第66話 人にはタブーというものがある

「ルールを説明する。私は一切手を出さない。諸君は私に一撃を与えられたらOKとする」


 第五訓練場のフィールドに立ってリンリンは堂々と説明した。

 リンリンが手を出さないと聞いて参加者達は安堵する。

 その安堵もリンリンの魔法を知るまでなんだがな。


「一撃ってことはリンリン先生に直接攻撃を入れたらいいってことですか?」

「そうだ。ダメージの大小は関係ない。どうせほぼすべて軽傷にすらならないだろうがな」


 リンリンが生徒相手にドヤ顔で煽っている。

 教師という立場だけど元は宮廷魔術師だ。

 常に自分を高めていかないとやっていられない環境で生きてきたんだから、本質は変わらない。


 大半の参加者が安心しているものの、数人は緊張した面持ちを崩さなかった。

 ルーシェル、レティシア、リリーシャ。

 三人だけはこの時点でリンリンの実力を見抜いている。


「一撃、か……」


 あれはエスティか。

 あいつも不安そうな顔をしているな。

 というかなんで参加したんだ?

 ファンクラブさえ維持できればいいんじゃないのか?


「では始めよう。諸君、上がってこい」

「え? リンリン先生、一対一じゃ?」

「リリーシャ、誰がそんなことを言った。時間を多く取るつもりはないし、お前達の相手ならこのほうが手っ取り早い」

「……先生、後悔しますよ」


 リリーシャの魔力が熱く高ぶったな。

 リンリンは決して教え子達を侮っているわけじゃない。

 自分の実力を知った上で本当のことを言っただけだ。


 それにこの先、舐められることなんて腐るほどあるだろうからな。

 今のうちに耐性をつけて冷静でいられるようにするのは悪くない。

 リリーシャが真っ先にフィールドに飛び乗った。


「私一人で十分よ」

「リリーシャ、気持ちはわかるがそれでは他の生徒達が不利だろう。全員、上がってこい」


 リンリンに促されて、参加者全員がフィールドに上がった。

 一対多数もいいところだがリンリンは腕を組んで仁王立ちしたまま余裕の構えだ。


「壮観だな。皆、いい面構えをしている」

「じゃあ先生、いくわよ!」


 先制で仕掛けたのはリリーシャだ。

 片手にまとわせた炎から放たれた火球は大小様々だった。

 まるでバルカンのごとくリンリンを襲うが――


「小粒だな」


 リンリンは全身に黒光りする武装を纏っていた。

 両手には刃が装着されていて、まるでエイリアンを彷彿とさせる。

 その金属の武装に直撃した火球はストーブに垂らした水滴のごとくジュッと音を立てて消えた。


「な、なんだ?」

「あんなのいつの間に!」


 驚くのも無理はない。あれがリンリンの魔法だ。

 地属性魔法を極めたリンリンは鉱石を自在に精製して一瞬で加工できる。

 あの武装もその一つだ。


「これが私の魔法だ。作り出したこれは耐魔法鉱石で出来ている。いくら優れた魔術師だろうといかなる魔法も通さない」

「一瞬でそんなのを……。異次元の魔力コントロールだわ」

「リリーシャ、この程度ならば宮廷魔術師なら誰でもできる。お前の父親もな」

「お父様も……」


 リンリンが言っていることは本当だ。

 方向性は違えど、魔力を1秒以下の時間で操るなんて上級の魔術師なら造作もない。

 オレのシャドウサーヴァントだってそれに近い技術をもって実現している。


 だけどリンリンみたいにあんな質感のある物質を一瞬で生成するとなると無理だ。

 闇魔法に必要がないとはいえ、技術難易度で言えばあっちのほうが上だろう。

 物質に対する明確なイメージと魔力への意識、その上でコントロールをして練り上げなきゃいけない。


 雑な言い方だけど神業だよ。

 誰にでも到達できる域じゃない。

 努力の他に限られた才能のある人間だけが持ちうるものだ。


「さぁ、かかってこい。私に傷一つでもつけられたら合格だ」


 リンリンの言葉を皮切りに生徒達が一斉に攻撃を開始した。

 さすが学園に在籍している生徒なだけあって、野良で魔術師をやっている人間とは比較にならない。

 炎、風、岩、あらゆる魔法が乱れ飛ぶ。が、リンリンは嬉しそうに笑うだけだ。


「いい成長ぶりだ。先生は嬉しいぞ」


 リンリンの武装に魔法が衝突して消えるのは当然だ。

 だけど全身が覆いつくされているわけじゃない。

 生徒だってバカじゃなく、隙間を狙っている。


 リンリンはその攻撃を鎧に当てていた。

 相手の攻撃地点を見切った上で刃を盾に変形させてすべて防ぐ。

 そうかと思えばまた刃に変形させて、リリーシャの火球を真っ二つにする。 


 ついでと言わんばかりに他の生徒の魔法も斬られているんだから笑うしかないな。

 つまり魔法だの魔力以前に経験値がまるで違う。

 魔法じゃなくて戦闘技術の時点で大差ついてるんだから、これはどうにもならなかった。


「ウ、ウソ……なんでよ……」

「リリーシャも皆もそう落ち込むことはない。しかしこのままでは全員不合格となってしまうな……」

「今頃気づくなよ、リンリン先生」


 静観していたオレがついに口を出した。

 

「アルフィスか。さっきから大人しいがまさか諦めたわけじゃないだろう?」

「当然だ。オレはあんたと一対一で戦いたいんだからな」

「アハハハッ! 何を言い出すかと思えば……」


 リンリンが高らかに笑う。

 オレのことを認めてはいるけど、微塵も自分より強いなんて思ってない。

 そんな余裕を感じられる。


「お前は強いが、私と戦うにはまだ早い。それより選抜されるだけなら十分に望みがあるぞ」

「実益がある話をすると、このままじゃマジで誰も選抜されない可能性がある。リンリン先生だって薄々気づいているだろう?」

「どうかな」

「だからオレが勝ったら、オレの他に四人を選ばせてくれ」


 オレの発言に生徒達が顔を見合わせる。

 皆だってわかっているはずだ。

 攻撃すればするほど希望なんてないほどの実力差があることにな。


「ダメだ。この場を取り仕切っている私に従ってもらう」

「どうしてもか?」

「どうしてもだ」


 リンリンが凛として答える。

 リンリンの魔法と同じくお堅いな。

 これだけはやりたくなかったがしょうがない。


「そう言わずに頼むよ、ルンルン先生。かわいらしい名前に免じてさぁ。ルンルンしてんだろ?」

「……なに?」

「あ、ごめん。ルンルンじゃなくてランランだったか」


 この瞬間、オレは比喩でも何でもなく身を切り刻まれる感覚に陥った。

 無数の刃物で斬りつけられる痛みを与えてきたのはルンルン、じゃなかった。

 リンリンの魔力だ。

 それが暴風のように放たれて、常人ならその痛みだけでショック死しかねない。


「……誰がルンルンランランだと? 誰がキラキラしていると?」


 殺気だだ洩れの魔力を感じた生徒達が一斉にフィールドから逃げてしまった。

 あのリリーシャすらも、だ。

 ルーシェルなんか真っ先に飛んでいったからな。翼、見られてないか?


「殺す」


 リンリンは生徒相手にシンプルな殺意をぶつけてきた。

 やっべぇし怖いけど、それ以上に武者震いが止まらない。

 オレの脳内は快楽で満たされていた。

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