第69話 エスティがやばい

「あの、なんでこんなところで訓練を?」

「人に見られたくないもんでな」


 私はエスティ、今日はアルフィス様とルーシェルさんと一緒にジムル山脈にやってきました。

 護衛選抜試験の受験者としてクラスから選抜されたので、アルフィス様が訓練をしてくれるそうです。

 まさかこんな私のために人の気配がない山で、なんて考えてかなり焦りました。


 ですが今の私じゃ戦力外です。

 アルフィス様を含めて他の皆さんと比べてもヨワヨワなので鍛えないといけません。

 他のクラスからも選りすぐりの生徒達が試験に挑む以上、押し負けてはいけませんから。


「ようやく着いたな。エスティ、改めて護衛選抜試験に挑む理由を聞いていいか?」

「はい。アルフィス様の戦いを見ているうちに自分も戦いたくなったんです。あ、もちろんド平民の私なんかがおこがましとは思いますけど……」

「本当にそれだけか?」

「え?そ、それだけです」


 アルフィス様に目を覗き込まれてドキドキします。

 いけません。私はただのファンクラブの会長、そういう話はNGなのです。

 と、横でルーシェルさんがすごい睨んできます。


「エスティ、言っておくけど変なことを考えていたら許さないからね」

「邪でふしだらな気持ちは一切ありません!」

「だ、誰がふしだらなんて言ったのさ! やらしーー!」

「あ、ごめんなさい……」


 ルーシェルさんが顔を真っ赤にして怒ってしまいました。

 アルフィス様の従者の方に失礼のない様に接したいです。


「アルフィス様! なんでこんな奴の面倒を見るんですか!」

「まぁ足手まといがどうとかってのもあるけどな。単純に気になるんだ。エスティ、お前は波動が見えてるな?」


 突然の質問に戸惑いました。

 でもアルフィス様の真剣な表情からして下手な言い逃れはできません。


「波動、というんですか? なにか変なものが見えるとは思ってました」

「これ、見えるな?」

「はい。アルフィス様の指先から青白いオーラのようなものが出ています」

「やっぱりな。エスティ、波動について説明する」


 私は一通り波動について教わりました。

 魔力とも違うこの力、私にそんなものがあるなんて。

 しかし私は自分の両手を確かめましたが、そんなものはどこにも見当たりません。


「でも私に波動なんて……」

「お前は確実に波動が見えている。入学当初、デイルと戦った時も波動を見て動いていたな。だからあいつは攻撃を当てられなかったんだ」

「あの時は無我夢中でよく覚えてないんです」

「今からお前に戦いの基礎を叩き込んでも付け焼刃にしかならない。だから試験までの間、波動を意識的に見たり操れるように訓練してやる」


 なんだかすごいことになっちゃいました。

 波動というのは本来誰でも持っているものですが、引き出して使ったり見える人は限られているそうです。

 私がアルフィス様と二人っきり、じゃなかった。

 三人っきりで訓練だなんて。急にドキドキしてきました。


「アルフィス様、いいんですか? 波動のことは口外しちゃいけないんじゃ?」

「ルーシェル。なまじ力を持ちながら知らないままでいるほうが不幸が待っている」

「そうかもしれないですけどお父様が怒るんじゃ?」

「怒るかもしれないが放任主義が幸いして、オレが何をやってるかなんて目もくれないだろうよ」


 不穏な会話を聞かされて私は今からでも帰りたくなりました。

 だけどアルフィス様の特訓がさっそく開始してしまいます。

 まずは私の波動の質を知るために瞑想するとのことでした。


 自然という原始的な環境のほうが本来の自分の力を感じやすいからだそうです。

 私は目を閉じて瞑想すること数分、暗闇の中に何かがうっすらと見えました。

 それはアルフィス様とルーシェルさんの背後から魔物が――


「アルフィス様! 後ろ――」


 私が叫ぶより先にアルフィス様が振り向くと同時に剣で魔物を斬り裂いてしまいました。

 その瞬間、私の心臓はドクンと大きく脈打ちます。

 ドクドクと血流が早くなるような、呼吸も荒くなったような。

 これはまるであの時と同じです。


「なるほどな。もう少し続けよう」

「は、はい」


 私は再び目を閉じて瞑想を再開しました。

 今度は上空を鳥の群れが羽ばたいていく光景が見えます。

 するとその直後、鳥の羽ばたきが聞こえました。


「え……?」

「なにかわかったか?」

「鳥が羽ばたいた音が聞こえたと思ったら本当に……」

「確定だな。お前の波動の質は予知だ。たぶん数秒先の未来が見えたんだろう」


 アルフィス様が冷静にそんなことを言います。

 あまりに突拍子もないことなので私はパチパチと瞬きを繰り返すしかありませんでした。


「アルフィス様! こいつの波動が予知ってホントですか!?」

「あぁ、ほぼ間違いない。ハッキリ言ってクッソ強い。今はまだ未熟だが鍛えればもっと先の未来が見えるかもしれないな」

「む、むむむ、無敵じゃないすか!」

「レオルグが知ったらどう思うかな」


 私は今頃になって手が震えてきました。

 予知だなんて、この私がなんで?

 あまりの事態に震えが止まりませんが、同時に体の奥底から何かが沸き上がります。

 血液が熱くなったような、それでいて動かずにはいられないような。


 この感覚はアルフィス様に助けていただいた時に感じたものです。

 あの時もあまりに凄惨な光景を目の当たりにして、頭が沸騰するような夢を見ているような。

 そんな気分になりました。


「エスティ?」

「え? あ、すみません。ぼーっとしてしまって……」

「ではこれから鍛える方向に進むが予め言っておく。予知は確かに強力だが、この世に完全無欠なんてものはない。例えば見えたところでどうにもならない状況ってのが往々にしてある。そこは肝に銘じてくれ」

「はいっ……!」


 アルフィス様は私が思い上がらないように厳しく言いつけてくれます。

 その優しさが私の胸を打ち、またトクンと何かを感じました。

 やっぱり私はアルフィス様を――


「ああぁーーー! 違うのですダメなんです! 私は会長としてぇーー!」

「うわっ! ど、どうした!」

「あ、なんでもないです……」

「明らかになんでもないわけないが、このまま進めていいか?」

「はいっ!」


 元気よく返事をしたものの、このまま意識をせずに帰れるのか不安です。

 だって私は今、アルフィス様と山で二人っきり――


「エスティ、変な勘違いを起こしてるならボクが言っておくよ。アルフィス様にはボクがいるってね」

「そ、そうですよね」


 そうです。ここにはルーシェルさんがいます。

 でもなぜでしょう。ものすごく残念な気分になった私がいます。

 これがルーシェルさんがいつも言っているフシダラというものでしょうか?

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