第71話 護衛対象がなかなかひどい
「で、アルフィスさん。三人のうち、どの女性が本命なんですか?」
「仕事中なんで話しかけないでくれ」
試験開始からずっとククリスがクソみたいな質問を繰り返してくる。
オレがいつも三人の女子生徒と訓練していることも知ってるみたいだ。
それもそのはず、このククリスは一度気になった人間の恋愛事情は必ずチェックしている。
つまりオレもどこかの段階でタゲられた。
あの三人と一緒に王都で買い物をしている時か、ヘズラーをぶっ飛ばした時かもしれない。
いずれにしてもオレの合否がかかってる状況で、メロドラマみたいな話を振られても困る。
「なるほど。レティシアさんはお姫様ですし、結婚すれば尽くしてくれそうですね」
「会話って知ってるか?」
「リリーシャさんはあれでいて知らないところで支えてくれるタイプですよ」
「会話って知ってるか?」
こんな胸焼けしそうな奴が護衛対象だけど、オレとしては気が抜けない。
この野外訓練場は一年専用だから大した魔物はいないけど、問題はエイリアーズだ。
普通に戦えばたぶん問題はないが、今は状況が違う。
オレには守るべきものがあって、尚且つあっちは捕獲のプロだ。
あいつらは魔物の捕獲の際にあえて子どもを囮にするなど、えげつない方法を取ることもある。
敵の弱点や隙に関してはオレなんかより熟知している可能性があった。
「もう、つれないですね。ではその辺で休みましょうか」
「場所と時間はオレが決める、お前が狙われるような位置にいたらオレが不合格になるからな」
「あら、もしかして私がわざと不合格を誘うとでも?」
「少なくともその木陰は狙われる。背後の茂みを含めて、こっちの視界が届かない箇所が多すぎなんだよ」
オレがそう告げるとククリスはクスリと笑う。
こいつ、わざと狙われるような位置を指定したな。
「さすがアルフィスさんですわ」
「恋愛のほうが重要とか言っておきながら、しっかりと試してくるのな」
「そりゃ私だってお給料をもらってますもの。いくらアルフィスさんが三股しようとしているからといって、意地悪でこんなことしませんわ」
「耳が腐るからやめろ」
「三股ではなくて堂々と付き合えばいいのですよ。世は一夫多妻を認めない風潮ですが、恋愛の形は自由ですわ。いっそハーレムでも築き上げてみません?」
こいつの恋愛観はおそらく常人には理解されないだろう。
お互いが愛し合っていれば一対多数だろうが容認してしまう。
要するに互いが納得していればいいらしい。
「はぁぁッ!」
「おっと……!」
そんなことはクソどうでもよくて、オレは真正面から突撃してきた男の剣を受けた。
ズシリとした重みを感じて対峙すると、男はフッと笑う。
「俺の剣を真正面から受けられるとはな。傭兵を引退してみるもんだ」
「エイリアーズのバルサー、突砲の異名を持つ元傭兵だったか」
「その若さで俺の名を知っているとはなかなか勤勉だな。さすがはしっかりと学園に通っているお坊ちゃんってところか?」
「名が知れた人物は大体記憶している」
バンダナを巻いた壮年の男は二刀流だ。
バルサー。エイリアーズの中でも上位に位置する実力者だな。
こいつがオレに興味を持ってくれてよかった。
レティシア辺りだと危なかったな。
何せこいつは一見して真面目そうだが、意外な手を使ってくるからだ。
「さぁて、俺はこんな護衛ごっこの試験には興味がなくてね。若い世代のつまみ食いのほうがよほど楽しみだ」
「つまり護衛には興味がないってか?」
「そういうことだ」
バルサーが二刀をクロスしてまた突進してきた。
魔力強化込みのその威力は地面にしっかりと足をつけたオレの体を後退させるほどだ。
二刀を立て続けにオレの魔剣にぶつけてきて止まる気配がない。
「すごい力だな……」
「小僧もその歳でなかなかのもんだ! だが今頃お友達は全員リタイアしてるかもな!」
「どうかな」
オレを小僧と見て、わざと揺さぶりをかけてくる。
こういう抜け目のなさも戦闘のプロとして徹底しているな。
オレがお友達の心配をして戦っている軟弱者とでも思ったか。
「小僧! 少しくらいは痛い思いをするかもな!」
まるでブレーキが壊れた電車のように加速してオレを大木にまで追いつめた。
護衛を守ることだけ考えれば、ダークスフィアでククリスごと覆ってしまえばいい。
だけどそれは悪手だ。
オレが守る相手はあくまで戦闘経験がない貴族だ。
ククリスみたいな猛者ならともかくとして、普通の人間がいきなり暗闇に包まれたら確実にパニックになる。
あらぬ方向へ逃げて最悪の結末になるなんてことも考えられた。
「そぉら! いくぞッ!」
「ブラックホール」
オレはバルサーの左手側、つまりククリスがいる方向にブラックホールを作り出した。
その直後、バルサーの手から離れてククリスに向かっていく片方の剣が吸い込まれていく。
そう、バルサーはオレに攻撃をする振りをしてククリスを狙った。
「おっ!? まさかバレていたのか……」
「お前がオレをククリスのほうへと追い詰めているのはわかっていた」
「がはッ!」
バルサーに蹴りを入れて引き離した。
バルサーが腹をさすりながら、オレを見て悔しそうに笑った。
「いってぇな……。小僧のくせに気づいてやがったか」
「いかにもな猪突猛進な人間を装って、護衛への興味がないことをアピールする。そして戦いの中で隙あらば護衛を狙う。見た目に似合わず器用だな」
「去年はこれでいけたんだけどなぁ。今年の一年はなかなかだな」
「で、どうする?」
バルサーは片方の剣を両手持ちして構えた。
なるほど。根っからの戦い好きってわけだ。
「本当は失敗したら引くのがルールなんだけどな。お前と戦いたくなった」
「いいぞ。相手をしてやる」
エイリアーズの護衛を狙うチャンスはそれぞれ一回ずつだ。
そうでないとどちらかが倒れるまで続けるはめになるからな。
生徒側がエイリアーズに勝ち目がない以上、そうでもしないと試験が成り立たない。
「一刀ッ!」
バルサーが両手持ちした剣で斬りかかる。
速度や威力ともに学生に向けるそれじゃないが、オレは受けて立った。
斬撃だけで岩が真っ二つになるほどの威力で、さすがにオレも踏ん張りを利かせないと立っていられない。
「ふんっ!」
「ぬぅっ! う、受けられただと……」
「結構しびれるぞ。満足したか?」
「……あぁ」
オレ達は互いに了承したかのように決着を認めた。
バルサーの剣を魔剣で受け流した後、下から斜めに斬り上げる。
「いってぇぇ……」
斬られたバルサーが剣を手放して倒れた。
オレはその足でまたククリスのところへ戻って腰を落とす。
「おい……さすがに少しくらいは心配しろよ」
「おっさんならその程度の傷じゃ死なないだろ。どうせ治療薬くらい持ってるんだろ?」
「完敗だよ。末恐ろしい小僧だ。現役を引退してつくづくよかったよ」
「なんでだよ」
「お前みたいなのと戦場で会ったらろくに長生きもできん」
そう言ってバルサーは懐から治療薬を取り出した。
オレはその様子を見ながらふと考える。
自分の限界を理解するってのも一つの強さなんだろうな、と。
だけどオレは自分の限界なんて信じない。
この魔剣を満足させ続けるほど強くなると誓ったんだからな。
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