第63話 ムトー in 死禍デスエル

「なるほど、なるほど。これは結局俺の出番ってわけだよん」


 ムトーが両手をひらひらとさせて、おどけるようにして前に出てきた。

 廃屋となった劇場の舞台から降りて首をコキコキと鳴らしている。

 肌で感じる魔力だけならかなりのものだ。


 しかも驚くことに、こいつらを召喚憑きにした奴らより上だな。

 種を蒔いただの言っていたけど芽は順調に育っているわけか。


「お前、魔界三十二柱の一角と契約してるんだってな。何と取引した?」

「は? 取引?」

「サモンマスターなら悪魔や魔獣と取引する際に何か交わしたはずだが?」

「そんなもんないよん」


 ムトーがくるりと一回転してポーズを決めた。

 ないわけがない。大体なんで悪魔や魔獣が人間と契約するのか。

 何のメリットもないのに人間に従うわけがないんだが。


「そうか。お気の毒様だな」

「えぇ? なんでぇ?」

「お前、詐欺に引っかかるタイプだな。まぁ悪魔と取引するのに何も確認しないほうも悪いがな」

「……俺は魔界三十二柱の死神デスエルと契約した」


 ムトーの声が低くなり、雰囲気が変わった。

 背後に死神のシルエットが現れて俺を威嚇する。

 空気がピリつく中、ヒヨリが出てきた。


「むー……」

「ヒヨリ、あいつならそれなりに満足するだろ?」

「まぁまぁ……いや、うーむ……」

「贅沢言うなよ。一応、正史ではお前に勝ったことになっている魔界三十二柱の一角だぞ」

「そうか。まぁ仕方がないの」


 ヒヨリはあまり面白くなさそうだな。

 オレとしては学園に在籍している間にこのレベルの敵と戦えるだけでも満足だ。

 贅沢は言ってられない。


「今のは魔剣ディスバレイドの中の奴かよん?」

「一応そういうことになっている」

「どう見ても俺の死禍デスエルの敵じゃないよん。そんななまくらじゃ……」


 ムトーが突撃してきた。

 いつの間にか両手には鎌が握られている。


「俺の攻撃は受けきれないよん」

「なるほど。結構速いな」


 魔剣で鎌を受けると、ギリギリと互いの力が拮抗する。

 こりゃ相当下駄を履かされているな。

 あのトガリよりも魔力ブーストの恩恵を受けているし、それに加えて素の身体能力だ。


 契約悪魔や魔獣が強いほど基礎能力が大きく向上する。

 魔界三十二柱ともなれば、単純な力だけでオレの力を上回ることができるわけだ。


「このまま押し切っちゃう? 押し切っちゃおうかなぁ?」

「楽しそうだな」

「人生、楽しまなきゃ損だよん。世の中にはバカが多すぎるんだよん。常識に縛られて人生を楽しまないバカがね」


 ムトーは急に饒舌になった。

 ヘラヘラと心の底から世の中を舐め切っているみたいだ。


「しかめっ面して将来がどうとか悩んでいるバカ、ああしていればよかったと悩むバカ、何がよかったのかと悩むバカ。人生なんてテキトーに楽しめばいいんだよん」

「それはおめでたいな。だけどそれはお前が本気で何かに対して打ち込んだことがないからだ」

「ほぉん?」

「お前、がんばってる奴に対して教室の隅で『なにマジになっちゃってんの?』とかほざいて笑ってるタイプだろ」


 オレはせせら笑うと同時に剣の角度を変えてから鎌を弾いた。


「よっと」

「わぉっ!」


 ムトーがよろけて転びそうになったところで顔面を蹴り上げる。


「ぶふっ!」

「まずはその伸び切った鼻っ柱をへし折ってやったぞ」


 ムトーが鼻を押さえてボタボタと血を流している。

 そのままの意味で鼻の骨を折ってやった。


「ほぉーん。だったら……」


 ムトーが両手を振り上げてから振り下ろした。

 鎌の斬撃が大地を削り取りながら高速で向かってくる。

 オレが横に回避するとムトーの片手から鎌が消えていた。


「チッ……!」


 鎌がブーメランのごとくオレの背後から襲ってきた。

 寸前のところで回避したものの、かすってしまったか。

 おそらく斬撃を放つと同時に手放して投げたんだろう。

 なかなかトリッキーな奴だ。


「ナハハハハッ! かーすったぁ! かーすったぁ!」

「ごふっ……! そうだな。デスエルの場合、かすったらよくないんだったな」


 オレの口から血が出た。

 戦闘に影響はほぼないものの、二発目はまずいだろうな。 


「これが俺の能力だよん。どんな相手だろうと確実に当てれば寿命を削って確定数で殺せるんだよん」

「さすが寿命を司る魔界三十二柱のデスエルだ。いいだろう、来い」

「この期に及んで受け身なんて余裕なんだよん」


 こいつの場合、オレに致命傷を与える必要はない。

 今みたいにかすらせるだけでオレの命を削れる。

 どんなにぶ厚い装甲を持とうが関係ない。


 あのエンペラーワームだって数発の攻撃で命を奪われるだろう。

 もっとも、あれとムトーが戦ったらこいつが押し切れるかは疑問だけどな。


「じゃー、遠慮なく刈り取らせてもらうよん」


 ムトーが大の字になって両手を広げた。

 それから髑髏を彷彿とさせる表情のまま、大口を開けて斬りかかってくる。

 オレは魔剣でムトーの鎌を再び受けて、今度は腕を魔力強化して押した。


「ナ、ナハッ! すっごい力だよん……!」

「お前は無駄が多すぎるんだよ。悪魔におんぶに抱っこじゃなくて少しは勉強したらどうだ」

「んじゃー、これはどうだよん!」


 ムトーがオレに押される中、頭を乗り出してオレの手に噛みついた。

 凄まじい顎の力でムトーの歯がオレの手に食い込む。


「ナハハハハッ! ほーふぁ!(どうだ!)」

「うまいか?」


 ムトーの口からオレの手が消えた。

 目の前にいるのは影、オレのシャドウサーヴァントだ。


「んがっ!? な、なんだよん!?」

「目の前にいるのが偽物だと気づかないなんてなぁ」


 オレはムトーの後ろから声をかけた。

 ぎゅるんと高速で振り返ったムトーの頭の上にはクエスチョンマークだらけだ。


「いつの間に……」

「オレは最初からここにいる。最初に斬られたのは本物だけどな」

「確かに今、噛んだはずだよん」

「それはお前がそう錯覚しただけだ。最初から何も噛んでない」

「そんなはずは……ないッ!」


 ムトーが魔力を練るとオレの左右からクワガタみたいな鎌が地面から飛び出してきた。

 挟み撃ちにしようと挟撃するも、オレは前進することで逃れる。

 その勢いでムトーに再び接近して斬りつけた。


「あがっ……! あ、あ、あれぇ? 体が……」

「ブラッドソード。生命力を奪うのはお前の悪魔だけじゃない。今のでだいぶきついだろ?」

「てめぇ……遊びは終わりだぁッ!」

「だよん口調は終わりかよ」


 ムトーが鎌を振り回してひたすらオレに無数の斬撃を浴びせようとする。

 その斬撃の速度はあのトガリの風以上だ。

 オレが受けきれずに切り傷を作る様を見てムトーはニタァと笑った。


「ナハハハハッ! 俺に調子こいた罰だッ! どいつもこいつもうぜぇんだよ!」

「一生懸命なにをやってるんだ?」


 目の前で斬られているはずのオレが真横から話しかけたらそりゃびびるよな。

 つまりまたこいつはオレのシャドウサーヴァントを相手に戦っていたわけだ。


「ま、またいつの間に!」

「そりゃお前、周りを見ろよ」

「ハッ!」


 闇夜にぼうっと浮き上がるのはオレのシャドウサーヴァント達だ。

 それが時々オレの姿となり、また黒い影へと戻って明滅している。

 ムトーはようやく事態を理解したようで、完全に見渡しまくって翻弄されていた。


「これはどういう……」

「オレとシャドウサーヴァントはいつでも入れ替わることができる。といってもついこの前、できるようになったんだけどな」

「だったら全部潰せばいいだけだッ! あぁ面白くねぇ!」


 ムトーはやぶれかぶれに斬撃を放って手当たり次第にシャドウサーヴァントを攻撃した。

 オレは本体と影と入れ替わりながら、ムトーのそれをかわす。

 もしこいつが魔力感知の練度を高めていたら、もう少しだけまともな戦いになっただろうな。

 だけど悲しいかな、もう何もかもが遅い。


「こんなの面白くないッ! ふざけるなよ、バルフォント家のボンボンが!」

「光栄だな。そうだ、オレがお前を追い詰めているボンボンだよ」

「あーーーつまらない面白くないクソクソクソクソーーーーーーー! デスエル! もっと俺に力を貸せよぉ!」

「取り扱い説明書もなさそうな奴によくそんなもん要求できるな」


 ムトーが一振りが空振りした後、オレは背後のシャドウサーヴァントと入れ替わって背中を斬りつけた。


「がはぁッ……!」

「数発で確定で倒せるってことは裏を返せば最低でも数発は当てないと倒せないってことだ」


 ムトーが倒れてうつ伏せになった。

 こいつが数発を必死こいて当てようとする中、こっちは一撃だ。


「当てればいいなんて考えてる奴が常に全力で鍛えてる奴に勝てるわけないだろ。能力の有無も良し悪しだよな」


 オレは倒れるムトーに吐き捨てて言ってやった。

 聞こえてなさそうだが、オレは静かに背伸びをして夜の空気を吸う。

 そんなオレをガレオがぽかんとして見ていた。

 そういえば忘れていた。

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