第73話 レティシアの本気

「オラオラオラオラァーーーー! 防戦一方じゃねーかー!」


 戦いが始まって数分、シェムナさんはおそろしく強いです。

 攻撃方法は魔力で身体強化した上に格闘によって様々な魔法を放ちます。

 拳を突き出せば拳の形をした炎が放たれて、その威力はリリーシャさんの火球と比べても遜色ありません。


「そぉらっ!」

「うっ……」


 回し蹴りを放てば蹴りの威力に加えて炎が扇状に放たれます。

 衝撃と熱により、ディフレクトで防御しても体に大きく負担がかかりました。

 腕が痺れて少しずつ後退せざるを得ません。


「さすがシェムナ姐さんっす!」

「よゆーじゃん! シェムナ姐さん、やっちまえー!」


 シェムナさんと共にいたお二人がはしゃいでいます。

 シェムナ派はこの二人だけなのでしょうか?


「思いの外、大したことないな! こんなのが王族だなんて笑っちゃうよ!」

「……ディフレクト」

「またそれかい。他に何かないのかよ」

「私の役目は護衛を守り切ることです」


 そう、私にはこのシェムナさんと戦う理由がありません。

 私にできることはシェムナさんのすべてを受け止めた上で守り切ることです。

 いくらシェムナさんでも魔力が尽きれば戦える手段は限られてくるはず。


「おい、まさかアタシの魔力が尽きるまで待ってるんじゃねーだろうな?」

「え……」

「だったら教えておいてやるよ。これがアタシの魔力だ」


 シェムナさんが魔力を解放すると熱風が辺りに放たれました。

 その魔力は宮廷魔術師以上で、あのリリーシャさんを上回っているかもしれません。

 シェムナさんの肌から立ち上る魔力は、まるで人のすべてを奪う火災の炎と同質のように思えます。


「驚いたかい? これが今のアタシの魔力さ!」

「凄まじいですね……それほどの魔力をお持ちなら、何でも成せるのでは?」

「だから手始めにアンタをボコってやるってのさ。アタシは恵まれた魔力と環境であぐらをかいてきたあんたが気に入らない」

「……リリーシャさんと似たようなことを言いますね」


 このシェムナさんからもリリーシャさんと同様のものを感じます。

 しかし違うのはシェムナさんの魔力です。

 その魔力の質はどこか作りものめいたものであり、リリーシャさんよりも憎しみが色濃く出ています。

 

 魔力とはその人間の本質を表します。

 優しい人ならば優しく感じて、乱暴者ならば荒々しく感じます。

 シェムナさんの魔力はすべてを破壊しつくさんばかりに憎しみに溢れています。


 しかし時として魔力に蝕まれることもあります。

 それが借り物の魔力であれば尚更です。


「アタシは魔力不全と蔑まれて生きてきた。落ちこぼれ扱いで家じゃ人間扱いされねー」

「あなた、もしかして貴族の……」


 魔力の有無に拘るのは基本的に貴族のみです。

 平民の方々であればそんなものに拘らず、日常生活に支障はないからです。

 ところが貴族の中には魔力が低い子どもが生まれた場合、家から追い出してしまう者がいると聞きました。


「シェムナ・インバーナム。昔、一回だけ会ったことがあるんだけどな。どーせ覚えてないだろ」

「インバーナム……。トルカーナ地方の伯爵家、ですよね?」

「社交辞令であんたと一度握手をしただけだから無理もないよな」


 いつかのパーティで握手を交わした記憶がかすかに蘇りました。

 寂しそうな表情を浮かべた彼女に私はリリーシャさんを怒らせたあの言葉を言ったはずです。

 あなた達を導く、と。 


「学園を卒業したら二度と家に戻って来るな、だとよ。家のメンツとして一応面倒は見てやったという体裁を取り繕ってんだろうけど必死だよな」

「確かあなたにはご兄弟が……」

「兄貴達がいるからどーでもいいんだろ。で、お姫様。こうやって会うまですっかり忘れていたんだろ?」

「そ、それは……」


 シェムナさんが再び構えを取ります。

 魔力が燃え上がって、いよいよ本気を出してきそうです。


「あんたは他のすべてを潰した後に最後の楽しみにとっておくつもりだったんだよ」

「シェムナさん……」

「跡取りには兄貴達、男がいればいい。女でしかも魔力不全とくればそりゃ用済みだろうよ。でもな……今は満足してるんだ」

「シェムナさん! あなた、その魔力は……」


 私に向けて無数の炎の拳が放たれました。

 ディフレクトでも防ぎきれずに体が耐えきれず、後方へと飛ばされてしまいます。


「くっ……!」

「すげぇだろ? 魔界なんとかっていう奴がアタシについてるんだ。能力は攻撃するほど技や魔法の威力が上がる、だったかな? ムトーのそれと違うのは、こっちは永続的に効果が続くんだよなー」

「サモンマスター……! それはあなたにとってよくないものです!」

「うるせぇッ!」


 シェムナさんの拳が私のディフレクトを貫きました。

 全身が熱く焼けつつあって今にも気を失いそうです。


 シェムナさんの言う通り、段々と威力が上がっています。

 さすがに次は耐えられないかもしれません。


「レティシアさん、これ以上は危険です」

「シウリさん……」

「そちらのシェムナさんも、これ以上続けるようであれば失格とします」


 護衛対象であるシウリさんに私は守られようとしています。

 導くどころか、導かれようとしてます。

 ダメ、いけない。私はシウリさんの前に出ました。


「いいんです。シウリさん、あのシェムナさんは私が止めます」

「しかしあれは間違いなく召喚憑きです。それも並大抵の悪魔ではありません」

「だからこそ私が向き合います」


 私はシェムナさんを見据えました。

 シェムナさんの背後にいるそれは薄ら笑いを浮かべています。


 シェムナさんも私も滅んでしまえばいい。そう笑っています。

 あんなものに弄ばれて命を散らすことなどあってはなりません。

 ですが志だけではシェムナさんと悪魔を止められるはずもなく、私は考えました。


――レティシア、お前は守りもいいが攻めることも考えないとな。なぁアルフィス?


――そうだな。完全に攻めに特化した戦いよりも、相手の攻撃を利用したほうがいいかもな。


 アルフィスさんとリンリン先生の言葉を思い出しました。

 あれから私はその言葉の意味を考えて、自分なりの答えを出せたはず。


「シェムナさん。次の一撃で終わりにしましょう」

「はぁ? 次の一撃で終わるのはアンタだよッ! 最高威力! 出力マックスだぁーーーー!」


 シェムナさんの拳から特大の炎が放たれます。

 拳の形をしたそれが直撃すれば私は命すら危ういかもしれません。

 ですが――


「スペルカウンター」


 拳の炎が私の剣に直撃してから縦に振り下ろしました。

 拳の炎が流れるように方向転換してシェムナさんの真正面に放たれます。


「は……! うわぁあぁーーーーーーー!」


 まさに面食らったシェムナさんはもろに受けてしまい、炎に吹っ飛ばされて巻き込まれました。

 地面ごと巻き込む爆発で思った以上の威力です。

 シェムナさんは起き上がれずに意識を失い、指先すら動かさなくなりました。

 まずいです。だから極力やりたくなかったというのに――

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