第72話 レティシア、立つ
「ほうほう、アルフィスや。今のはまぁまぁじゃったぞ」
ヒヨリが満足そうにオレにもたれかかってくる。
こんな様子を見たものだから、ククリスがなんかキュンってなってるぞ。
いや、顔を見ればわかる。あれはどう見てもときめいている。
「まぁ……アルフィスさん。意外なお相手ですのね。でも少しお若いのでは?」
「そういうのじゃない。こいつは魔剣ディスバレイドだ」
「恋の相手が人間でなければいけない決まりはありません。応援しますよ。ただし幼い相手なので手を出すのはもう少し待ってくださいね」
「誰かこいつと会話をする方法を教えてくれ」
こいつには魔剣ディスバレイドという単語が聞こえないのか?
オレが本気でヒヨリに恋なんかするわけないだろ。
まったく――
「うみゅ」
「ゲッ!」
カバンから出てきたレベル20を慌てて引っ込めた。
だがすでに遅し、がっついてきたククリスがカバンを強引にこじ開けようとする。
「アルフィスさん! 今のは!? 今のは!」
「気のせいだバカ。やめろバカ」
「うみゅーーー!」
にゅるりとレベル20が出てきてしまった。
ククリスがふるふると震えてレベル20相手に涎を垂らしている。
「アルフィスさん……昨今において異種族間恋愛は珍しくありませんが、これは新境地ですねぇ。抱きしめていいですか?」
「いいけど死んでも知らんぞ」
「大丈夫! はぎゅううぅーーー!」
ククリスがレベル20を思いっきり抱きしめた。
スライムらしくぶにゅりと変形した後、するりと抜けてしまう。
「うみゅううぅ~~~……」
「そんなぁ!」
「ほら、怒ってるぞ。結構強いからその辺にしておけ」
レベル20が嫌がってるのにククリスは諦めきれないみたいだ。
未練がましくレベル20に取り入ろうと頭を撫でようとしては避けられている。
そのまま溶かし殺しても構わないんだが、オレの不合格が確定するから後にしてもらおう。
* * *
「チッ……なんて堅実な守りだな」
「防衛成功です。お引き取りください」
私、レティシアの護衛を狙ったエイリアーズの方が引き下がりました。
試験開始から三時間、一瞬たりとも気が抜けません。
今のエイリアーズの方は飛び道具で狙いを定めたようですが、あれならルーシェルさんの矢のほうが正確です。
アルフィス様達との訓練の成果が出ているようです。
ディフレクトによる守りも堅牢となり、あのエイリアーズの方から護衛を守り切れました。
「さすがです、レティシア姫」
「姫はお止めください、シウリさん。今の私はセイルランド学園の生徒に過ぎません」
護衛対象であるシウリさんは学園の図書室の管理人です。
メガネをかけた真面目そうな女性で、線が細いので見た目からはその強さが想像できません。
しかし彼女は音を操る魔法で、かつては魔術師として活躍されていたそうです。
「いえいえ、この学園は身分平等を掲げておりますが高貴なお方には敬意を払うべきと考えております」
「私は王族として生まれましたが驕るつもりはありません。私は私であり、日々努力を積み重ねています」
「身分とは血筋だけではありません。代々受け継がれてきた功績が込められたものであり、それが私達平民をけん引してきたのは事実ですから……」
「……私はまだ何も成していません」
今の私に何ができるのか。
アルフィス様と違って私はあまりに未熟であり、まだ誰も導けておりません。
リリーシャさんと会った時に手厳しいことを言われましたが、まさにその通りです。
「申し訳ありません。出過ぎた発言でした」
「いえ、気になさらないでください。シウリさんの仰る通り、身分相応の力を身につけなければいけないと身が引き締まる思いです」
リリーシャさんがあれほど怒っていた理由がよくわかります。
シウリさんのような方々にとって王族や貴族は国の象徴であり希望なのです。
少々のことでへこたれている場合ではありません。
まずはなんとしてでもこの試験に合格して一歩を踏み出す必要があります。
「あれぇ? もしかしてレティシア姫じゃん?」
「シェムナ姐さん! 間違いないっすよ!」
「信じらんない!」
やってきたのは三人の女生徒です。
褐色肌の女生徒と、彼女に付き従おうかのような二人。
きちんと護衛も三人いらっしゃるので、同じ参加者として生き残ったのでしょう。
「あなた達は?」
「アタシはシェムナ。シェムナ派って聞いたことあるだろ?」
「あぁ、学園三強と呼ばれている……」
「そっ。まさかこんなところでレティシア姫に会えるなんてね」
三強勢力の一つ、シェムナ派。
唯一女性のみで構成された派閥で、様々な生徒に決闘を挑んでいると聞きます。
学園内の派閥の半分近くは彼女達によって制圧されたというのだから、その実力は並ではないでしょう。
「あなたの噂は聞いています。かなりの腕をお持ちだとか……」
「まぁね。軟弱な奴は見ていてイライラするしさ。アタシはそういう奴を叩きつぶさないと気が済まないんだよね」
「……なぜその必要が?」
「なぜって結局もって世の中ってやつは弱肉強食だろ?」
シェムナさんから魔力が立ち上りました。
その魔力の質は荒々しくて触れるものを傷つけてしまう暴力の化身ともいうべきものです。
「シェムナさん、その魔力は……?」
「レティシア姫もさぁ。結局あんたも王族だろ? この国を建てる時にどれだけの命が犠牲になったか考えたことある?」
「……数えきれないと思います」
「そうだよ。国だの王族だの言うけど、そこに住んでた奴をぶっ殺して居場所を奪っただけだ。元はただの蛮族だっつーの」
これはシェムナさんの言う通りかもしれません。
歴史は綺麗で都合のいいことしか知る機会がないので、おそらくそういったこともあったでしょう。
「なぁ、お姫様。へっぴり腰じゃねーならアタシと勝負してくんねー?」
「今は試験中です」
「安心しな。アタシはあんたの護衛に手は出さない」
「合理的ではありませ……」
この瞬間、私は本能で剣を構えました。
頭で考えずにただ危険を察知したのかもしれません。
その直後、シェムナさんの拳による拳圧が私の剣に激突しました。
あまりの威力に体ごとかすかに宙に浮いてしまいました。
私が構え直すとシェムナさんが好戦的な目で私を射竦めます。
「やっぱりグジグジ言い合うのは性に合わねー。アタシはあんたが気に入らないからぶっ飛ばす。もうこれでいいだろ」
シェムナさんの魔力がまるで複数の拳がうねっているかのようです。
それにこの魔力、違和感があります。
なんだか取ってつけたような、そんな雰囲気さえ感じられました。
とにかく不本意ですがここは戦うしかありません。
試験がどうとかではなく、背中を見せて逃げたら何も守れない気がしました。
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