れ込む。ここから王都を制圧すれば、こんな国なんて一瞬で陥落するさ」
「やはりすでに配備されているのか……」
エリクは勝ち誇ったように笑みを浮かべた。
「アッハッハッハッ! 間抜け! 間抜けだよ! ここまで事が簡単に運ぶなんて、あの人達も思ってなかっただろうね! 肝心の王家や騎士団は役立たず! もう止められないよぉーー!」
エリクの背後で地下室の扉が開く。
何者かの侵入にエリク達がゆっくりと振り返った。
* * *
「楽しそうだな」
オレが入るとちょうどエリク達がいた。
バカ笑いの最中だったらしく、オレと途中で合流したルーシェルに対して口を半開きにしていた。
ちなみにリリーシャは生徒達の避難誘導に当たってもらっている。
不満そうにブツブツ言っていたけど、お前にしか頼めないんだと言ったら有頂天になって張り切ってくれた。
「……君は確かアルフィス。こんなところにやってくるなんて勘だけはいいみたいだね」
「お前も例にもれず自信過剰だな。召喚憑きって奴はどいつもこいつも同じだよ」
「ムトーが退学してシェムナが休学したのもやっぱり君の……バルフォント家の仕業か」
「わかってるなら、めんどうな説明はいらんよな?」
オレが脅しかけるもエリクはまだ余裕の態度を崩さない。
他の二人もエリクを信頼している様子だ。
「エリク様、バルフォント家だろうが今のあなたに勝てる者は存在しません」
「そうよぉ。あなた様はいずれ大陸の覇者となられるお方! あんなかわいらしいボウヤに負ける道理などありませんわぁ!」
「かわいい? ウォルタミネ、少し趣味が悪いですね」
「あら、イオース。だってかわいいじゃない。前に廊下で見かけた時も『オレが一番強い!』みたいに肩を張って歩いていたのよ。その顔が本当にかわいらしくて……」
ウォルタミネが舌なめずりをしている。
極限まで短くした制服のスカートの裾を指でつまんで少しだけ持ち上げる。
下品な女だな。
「ね? 怖い顔をしないで私と楽しいことをしません? あなたがいつも連れている子達にはできないことをしてあげますわぁ……うふっ」
「悪いが興味がないんだ。お前も三年生ならそんなことより考えるべきことがたくさんあるだろ」
「まぁお子様」
ウォルタミネが火照った顔で体をくねらせている。
こいつが誰と何をしようがどうでもいいが、そんなことにうつつを抜かしている間に他の生徒は前へ進む。
特にレティシア、リリーシャなんかはより自分に磨きをかけるだろうな。
「ア、ア、アルフィス様! あんなエロ女、ぶち抜いて殺してやりますよ!」
「エロとか言うな。オレでさえあえて言わなかったんだぞ」
ふしだらだの騒いでるこいつがそっちの話題に詳しそうなのが闇だな。
恥ずかしがっておいて本当は興味津々なんじゃないのか?
「下らんことよりエリク、お前は本当に勝ったと思っているのか?」
「当たり前だろう。すでにグリムリッターの六番隊が学園を制圧、更に後続から他の部隊が攻めてくる。もう止められないよ」
「クックックッ……そうか。おめでたいな。ところでその割にはやけに静かだと思わないか?」
「なに? そんなはずは……」
「試しに魔力感知してみろよ」
強がっていたエリクも少し耳を澄ます。
そして魔力感知で魔力を拾うも、ここにいるメンバー以外のものは拾えなかったようだ。
「なんだ? 六番隊はどうした? とっくに合流してもよさそうなんだけどな?」
「クククッ……ハハハハハハッ!」
「何がおかしい……」
「クックックッ! 自分の境遇に不満を抱きながらも、しっかりボンボンとして染まっていたわけだ。お前達は誘い込まれたんだよ」
オレの一言でエリクがようやく察したみたいだ。
初めて表情に動揺の色が浮かぶ。
「まさか……」
「そのまさかだよ。六番隊なんて今頃ほぼ全滅している。貴族や生徒達だってとっくに避難済み、今のところ死傷者はゼロだ」
「な、なぜ! なぜそこまで事が運ぶ! ハッタリだろう!」
「バルフォント家がお前ら羽虫の動きを察知していないとでも?」
慌てたエリクが前後を確認して安全を確かめている。
本当にバカだな。こんなことがうまくいくと思っていたんだから。
「最初からわざと侵入させたんだよ。成功してイキってるところからどん底の地獄に叩き落すためにな。そこの学園長達だって知ってるぞ?」
「ハッタリに決まっている!」
「アッハッハッ! バカだよなぁ! ちょっと穴を開けてやれば飛び込んでくるんだからな! 本当に羽虫みたいだ!」
「そ、その割には誰もこない! やっぱりハッタリだ!」
虚勢を張るエリクだけど、すでに現実は見えているだろう。
少しずつ顔色が変わっていく。
「ま、まさか本当に……」
「成功したと思ったか? お前らのそんな顔が見たかったんだよ。六番隊の奴らもさぞかしぬか喜びしただろうな」
「たったそれだけのことで! 面白くもなんともないだろ!」
「オレは面白いよ?」
オレが意地悪く笑うとエリクが下唇を噛んだ。
よっぽど悔しいんだろうな。でもこれが現実なんだ。
そこへ追い打ちをかけるように扉がまた開く。
「アルフィス、きちゃった」
「ミレイ姉ちゃん、遊びに来たみたいなノリで入って来るな。ちゃんとやることはやったんだろうな?」
「やった、やったわよぉ! はいご褒美のチューーーー!」
「おっと」
ミレイ姉ちゃんが高速でキスをかましてきたところでちゃんと回避した。
念のためのサポートに入っていたはずなんだけど、この分だともう仕事は終わったみたいだな。
神聖な学び舎で遠慮なくキスしてきたクソ姉は勢い余って後ろの学園長の足元まで飛んでいく。
ぺちゃりと床に張りついてシクシク泣く姿はバルフォント家の面汚しだろう。
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