第78話 世界一緊張感のある授業
大名行列の中には国王の他にリリーシャの父親であるブランムドもいた。
鋭い視線で娘を威嚇するかのように見つめて、リリーシャは思わず目を逸らす。
なんとなくだけど父親はリリーシャの成果をよく思っていなさそうだな。
オレに負けて以降、あまり戦果を挙げられていないんじゃ機嫌だって悪くなる。
そんな殺伐とした雰囲気の中、世界一緊張感のある授業参観が始まった。
国王を含む見学者達はいくつかのグループに分かれて回ることになっている。
そのグループをオレ達がそれぞれ護衛することになっていた。
グループ1はオレとリリーシャ、グループ2はレティシアとルーシェルで分かれたみたいだな。
エスティもまた別グループか。
オレの言いつけを守ってくれたらいいが。
オレのグループにはあのブランムドがいる。
すごい形相でオレ達を睨んでいるけど、まず授業を見ろよ。
せっかく素晴らしい内容なんだからさ。
ほら、授業を受けている生徒達だって背筋を伸ばしてちゃんと聞いてるぞ。
絶対普段はこんなにしっかりと聞いてないけどな。
「であるからにして、魔力の制御というのは魔力の知覚から始まるものであり」
「下らん」
「え?」
ブランムドが授業を遮った。
やっぱりといった様子でリリーシャはキッと父親を睨む。
「魔力の制御は魔力の知覚から始まるだと? その魔力はどこから湧き出ている? 己の体だろう」
「は、はい、確かに……」
「ならばまず知覚すべきは己の肉体だ。血の巡り、心臓の鼓動……肉体への理解が深まってこそ、体内の魔力の巡りを理解できる。こんなことすら教えられんとは笑わせてくれるな」
リリーシャの親父のせいでクッソ雰囲気が悪くなった。
教師も赤っ恥だし、授業を受けている生徒達もなんとも言えないといった感じだ。
いや、実際は正しいんだけどな。
廊下に出たところでブランムドはオレとリリーシャに一瞥した。
「あんな低レベルな授業を受けては大した強さに至れぬのも道理だ」
「お父様、それは言いすぎよ。言ってることは間違ってないし、そもそも今のは一年生の授業だもの。お父様のそれは宮廷魔術師だとかそのレベルの話よ」
「ほう、リリーシャ。異なことを言うものだ。ずいぶんと弱者に日和るようになったものだな」
「そ、そんなことないわ」
相変わらず嫌味な親父だな。
バルフォント家の息子であるオレがいると知っていて、少しでも優位性をアピールしたいんだろう。
こんな世界王にも負けず劣らずの小物だけど、実力は国内でもナンバー2だからな。
今のオレじゃどうやっても勝てない相手だ。
次の授業でもブランムドは口を挟んできた。
魔道具を使う実習だったけど教材が古すぎるだの、そもそも魔道具なんて時代遅れだの言いたい放題だ。
その魔道具は世界王が元締めをしている商会が製作したものだから、余計に苛立っているんだろう。
「フン、なんというレベルの低い学園だ。こんな学園に投資している貴族の気が知れんなぁ」
悪かったな。まぁ知っていて言ってるんだろうが。
他の貴族が一言も喋らなくなったし、めちゃくちゃ空気が悪いんだが。
絶対一緒に飲み会とか行きたくないタイプだよ。
授業参観が進んで昼近くになり、いよいよ午前が終わりに近づく。
ちょうど昼休みに差し掛かった時、廊下の先にあったのは窓が暗くしてある教室だ。
なんだ、あそこは――と考えたがすぐに思い出す。
(おい、あそこってオレのファンクラブが活動してる教室じゃないか?)
思い当たったのはリリーシャも同じみたいだ。
こんな大切な日にクソみたいな活動を見られたらどうなるか。
学園の体裁はどうでもいいがオレのファンクラブってのが問題だ。
ていうか普通に今日だけ活動停止にしておけよ。
気づいてたら手を回していたし、すっかり忘れていたオレも悪い。
「あそこは何だ?」
「闇魔法の授業でも行っているのか?」
そんなわけあってたまるか。
貴族達が興味を示す前に先導していた教師が慌てて別方向へと誘導する。
「つ、次はあちらです」
「待て。あの教室はなんだ?」
「ブランムド様、あそこは未使用の教室でして……」
「どけ」
ブランムドが教師を突き飛ばしてつかつかとファンクラブの教室へと歩く。
そこへリリーシャが立ちはだかった。
「お父様。学園内で勝手な行動はしないで」
「なんだ、リリーシャ。貴様、最近はずいぶんと私に口出しするようになったではないか」
「私はこの学園の生徒であり、生徒会執行部なの。参観者の方は指示にしたがっ……」
パン!と弾ける音と共にリリーシャが吹っ飛ばされて転んでしまった。
ブランムドが極小の破裂を起こしたせいだ。
「大きな口を叩くのは結果を出してからにしろと教えたはずだ。だが現状のお前はそこにいるアルフィスにすら負ける始末、それで私に何をどう言えるというのだ」
「アルフィスにすら? 彼は強いわ……お父様は何も知らないだけ」
「男に負けて本当に日和ったか! それともバルフォントの愚息などに惚れたかッ!」
「そ、そんなのじゃない!」
見ていられないな。
オレはリリーシャの手を取って起こした。
その様子を見た二番手、じゃなくてブランムドがピクピクと眉の端を動かす。
「これ以上、授業参観を妨害するな。あんたのことだから、どうせストレス解消目的で来たんだろ?」
「バルフォントの愚息が、父親の威を借りてずいぶんとでかい口を叩く。国だけでは飽き足らず、リリーシャをたらしこんでパーシファム家すら乗っ取るつもりか?」
「やっぱりストレス解消したかったんだな。大切な娘をバルフォントなんかに取られそうになってるんだからな」
「貴様ッ……!」
ブランムドの額に血管が浮き出て犬歯が丸見えだ。
つまり切れている。
オレを殺したくてしょうがないだろうが、ここでぶち切れて問題を起こせばそれこそパーシファム家存続の危機だ。
なんだかんだで世界王の威光は大きい。
父親の威を借りているようでやや悔しいけどな。
「ア、アルフィス、今の言葉って……」
リリーシャが何か言いかけた時、校舎の外から轟音が聞こえた。
間もなく悲鳴が響き渡って、ここも騒然となる。
「なんだ!? 授業の一環……とは思えんが!」
「外から聞こえたぞ!」
貴族達が慌てふためいて、教師がすぐに避難指示を出す。
ついに来たな。
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