第76話 新たな派閥が立ち上がってしまった

「レティシア……いや、レティシアの姉御! アタシ、かんどーしたよっ!」

「え?」


 褐色の少女シェムナと他二人がレティシアに頭を下げた。

 シェムナ派って確か過激で有名じゃなかったか?

 片っ端から決闘を仕掛けていたと聞いたんだが、こんな謙虚な奴だったか?


「レティシアの姉御は体一つでアタシらを守ってくれた。あの魔人ムーハに立ち向かう後ろ姿を見て、目が覚めたよ」

「は、はぁ……」

「自分よりも強いかもしれない相手に立ち向かい、弱い奴らを助ける。それこそがアタシが理想とする姿だってね」

「いえ、シェムナさんもご立派ですよ。私こそ見習いたいです」

「とんでもない! アタシは力ばっかり振るって大切なことを忘れてた。それに実はシェムナ派なんていうが残ってるのはロルとハンナだけなんだ」


 レティシアとシェムナの謙遜合戦が始まった。

 そして語り出すシェムナ、聞くところによると悪魔と契約してからは劇的に勝率が上がったようだ。

 だけど勝負を優先するあまり、今までシェムナ派だった奴らが見限ってしまう。


 それでもシェムナは力こそがすべてと言わんばかりに戦った。

 舐められないように、今まで辛酸を舐めさせらた分の仕返しとばかりに。

 魔力不全で思うような結果を出せなかった時の鬱憤をはらすように。


「シェムナさん……そうだったのですね」

「レティシアの姉御はアタシらを守った。だから堂々としてくれ。というか今からアタシはレティシアの姉御の下につく」

「え? えぇえぇーーー!?」

「今からアタシらはレティシア派だ! ロル! ハンナ! アタシについてくるって決めたなら文句はないな!」

「ちょっとぉーー!」


 二人が元気よく返事をした。

 よかったな、レティシア。人を守り、上に立つ者としての第一歩だ。

 やっぱりお前はオレが見込んだ主人公だよ。


「ア、アルフィスさん! どうしましょう! こんなの聞いてません!」

「人に慕われるってのはすごいことなんだぞ。それにそいつらだって国民の一人だ」

「そう、ですけど……なんか違うような……」


 レティシアは納得がいかなかろうがこれが現実だ。

 あわあわするレティシアをオレがなだめていると、シェムナ達がぽけーっと見つめてくる。


「レティシアの姉御、そちらは確かアルフィス様だよな? まさか彼氏か?」

「か、彼氏……?」

「ルックスも申し分ないし姉御にピッタリだ! はっ! ということはアタシらはアルフィス様の下についたわけでもあるのか……」

「あの、落ち着いてください」


 本当に落ち着け。

 経験上、どうせ止めても加速するだろうから止めないけどさ。

 すでにファンクラブという悪例があるからな。


「よし! アルフィス派の傘下であるレティシア派のアタシらはアルフィス派でもある! アルフィス様、ちゃーっす!」

「ちゃーっすじゃないんだわ。どうでもいいけどオレに迷惑だけはかけるなよ」

「うすっ!」


 なんか流れでレディースみたいなのがアルフィス派になったぞ。

 そんな派閥は一切存在しないんだが、まぁファンクラブみたいなもんだろう。


「アルフィス様が彼氏だなんて……」

「レティシア、まだ試験は終わってない。油断するなよ」

「は、はいっ!」


 そう、試験終了まで気がつけばあと一時間を切っている。

 ここで油断して落ちる奴は多いだろう。

 というか多くのエイリアーズは終了直前の油断した瞬間を狙ってくるはずだ。

 オレがエイリアーズならそうする。


 などと考えていたらククリス達がまとまってやってきた。

 あいつが恋愛脳を炸裂させそうな場面だったが、そこはさすがプロか。


「アルフィスさん。それにレティシアさん。あなた達は合格とします」

「は? ククリス、いいのか?」

「こんなアクシデントに巻き込んでしまった上に解決していただいたんです。これ以上、私達が何を試すというのでしょう。これは我々の総意です」

「うーん……。悪いが合格はレティシアだけにしてやってくれないか? オレは最後まで護衛の経験を積みたいんだ」


 オレがそう言うとククリスが意外そうな顔をした。

 元々オレは合否よりも経験がほしい。たとえ不合格でもな。


「いいんですか? それで失敗すれば不合格としますが……」

「問題ない。ククリス、付き合ってくれるか?」

「つ、付き合うってアルフィスさん! 私とあなたは一応教師と教え子の関係なんですよ! まぁ禁断の恋も嫌いではありませんが!」

「いいから話を進めようか」


 なんだかんだの押し問答の末、オレは試験を最後までやり抜くことにした。

 シェムナ派、というよりシェムナに関しては色々と聞きたいことがあるからひとまず後で拘束する予定だ。

 ムトーと同じく処分すべきかどうか、後で検討することになるだろうな。


 レティシアは合格に甘んじて学園の校舎のほうへと戻った。

 魔人ムーハ戦はさすがに負担だっただろうからな。


 この後はなんのことはなく、オレの予想通りエイリアーズが終了直前に狙ってくる。

 ギリギリ一秒前とかマジで嫌らしいな。

 これによる不合格者は相当多そうだ。


                * * *


「ぐ、ぐはっ……つ、つよ、すぎる……」

「おやおや、その程度かい? ガッカリさせないでくれよ」


 エリクは血まみれで倒れるエイリアーズ達の前でほくそ笑む。

 傍らに立つのは黒マントを翻した男だ。

 男は表情を変えることなく、この惨状を無感情で眺めていた。


「まぁ一撃縛りじゃこんなものかな?」

「う、うぅ……」

「学園専属の捕獲部隊というからにはもう少しだけ楽しめると思ったんだけどな。まぁでも仕事で疲れていたみたいだし、こんなものかな?」

「こんなことが、許されると思うな……」


 エリクがエイリアーズの一人の頭を踏む。

 その頭がみるみるうちに腐敗していって、最後にはぶちゅりとエリクに潰されてしまった。

 その様子を見たエリク派の幹部であるイオースが頭をふるふると振る。


「エリク様、そんなものを踏んでは靴が汚れるでしょう」

「ん? あぁ……確かに臭いね」


 エリクが困っているともう一人の幹部であるウォルタミネが小さな水の渦を発生させた。

 エリクの靴が水の渦で洗浄されて新品同様となる。


「相変わらず便利だね。君のそれはもうどんな水の使い手よりも上じゃないかな?」

「オホホホ! エリク様ったらお上手ねぇ! そんな本当のことを! オホーッホッホッ!」


 ウォルタミネが高らかに笑うとイオースが地面に滴る水を凍らせた。

 氷となった地面に足をつけたウォルタミネがうっかりと足を滑らせてしまう。


「いやぁん! なにするのよぉ!」

「エリク様の前で下品な笑いは慎め」

「あらぁー! 人のことを言えるほどあなたはお上品なのかしら!? あなただっておトイレで音を立てておブリブリするでしょ!」

「それとこれとは別だ。本当に下品な女だ……とても子爵家の娘とは思えん」


 そんな二人のやり取りを前にして、エリク達の護衛対象達が震えている。

 試験開始前までは格下と思っていた学生相手だ。

 少しは現実を思い知らせてやればいいとエイリアーズに願っていたものの、今では命の危機さえ感じていた。

 そんな護衛対象達の様子をあざ笑うかのようにエリクがくすりと笑う。


「ねぇ、これ以上続ける意味ある? 僕は無駄なことは嫌いなんだ。特に退屈でつまらないことはね」

「そ、それは一応決まりだから……」

「この状況を見てくだらないルールを守り通せると思う?」

「あ、い、い、いや、それは、どうだろう……」


 ガタガタと震えた護衛対象達の前にエリク達の契約悪魔が姿を現す。

 黒マントの男、全身が毛で覆われた異形の怪物、傘を被って簔を羽織る奇怪な老人。

 どれも護衛対象の認知からは大きく外れた悪魔であり、思考が臨界点を迎えてしまう。


「……全員、合格でいい」


 護衛対象達は観念した。

 これはアルフィスやレティシアが合格をもらう数時間前の出来事である。

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