第82話 戦いの快楽
私、エスティはガレオ先輩達と一緒に貴族の護衛を任されています。
魔術師団の方々もいらっしゃるので安心かと思いましたが、学園が襲撃されてしまいました。
今は貴族の方々を批難させているところです。
「何がどうなってやがるんだ。おい、一年。お前はオレより半歩下がってろ」
「は、はい。ガレオ先輩……」
「敵は手強い。このオレも片腕を負傷してしまったし、生徒会長のクライドさんも無傷じゃねぇ。悔しいが魔術師団に任せるしかねぇな」
「一体なにが起こったのでしょうか……」
ガレオ先輩が私を守るようにして歩いてくれます。
ドキドキしながら地下通路へ向かうと、途中で赤い頭巾を被った女の子がうずくまっています。
「えーん、えーん……」
こんなところに子どもが?
逃げ遅れた方のお子様でしょうか?
訝しんでいるとクライドさんが近づきます。
「君、そんなところでどうした? 誰か親とはぐれたのか?」
クライドさんが手を伸ばそうとした時、私の頭の中に映像が流れ込みます。
「クライドさん! 離れてくださいッ!」
「……ッ!」
私が叫ぶと同時にクライド会長がすぐに後退、寸前で獣の大口がばくんと閉じました。
クライド会長がいた場所には大きな狼の頭があります。
「ん~~~……なかなか勘がいいのもいたもんだねぇ」
「……まいったね。この僕としたことが、危うくやられるところだったよ」
「ひぇっひぇっひぇ……そこのピンク頭の小娘に感謝することだねぇ」
赤い頭巾を被った女の子と思ってましたが狼でした。
その狼の頭がするすると人の頭に戻って、それは皺だらけの老婆です。
背丈こそ子どもだけど、まるでおばあさんが子どもの服を着ているようです。
「な、なんだこいつ!?」
「グリムリッター六番隊の隊長、黒頭巾のバウル。それにしても最近はこの手が通用しなくなったのかねぇ」
ガレオ先輩が警戒して私の前に出ます。
守っていただいて申し訳ないですが、相手が相手なので仕方ないかもしれません。
「騙し打ちできなくて残念だったな! だが正体がわかったからには容赦しねぇ!」
「どうせあんた達はここで死ぬんだ。正体くらい明かしても問題ないさね」
老獪に笑う老婆に全員が身構えます。
ここで私はアルフィスさんの言葉を思い出します。
――これから学園にオールガン国のグリムリッターが攻めてくる。
何番隊が来るかはわからないが、特に隊長格と遭遇したら護衛なんざ
放り出して逃げろ。
相手が相手だ。オレが誰にも文句を言わせない。
「グリムリッター……隊長……」
私は後ずさりしてアルフィスさんに言われた通りの行動を取ろうとしました。
しかし身を挺して私を守ってくれているガレオ先輩達を見捨てて逃げていいんでしょうか?
私が悩んでいるうちにガレオ先輩達が一斉に攻撃しました。
こちらには魔術師団もいますし、そんなに簡単にやられることは――
「しゃらくさいね」
私の目の前でガレオ先輩達が宙を舞いました。
血を飛び散らせて、その中には魔術師団もいます。
バウルは狼の姿に変化していて、その爪に血が滴っています。
「え? あ、え……?」
「みくびられたもんだねぇ。あたしゃが契約しているのは影狼ガルムだよ。魔王をも食い殺したこともあるかわいい奴さ」
バウルが頭だけ人間の姿に戻してからケケケと笑います。
私は頭の中が真っ白になってしまいました。
目の前にいるのは魔術師団や先輩達を一瞬で倒してしまう化け物です。
クライド先輩、ガレオ先輩、皆さん。
私、どうしたら。
「残ったのが勘のいい小娘かい。まぁ二度目はないさね」
「あ、あなた達はなんでこんなこと、するんですか……」
「さぁ? 上が何を考えているかなんてさっぱりだね。あたしゃ、給料さえもらえればそれでいいのさ」
「給料って……それだけでこんなことするなんて……」
「じゃあ、あんたもとっとと死にな」
私がよろけつつも後ろに下がると、そこにバウルが着地してきました。
私がしゃがむと真上をバウルの爪が通過します。
「おんやぁ? ちょいと手加減しちまったかねぇ?」
「うわっ! ひっ!」
私はたまらず逃げてしまいました。
その時、頭の中に映像が映し出されてそれが一気に刷り込まれます。
バウルの爪が右。
「おんやぁ! まーた外した!?」
バウルの爪が私の脇を通り過ぎました。
二発目、三発目、私は自然と体が動いてしまいます。
バウルの攻撃が【予知】のおかげで手に取るようにわかってしまいました。
「なにさね! この小娘! 逃げ足が速いねぇ!」
バウルの攻撃を回避した後、私の中でまた何かが弾けました。
体が浮くような感覚、激しく高鳴る心臓。
殺されるというのに私は体中がカッと熱くなります。
「左、右、下、下、真ん中……」
「このッ! こんのぉッ!」
常に浮いているような感覚が次第に癖になってきました。
あれはいつだったか、そう。
アルフィス様の戦いを見ていた時も同じ気持ちでした。
常に死の危険が迫っているのに。
なぜかもっとこうしていたい。
胸の内から溢れんばかりの高揚感がたまらず心地いいのです。
「あはっ! もっと……」
「な、なんだい! このガキがッ!」
斬撃の嵐が空を斬り、当たったら死ぬと感じる風が肌をくすぐります。
風が触れるたびに体の芯が震えるかのように気持ちいい。
もっと。もっと。もっと。
「はぁ、はぁ、はぁ……な、なんだ、なんだってんだい……なぜ読まれる……まさか何かと契約してるってのかい……」
「もっと……もっと……もっと……あはっ!」
「気味の悪い娘だね! だったら出し惜しみはなしだよッ!」
バウルが本気を出してくる?
いい、もっと、もっと戦える。
「あれっ……?」
私はふらりと足元がおぼつかなくなりました。
足が、体が動きません。
「おんやぁ? どうやら体力切れかい?」
「ま、まだ……」
「フン、小癪な小娘だったけどこれで終わりだよ。今頃はかわいい部下達がとっくに制圧してる頃さ」
「あ、あぁ……」
指一本動かすことさえできません。
まるで体中の力が抜けていくようです。
そうだ、これはアルフィスさんが言っていたガス欠というものでしょう。
――あまり波動を酷使しすぎるな。体がまったく動かなくなる。
そうです。私の体はもう限界でした。
だとしたらここで死ぬのでしょうか?
それも仕方ありません。
私はレティシアさんやリリーシャさん、ルーシェルさんのように強くない。
アルフィス様の近くにいる資格なんてない。
遠くから眺めているだけで満足しておけばよかった。
「間に合ったか」
私のすぐそばに誰かが立っています。
男の人でしょうか。
その人は私を悠々と抱きかかえてから、倒れている皆さんと同じ位置に下ろします。
顔を見ようと思いましたが、私の意識が完全になくなりました。
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