第75話 レティシアが反則技に目覚めた
「あれはレティシアか?」
遠目に見えたのはレティシア、そして護衛達。
倒れている褐色の少女も参加者のようだな。
あいつもムトーと同じくゲームに出ていなかった奴だ。
当然、他の二人も知らない。
レティシアと並んで立つのは図書室の管理人にして音の魔術師シウリだ。
レティシアの護衛対象のはずだが、今は目の前にいる悪魔と対峙している。
「あれは魔人ムーハ……魔界三十二柱の一角です。あの褐色の少女……シェムナさんと契約をしていた悪魔です」
「あいつが三強の一人か。だとすると、どういう状況だ?」
「わかりませんがシウリさんがいるとはいえ、あの方々では手に余ります。アルフィスさんも下がってください」
「いや、レティシアに任せよう」
オレの言葉にククリスが眉を動かした。
信じられないのはわかるが、オレの勘が正しければレティシアだけで問題ない。
いや、むしろあの相手じゃシウリは大した役に立てないだろう。
「なぜです? 相手は魔界三十二柱ですよ?」
「シウリの音の魔法は強力だが、ああいうシンプルに肉体が強力な相手にはなかなか決定打を与えられない。反面、レティシアがあの技を習得していたなら一瞬で決着がつく」
「何を言ってるのですか……。魔界三十二柱の存在は学園から聞かされています。いざという時は動くように指示されているんですよ」
「レティシアが成長する機会だ」
オレがそう言い切るとククリスはメイスを取り出す。
溢れんばかりの魔力が体の表面から漏れ出て、明らかにオレを威嚇してきた。
「アルフィスさん。勝手なことを言わないでください。勝手なことをするなら強硬手段を取らせていただきます」
「やれよ。何なら不合格でもいいぞ。オレと全力で戦ってまで押し通したいんだろ?」
オレもククリスに対抗して魔力を解放した。
あっちの戦いはまったく心配していない。
そうなるとオレは暇を持て余すわけで、ククリスと戦っても悪くないと思ってしまう。
オレとククリスは少しの間、睨み合った。
やがてククリスがメイスを収めて地面にお座りする。
「……やめましょう。我儘な生徒を止めるにしてはあまりにも割に合いません」
「ここで生きるか死ぬかの戦いも悪くなかったけどな」
「何を言いますか。私のほうが強いですよ」
「どうかな」
単純なパラメータだけ見るならククリスのほうが強い。
だけど何が起こるかわからないのが戦いだ。
オレがリンリンと戦った時みたいにな。
「魔人ムーハは何の技も持たない脳筋だが、その分小細工が通用しにくい。さぁレティシア、どうする?」
「お詳しいですね」
魔人ムーハはボスの性能で言えばひたすら物理攻撃しかしない。
ただし状態異常やデバフに高い耐性がある上に、高すぎる攻撃力の前じゃバフをかけても一撃でやられかねないほどだ。
正直に言ってこの段階で出てきていいボスじゃない。
だけどここはゲームじゃない。
レティシアに本当に主人公の資質があるなら必ず窮地をなんとかする。
それにもしレティシアがあの技を身につけていたならワンチャンあるはずだ。
「あ! ムーハが動き出しましたよ! 他の方々もサポートを!」
「いや、余計だ」
シウリ以外の護衛対象も実力者だが、ムーハの前じゃ力不足だ。
現に皮を斬る程度でほとんどダメージを与えられていない。
魔人ムーハがレティシアに向けて殴りかかった。
レティシアは拳の激突寸前まで冷静にムーハを見据えて、そして剣で受け止める。
拳の衝撃がレティシアに向かうことがなく、剣を縦に振り下ろした。
「がはぁぁッ!」
魔人ムーハの腹にこぶし大の跡が出来て遥か後方まで吹っ飛んでいく。
そう、レティシアはあいつの攻撃を跳ね返した。
「えぇぇ!? ど、どーなったんですかぁ!」
「ソードリフレクト。物理攻撃を無効化しつつ、相手に跳ね返す。レティシア、成ったな」
オレは立ち上がってレティシア達の下へ歩いた。
近くに来てみるとレティシアは呼吸を荒げて今にも倒れそうだ。
「はぁ……はぁ……」
「レティシア、よくやったな」
「ア、アルフィス様!? 見てらしたんですか……」
「あぁ、強かったぞ」
オレの顔を見たレティシアは緊張の糸が解けたのか、オレに抱き着いてきた。
「アルフィス様! 私、勝てたんですね! 怖かった! 失敗したらどうしようかと……!」
「お前はそのプレッシャーに打ち勝った。それは間違いなく経験の糧になるよ」
「うぅ、うっ……アルフィス様……」
オレに抱き着いたまま泣くレティシアを見た三強の一人が訝しんでくる。
近くで見るとよくわかるが、こいつ魔力不全か?
ゲームでは設定だけ出てきたものの、該当キャラはいなかったはずだ。
「あんたがアルフィスか。そのレティシアの姉御とはどういう関係だ?」
「ただのクラスメイトだが? ていうか姉御ってなんだ?」
「それは、その……」
その時、地面に強い衝撃が走った。
見ると魔人ムーハが口から血を流して弱りながらも、かなりブチ切れている。
地面を殴った拳をゆっくりと上げて、顔中に血管が浮き出ていた。
「こぉぉぉのぉ……小娘がぁ……! よくも、よくもこの魔人ムーハに! よくもぉぉーーー!」
「タフな奴だな。さすが脳筋代表だ」
「むぅ?」
魔人ムーハがオレに気づいた。
戦ってやってもいいんだが、できれば手負いじゃない万全の状態がよかったな。
これじゃただの消化試合だ。
「小僧。お前、なかなか良質な魔力を持っているな……気に入った。吾輩と契約させてやろう」
「は?」
「吾輩の能力は物理や魔法共に使えば使うほど威力が上がる! この力があればこの世を支配するなど実に容易いことだ! ムハッ! どうだ!」
「はぁ……」
こいつの能力って確か際限なく力が上がっていくから制御できなくなる罠があるんだよな。
最終的には化け物扱いされて討伐されるか自死するかの二択だ。
それでなくてもオレにとってはつまらない能力でしかない。
「断る。今更、魔剣ディスバレイド以下のザコの力なんかいらん」
「なんだと……? 魔剣ディスバレイドだと! ムハハハッ! 魔剣など、非力な人間からすれば上等な物だろうが我らからすれば玩具に等しい!」
「ん? ちょっと待て。お前がそんなこと言うもんだから魔剣の様子が……」
「大した力もない魔剣に支配されて身を滅ぼすのは人間くらいのものだ! 聞けば大帝国を築き上げた人間も最後は魔剣を持ちながら滅んだというではないか! そんなものが玩具でなくて何だというのだ! ムハハハッ!」
待てって言ってんだろ。
だって明らかに魔剣が熱くなってるからな。
これは――
「ムハハハハッ! ムハ?」
「口を閉じろ、三下」
「は?」
キレたヒヨリが出てきてしまっただろ。
こいつ、割と沸点が低いんだから気をつけろ。
特にこういう低俗な奴は大嫌いなんだよ。
だからこいつを見つけた時のオレは慎重だったんだ。
あの時、オレが低俗な動機や素振りを見せたら普通に殺されていた。
「わらわの興味はそなたにない。消えろ」
「むぁぁはぁぁあッ……!」
ヒヨリが片手を振ると魔人ムーハが真っ二つになって闇の中に消えていく。
オレがやる前に処分しやがった。
「ふむ、下らんのが片付いたところで……レティシアといったな」
「は、はい」
「そなたもなかなか見所があるではないか。どうじゃ? アルフィスの正妻とならんか?」
「せ、せいさい、て……」
レティシアが顔を真っ赤にしている。
ついさっきまで緊迫した雰囲気だったのに、一気に脱力させてくれたな。
シウリ他、護衛対象の奴らやシェムナ達は完全に置いてきぼりだった。
で、しゃしゃり出ていたのがククリスだ。
「正妻!? それはいいですねぇ!」
「そうだろう、そうだろう」
「でも意外とリリーシャさんもありだと思うんですよ」
「なくはないが、わらわの中では今一歩といったところだのう」
何を他人を出汁にして恋バナしてやがる。
クソみたいな意気投合しやがって。それより収拾をつけるほうが先なんだよ。
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