第70話 護衛選抜試験が始まるようだ
護衛選抜試験の日がやってきた。
場所は第一訓練場で、参加者は各クラスから5人ずつ集まっているからかなりの人数だ。
しかもこれだけじゃなく、各一人に護衛対象がつく。
「えー、静かに! これより護衛選抜試験の説明を始める!」
学園長が壇上に上がると談笑していた生徒達に緊張が走る。
護衛選抜試験、その内容は夕刻まで護衛対象を守るというものだ。
これだけ聞くと単純で簡単そうだが当然妨害がある。
訓練場にいる魔物は当然ながら、学園専属の魔物捕獲部隊が敵の役目を務めている。
彼らが訓練場内に潜んで隙あらばオレ達の護衛対象を狙ってくるから、まったく気が抜けない。
初参加の生徒達の間に不安が広がった。
「学園専属捕獲部隊エイリアーズ。訓練場内にいる魔物の捕獲他、討伐も担う戦闘のスペシャリスト部隊……」
「確か上級の冒険者や傭兵をスカウトして構成された部隊だろ?」
「学生にそんなのを相手させるなよ……」
気持ちはわかるが本番は何が起こるかわからない中で貴族の護衛をしなきゃならない。
言ってしまうと一定のレベル以下の学生はお断りなんだろう。
当然ながらエイリアーズの実力は本物だ。
魔物の討伐だけならまだしも、捕獲となると難易度は跳ね上がる。
魔物の習性や特性を熟知した上で討伐せずに立ち回らなきゃいけない。
つまり熟練の戦闘のプロで構成された精鋭部隊だ。
怠惰を極めた騎士団と違って、こっちはプロ意識を持って仕事をしている連中の集まりだからモチベーションは恐ろしく高い。
「では各生徒につく護衛対象を向かわせる。諸君は今から夕刻まで、その人物を守りきらなければならない」
それぞれの参加者のところにやってきたのは教師他、学園関係者達だ。
護衛対象といっても彼らは全員戦闘の心得がある。
じゃあ護衛の必要がないだろうと思うところだが、そう甘くない。
「彼らが自分の身を守らなければならないことになれば、その時点で失格とする。例えば護衛対象が攻撃を防いだり回避するなど、彼らでなければ死んでいた場面があった場合だ」
「それは厳しすぎる……」
「ちょっとくらいは見逃してくれ……」
参加者の一人が護衛対象の顔を見たところで、そんな情けが一切ないと判断したようだ。
そいつの護衛対象はいかついおっさんで、たぶん学園専属の冒険者か何かだろう。
おっさんがギロリと睨んだところで生徒が萎縮してしまった。
「ではさっそく試験を始めるッ!」
学園長が開始の宣言をしたところで、突然飛び出してきたエイリアーズが参加者達に攻撃を放つ。
矢や魔法などが容赦なく護衛対象に襲いかかる。
「わぁ!」
「いきなりなんだ!?」
オレはダークニードルで迫る魔法を相殺。
レティシアは護衛対象の前で剣を構えて弾き、リリーシャは火球で迎撃。
ルーシェルは矢で撃ち落として、エスティはというと護衛対象を抱えて地面に転がっていた。
全員、なかなかの手際だ。
エスティは予知のおかげだろうが、及第点といったところか。
一方、オレの手際を見たオレの護衛対象がニッコリと笑った。
「さすがですわ、アルフィス様」
「……まぁな」
オレの護衛対象はソアリス教のシスター、ククリスだ。
普段は協会で勤務しているが学園の非常勤講師としても活躍している。
物腰穏やかな印象を受けるが、とんでもない。
よりによって護衛対象がこいつとはな。
できれば他の人間にしてくれないかな。
これならあそこにいるいかついおっさんのほうがマシだ。
「今、護衛対象に攻撃を防がせたものは全員失格とする!」
学園長の無慈悲な一言により、半分以上の参加者が不合格となった。
これには多数の参加者達が抗議の声を上げる。
一方で護衛対象達は澄ました顔をして帰り支度を始めた。
なかなかの無情っぷりだ。
「おい! そりゃないだろ! 今のは反則じゃないのか!」
「そうだ! 油断しなければ守れていた!」
「こんな不意打ちみたいなの認めるか!」
不合格者が学園長を口々に責め立てる。
ところがククリスが手持ちのメイスを地面に叩きつけた。
――ドォォン!
その威力は地面をぶち抜かんばかりの衝撃で、地割れによる亀裂がえぐい。
岩盤が盛り上がり、揺れた地面によって参加者達がよろめいている。
ククリスの全身にまとわりついている魔力が揺らめいてドクロを形作った。
「う、うわ……」
「ば、ば、化け物……」
不合格者達が完全に怯えている。
とてもシスターという肩書きからは想像できないだろうな。
魔力の総量だけならおそらく国内でも五指に入るのがククリスだ。
膨大な魔力をすべて身体強化に注げば地面くらい揺らせる。
ソアリス協会のシスターにして暗黒聖女の異名を持つのがこのククリスだ。
だけどこいつの面倒なところはそんなところじゃない。
「皆さん、お気持ちはわかります。志半ばにして目標を絶たれた……胸が痛むことでしょう。しかし人生は長いのです。この屈辱なんて人生のうち、ほんの瞬きのごとく通り過ぎてしまいます。では人生において何が必要なのか? それは……」
いきなり暴力で黙らせた後でなんか語り出したぞ。
方向性は違うけどこの面倒臭さはミレイ姉ちゃんに通じるものがある。
というかオレはどっちかというとそっちが嫌なんだ。
「それは恋愛です」
誰も何も言えない中、ボケクソなことを言い出した。
「恋愛こそが人生を鮮やかに彩り、青春の一ページとして永遠に心に残ります。皆さん、恋愛をしましょう」
恍惚とした表情で完全に自分の世界に入っている。
そう、ヴァイド兄さんが戦闘マニアならこのシスターは恋愛マニアだ。
いや、恋愛中毒者といっていい。
「さぁ恋をしましょう! 告白しましょう! あ、そこの生徒さん! お近くにいる女子生徒さんはどうですか!?」
「えぇ!?」
「恋をすれば今日の不合格なんて心の隅の彼方に消え去りますよ! さぁこんなしょうもない試験なんかどうでもいいので告白しましょう!」
「いや意味がわからない!」
シスターが知らん女子生徒に絡みだした。
あまりに必死過ぎてついに教師達が止めに入る始末だ。
これだからあのシスターだけは嫌だったんだ。
「ククリス殿! 試験は始まってるんです!」
「もう……皆さん、わかってませんねぇ。あ、あそこにいるのはリンリン先生! そろそろ結婚のほうは」
「お止めなさーーーーい!」
学園長があんなに激怒してるところを初めて見た。
あのリンリンに結婚とかそういう話をするのはやめてやってくれ。
澄ました顔をして割と気にしてるんだからな。
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