第77話 国王、学園見学に訪れる
「エイリアーズが一人、殺害されたのですよ!」
「学生護衛は即刻中止にすべきです!」
「エリクに対してすぐに退学の手続きを!」
職員会議にて学園長は多数の教師から異議を申し立てられていた。
学園長は苦虫を噛み潰したように苦しい表情を浮かべている。
護衛選抜試験にてエイリアーズの一人を殺害したのはエリクだ。
教師達はエリクを危険視しており、魔界三十二柱の存在を王家に報告すべきだと主張している。
そんな中、リンリンだけは冷静に目を閉じて教師達の怒号を耳に入れていた。
「エリクの護衛対象を務めていた私がこの目で確認しました! 契約しているのは不浄王ギュレム! 彼(か)の時代には大陸中を腐らせて死の大地へと変えた魔王です!」
「我々の手に負える相手ではありません!」
「賢明なご決断を!」
教師達は糾弾するが学園長は決断を変えることはない。
いや、できなかった。
なぜなら彼にその権限などないのだから。
「いや、学生護衛は続行する」
「何を呑気なことを!」
「すべての責任は私が取る。君達には何の迷惑もかけない」
「大量の犠牲者が出たとしても、ですか!」
学園長とて内心は冷静ではない。
彼個人の意思が尊重されるのであれば、とっくに中止している。
そんな学園長に対して勘ぐる者がいた。
「……学園長。王家に掛け合った上でのご決断ですか?」
「そうだ。当日の護衛には学生以外に王家専属のロイヤルガードや魔術師団がつく。何の心配もないとのことだ。リンリン先生、あなたは授業を行っていればいい」
リンリンは何も追及しなかった。
それが学園長の意思かどうかが疑わしいものであり、彼女も薄々気づいている。
「すべてに変更はない。では会議を終わろう」
「学園長ッ!」
席を立って会議室を出ていく学園長の背中に教師達はいつまでも抗議の怒号を浴びせた。
リンリンだけはこんな時だと言うのになぜかアルフィスの顔を思い浮かべる。
(まさか、な)
すぐに下らない妄想だと恥じてリンリンもまた席を立った。
* * *
「ガッハッハッハッ! アルフィス! やっぱり合格したか!」
護衛当日、ガレオがバカでかい声で話しかけてきた。
どうやらこの先輩も合格したみたいだな。
合格は狭き門だったようで、ガレオや生徒会を含めて合格者は10人もいない。
「リリーシャも余裕だったみたいだな」
「当然じゃない。それより護衛対象が口うるさいのなんの……危うく戦いになりかけたわ」
「少し前のお前なら戦いに突入していたかもな。偉いぞ」
「え、えっらいだなんてホント何を言ってるのよ! そうやって油断させてライバルを蹴落とすつもりね!」
試験は終わったのに何の蹴落としだよ。
今からオレ達は学園見学にやってくる王族や貴族の護衛をしなきゃいけないんだぞ。
そう、もうすぐやってくるのはそういう奴らだ。
「アルフィス! 緊張する必要はねぇぞ! なーに! いつも通りでいい! いいか! 平常心だ! 気を確かに持て! 落ち着けよ! な!」
「いや、ガレオ先輩が落ち着けよ。足が震えてるぞ」
ガハハキャラのくせに意外と肝っ玉が小さいな。
大体目の前に王女様やら二大貴族のお嬢様がいるのになんで今更緊張するんだよ。
お前がタメ口で話しかけているのは一応バルフォント家の末っ子だぞ。
「へん! 王族だの貴族だの、なーんでボク達が護衛しなくちゃいけないんだか……」
「そういうお前も試験は楽勝だったみたいだな」
「そうなんですよ! 褒めてくださいっ!」
「よしよし」
ルーシェルはとりあえず頭さえ撫でてやれば落ち着く。
うるさい犬の躾をしているようで実に単純だ。
そのルーシェルの隣にちゃっかりいるのがエスティだった。
「エスティ、よく合格できたな」
「ま、まぁー! その、ずっと逃げ回っていただけなんで……」
オレは多くを語らなかった。
こいつの【予知】をもってすれば当然の結果だが、それより驚くのが波動の力の持続力だ。
オレも波動習得初期の頃は少しでも維持すればすぐに倒れた。
エンペラーワーム戦の時みたいな無茶をしても同じだ。
それをこのエスティはつらっとしてやがるな。
モブキャラのくせに実はとんでもない奴なんじゃないか?
とは思うけど、ここは忠告しなきゃいけない。
「エスティ。今からオレが言うことを聞け」
「わひゃ! ち、ちちち、ちか、ちかひ……」
オレはエスティの耳元で忠告を囁いた。
途端、エスティが現実を受け入れられずにきょとんとする。
「ほ、ほんと……もがっ!」
「大声を出すな。これから起こることはすべて本当だ。だから……」
オレが再度告げるとエスティは途端に青ざめる。
少し刺激が強すぎたとは思うが、そうでもしないと死ぬのはこいつだ。
オレはできればこいつに死んでほしくない。
モブでここまで波動を使いこなすなんて、どう考えてもワクワクしかしないだろ。
いつかオレと戦ってもらうためにも、今日を糧にしてほしい。
「そんな……」
「オレの言う通りにしていれば絶対に大丈夫だ。いいな」
エスティが胸に両手を当てて硬直してしまった。
だいぶ心配だけど、ここをなんとかできないようじゃそれまでという考え方もできる。
まぁ念のためというか保険はかけてあるけどな。
「では諸君、事前に説明した通りだ。間もなく陛下がいらっしゃる」
学園長の発声でこの場が一瞬で静まる。
セイルランド王国の国王なんて、貴族でもなかなかお目にかかれない相手だ。
その国王が乗っている馬車を筆頭として、何台もやってくる。
大名行列のように長く、周囲をロイヤルガードと魔術師団が護衛していた。
国王の他には各界隈を牛耳っている高名な貴族達が後ろに続いている。
ダミー用の馬車も何台かあるだろうが、なかなか圧巻の光景だ。
国王が馬車から降りてきて、遠くの学園の建物の窓には生徒達が張り付いていた。
授業中のはずだがそれだけ興奮しているんだろう。
こんな機会でもなければまずお目にかかれない奴らが大半だからな。
「陛下、お降りください」
「うむ」
ロイヤルガードが馬車のドアを開けると国王と王妃が降りてくる。
その姿に窓から見ている生徒達は大騒ぎをしているのがわかった。
「陛下! 本日はご多忙の中、当学園にお越しいただいて感嘆極まります!」
「今日はよろしく頼むぞ」
「はっ! 当学園が我が国の未来を担う人材育成の場としていかに相応しいか、ご覧いただきたく存じます!」
「うむ……」
学園長と握手を交わす。
レティシアは父親である国王が目の前にいても動じず、一生徒として溶け込んでいた。
そんなレティシアに対して国王がちらりと一瞥する。
「お父様……」
レティシアはふいっと目を逸らした。
今日はあくまで護衛としてここにいる。
そんな思いが感じ取れた。
オレ目線で言えば、そんな偉大な国王の後ろに見えるのはレオルグだ。
そのレオルグが糸を垂らして繋がっているのが国王であり、なんとも苦笑してしまう。
あの窓に張り付いている生徒達にはさぞかし素晴らしい存在に見えるんだけどな。
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