第74話 レティシアの背中にあるべきもの

「シェムナさん!」

「レティシア様、ここは任せてください」


 シウリさんが倒れて動かなくなっているシェムナさんに回復魔法をかけています。

 淡く優しい光がシェムナさんを包んで、やがて指先がピクリと動きました。


「シェムナ姐さん! め、め、目が覚めたっすか!」

「マジでよかったしー!」


 二人が泣きながらシェムナさんの手を握っています。

 まだ熱が残っていて熱いでしょうが、それを気にする様子はありません。


「シェムナさん。まだ動かないでください」

「あ、あんたがアタシを……」

「治療は専門外なので、私にできるのはここまでです。後は道具で簡単な応急処置をするので安静にしてください」

「……アタシは負けたのか」


 シェムナさんが寝ながら空を見つめて呟きます。

 そして一筋の涙を流しました。


「クソッ……これじゃ見限られるわけだ……」

「シェムナ姐さん、私らがついてるっす。姐さん、かっこよかったっす」

「そうだし! それにシェムナ姐さんがいなかったらうちら、腐ったままだったし!」


 あの二人を初めとして、シェムナ派の方々はシェムナさんをよく慕っているように見えます。

 私が学ぶべきものがそこにあるような気がしました。

 シェムナさんの下でしゃがみ、私は頭を下げます。


「シェムナさん。あなたの言う通りです。今の私にそちらのお二人から慕われるような器はありません」

「ハッ、なんだよ。勝者の余裕ってやつか?」

「力だけの強さなら訓練次第で身につけられます。しかし人望はどうでしょう? 他人を認めて尊重して、互いの絆がなければ得られません」

「何が言いたいんだよ……」


 私はシェムナさんの手を握りました。


「あなたの強さを理解しました。そちらのお二人を初めとして、たくさんの方々を救ったのでしょう」

「ハッ……何を大袈裟な……」

「お二人をよく見てください。あなたがいなければ、お二人もここにいないはずです」

「ロル、ハンナ……」


 ロルとハンナと呼ばれた二人がシェムナさんの前で涙ぐんでます。

 一人の人間のためにここまで涙を流せる心を持つ人間を引き寄せる。

 それもまたシェムナさんの求心力と言えるでしょう。


「アタシは舐められないようにずっと肩を張ってきた……。だけど魔力不全のアタシじゃ、他の派閥からこいつらを守ってやることは出来ねー……」

「シェムナさん……」

「自分より弱い奴にしかイキれない奴らが幅を利かせて、アタシは何もできなかった。いじめられていたこいつらを守れるのはアタシだけ……だから力を求めちまった」

「それがあなたと契約をした悪魔ですか?」


 シェムナさんが無言で頷いて、なんとか起き上がろうとします。

 お二人が支えようとしてシェムナさんが腕を動かしました。


「ぎゃッ……!」

「え……」


 シェムナさんの腕がハンナさんに当たって負傷させてしまいました。

 ハンナさんが倒れて口から血を流しています。


「うぅ……痛い、痛いしー……」

「アタシはそこまで強くやってない……なんで……」


 シウリさんとシェムナさん他三人の護衛が駆けつけました。

 四人は顔を見合わせて頷きます。


「シウリ殿、これは……」

「間違いなく悪魔の影響でしょう。シェムナさん、あなたが契約した悪魔の名前はなんですか?」


 シウリさんがシェムナさんに確認した時、煙がモクモクと立ち昇りました。

 そこに現れたのは肌色が緑で太った悪魔です。

 頭にターバンを巻いて上半身を露出させた魔人は楽しそうに笑います。


「ムハッ! なかなか順調に力をつけているではないか! ムハムハッ! 吾輩は嬉しいぞ!」

「あなたは何者ですか!」

「吾輩は魔人ムーハ! 魔界三十二柱の一角よ!」

「魔界三十二柱……!」


 魔人ムーハと名乗った悪魔は宙に浮いたままあぐらをかいています。

 魔界三十二柱。歴史を学ぶ上で彼らの名前を知る機会は多くありました。

 歴史上、何かを成し得た人物の影には常にその存在があったと言われています。


「あ、あんた、アタシと契約したんだからおとなしく……していろ……」

「ムハッ! だから望み通り、力をくれてやっただろう? 体を動かすほど力が増す能力をな!」

「は……? 技と魔法を使えば威力が上がるって能力だろ!?」

「ムハハッ! 間違いではないな! ただしその効果は永続的! お前の力はもはやお前の制御できるところではない! ムハッ!」


 シェムナさんが愕然としています。

 つまりシェムナさんはちょっとした動作でも力を制御できず、触れる者を傷つけてしまいます。

 そのせいでロルさんとハンナさんは大好きなシェムナさんに触れて心配することもできません。

 シウリさんを含めた護衛対象が魔人ムーハの前で臨戦態勢です。


「魔人ムーハ! 古代の魔球大会の覇者ダウマンと契約していたと噂される……!」

「ダウマンは膨大な力を得た代償として誰とも関われず、最後は山の中で自死したと本で読んだことがあります」

「まさかこの目で悪魔をお目にかかるとはな!」

「放置などしておけん! シウリ殿、我々で討伐するしかありません! レティシア様はこのことを学園にお伝えください!」


 護衛対象の方々は一流の冒険者です。

 お任せしていれば問題ありません。


「シェムナさん、ここはあの方々に任せて……」


 私がシェムナさんに振り向いたところで、私の脇を護衛対象の冒険者が飛んでいきました。

 見ると一撃で冒険者の方がやられてしまったようです。


「大丈夫ですか!?」

「う、うっ……に、逃げろ……あいつはやばい……」


 魔人ムーハが緑色の筋肉を膨らませて拳を鳴らしています。


「ムハハッ! なんというヘナチョコよ! 人間というのはこうまで脆いものなのか! ムハッ!」

「……オリジナルヘルツ・デビル」

「んぐっ! むうはぁーーー! な、なんだこの、不快な音はッ!?」


 シウリさんが両手で見えない竪琴で奏でるかのような仕草をすると、魔人ムーハが苦悶の表情を浮かべます。

 目や鼻から血を噴き出して、動けずにいる魔人ムーハにもう一人の冒険者が斬りかかりました。


「ぬぐっ!」

「チッ! 硬いな!」


 剣の達人である冒険者の刃ですら薄皮一枚ほどしか斬れていません。


「小癪なぁッ! 吾輩は、なにを聞かされているであるかぁ!」

「オリジナルヘルツは特定の種族にしか聞こえない周波数の音を放ちます。あなたのような悪魔にこの音は効果絶大でしょう」

「うぐぐぐぐ!」


 音の魔法を操る魔術師シウリの本領発揮です。

 あの方がその気になれば、全種族に対して有効なダメージを与えられるでしょう。

 しかしあれだけで決定打にはならない気がします。

 その証拠に魔人ムーハはまだ動けるようです。


「おのれぇ……! この魔人ムーハを侮るな! はぁぁぁぁっ……!」


 魔人ムーハの筋肉が更に肥大化します。

 これに対してシウリさんが更に本気を出す構えですが、私も隣に並び立ちました。


「レティシア様?」

「私も共に戦います。あの悪魔はそれほどの相手です」

「しかし……!」

「私は王族です。あなた達の希望として役目を果たさせてください」


 私が言い切るとシウリさんは何も言いません。

 私が魔人ムーハの前に立って構えます。


「ムハァァーーー! この魔人ムーハに小娘が挑むなどぉぉ……! 身の程を思い知らせてくれるわッ!」


 魔人ムーハが私達を睨みつけて更に筋肉を膨張させます。

 私が人々を導くということはその命を守るということ。

 ならば誰が先頭に立たなければいけないのか?


「私はセイルランド王国の王女レティシア。あなたのような悪魔から国を守るために生まれてきました」


 この状況を凌げるとしたらあの技しかありません。

 アルフィス様、私は今ここで訓練の成果を出し切ります!

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