第59話 三強勢力、ムトー派だよん

「風の中で散れぇッ!」


 リリーシャとトガリの決闘が始まった。

 トガリの姿が消えたと同時に竜巻がフィールド内で巻き起こる。

 常に竜巻が吹き荒れる中、リリーシャは当然地面に足をつけることができない。

 暴風に乗せられて身動きできず、更に消えたトガリからの強襲だ。


 風の中に消えたトガリがリリーシャに真空破をぶち込む。

 リリーシャは真正面からまともに受けるも、ダメージは軽傷だ。

 魔力による身体強化の精度がとんでもなく上がっているな。


 炎魔法の威力ばかりに注力していたリリーシャだけど、今は屋台骨から鍛えてるって感じだ。

 しかもそれだけじゃない。

 暴風に遊ばれているようでいて、きちんと泳ぐようにして対応している。


「むほっ! トガリ君の能力が今一通じてないよん?」

「風魔カマイタチ。能力は自身の姿を消して風で斬る。そこそこの魔獣と契約してるな」

「アルフィス君、なんでわかったよん?」

「お前らと違って必要な知識は頭に入れてるからな」


 オレは指で自分の頭をトントンと叩いた。

 召喚憑きになって大した自信を得たようだけど、まだ日が浅いんじゃあまり意味はない。

 言ってしまえばレーサーが乗り慣れないモンスターマシンを手に入れたようなものだ。


 まぁあのトガリは実力的に言えばギリギリプロになれないアマチュアってところだけどな。

 元々のトガリの戦法に毛が生えた程度で、まったく練度が低い。


「下らない。これならアルフィスと訓練したほうが全然マシだわ」


 リリーシャが片手で空を斬ると、消えていたトガリが悲鳴を上げて姿を現した。

 あの片手をピンポイントで魔力強化しつつ、炎魔法で熱を発生させている。


 そしてトガリは完全に消えているわけじゃない。

 あくまで姿を見えなくしているだけだ。


「クッソォォーーーー! このガキァッ!」

「うるさいわね。どれほどかと思ってみれば、こんなものなの?」


 リリーシャが風に乗りながらもがくトガリの周囲に炎球を発生させた。

 トガリが風に乗れているのは魔力コントロールで自分の周囲だけ風の流れを変えているからだ。

 トガリごときにそれができるならリリーシャなら造作もない。


 リリーシャの場合は魔力で風の抵抗を自分に都合よく押さえているから少し違うが。

 だから海水浴のようにうまく風に乗れている。


「このガキ、当然のように風に乗りやがって!」

「もう飽きたわ。ブラスト」

「ごっふぉぉッ……!」


 トガリの腹に爆発がぶち当たった直後、待機していた炎球が容赦なく集中砲火する。

 連撃を受けたトガリは一瞬でフィールドアウトしてしまった。


「う、くっ……!」

「頭が悪い。顔も悪い。弱い。先輩、二年生みたいだけど何してきたの? これじゃアルフィスの足元にも及ばないわ」

「こ、この野郎っ……」

「一年生のアルフィス未満の先輩、クソガキの小娘に負けた気分はどう? どうせ才能ないんだから、とっとと退学したら?」


 煽りすぎだろ。すっかり忘れていたけど元々こういう奴なんだよな。

 涙目になってるトガリ君のライフはもうゼロだろう。


「リリーシャ、いつまでも三下を煽るな」

「ア、アルフィス! でもこいつ、アルフィスとの訓練と比べものにならないくらい弱いのよ。腹立つわ」

「オレはどうでもいいだろ……」


 なんでいちいちオレを引き合いに出すんだ。

 なんかもうトガリ君は立ち直れないくらい落ち込んでるし、これはこれで悲惨だな。

 そりゃ召喚憑きで下駄を履いた上で完膚なきまでに負けたんだからな。

 落ち込んで床に手をついているトガリをムトーがしゃがんで覗き込んだ。


「トガリくーん。せっかく俺が君のために契約させてあげたのにさぁ。ちょっとつまらんよん」

「う、うっ……」

「あれぇ? 泣いてるぅ! ごめんごめん! 男が簡単に涙を見せちゃダメだよん! ほらっ! 元気出してぇ! 皆もトガリ君をはげますんだよん!」


 ムトーが煽るとムトー派の奴らがトガリを囲んだ。


「トガリィー君はつよーい♪」

「トガリィ―君は男前♪」

「トガリィー君の前にはいつか素敵な彼女が現れるぅ♪」


 全員が床に手をついたままのトガリを囲んで歌っていた。

 オレも他人のことは言えないが、これほどまでに他人の尊厳を貶める奴は見たことがない。


 手下に小学校の合唱コンクールみたいな歌を歌わせておおはしゃぎだ。

 オレは見かねて観戦している生徒含めて呼びかけることにした。


「おい、皆。見てるか? これが三強派閥に入った奴の末路だよ。後ろ盾が得られるかもしれないが、こいつらに仲間意識なんてない。使えなければこうやってバカにされる」


 オレの呼びかけに生徒達は気まずそうに耳を傾けている。

 大袈裟に反応すればムトー派に目をつけられるからだ。


「この学園に入った以上は誰もが何かしら目標があるだろう。こんな下らんことに時間を使うくらいなら自分を磨いたほうがマシだと思うがな」


 オレが遠慮なく続けると生徒達の中に変化が見られた。

 拳を握って立ち去る者、何かを言いたそうに目を逸らし続ける者。

 オレはトガリに近づいてしゃがみこんだ。


「お前にまだ少しでもプライドがあるなら、何度でもやり直せる。リリーシャはあんなこと言ってるが、センスは悪くなかったぞ」

「う、うるせぇ……」


 そう呟きながらもトガリはふらりと立ち上がり、そして訓練場を出ていった。

 その後ろ姿を見届けながらムトーを冷たく一瞥する。


「はぁ……つまんな。なんかムカついたからここでアルフィス君を殺っちゃおうかな」


 ムトーの表情がガラリと変化した。

 白目が消えて黒く丸くなり、その顔はまるで死神のようだ。


「ア、アルフィス様。あのムトーという人、急に雰囲気が……」

「憑いているのはたぶん……」


 その時、慌てたレティシアの後ろから誰かがやってきた。


「まだ生徒が残っていたのか。そろそろ帰宅時間だ。熱心なのはいいが部活に所属していない者は帰れ」


 やってきたリンリンが手を叩いてオレ達に帰宅を促した。

 タイミングがいいな。


「……はぁーい。じゃあ君達、俺達善良な生徒は帰るよん」


 ムトー派がゾロゾロと訓練場を出ていく。

 その際にムトーがちらりとオレを横目で見て笑った。

 こいつ、完全に舐めてやがるな。

 オレが熱くなっているのを察してか、リンリンがオレの肩に手を置く。


「アルフィス、話がある」

「わかっている」


 オレに用があって来たのはわかっている。

 断る理由もないのでこの後、職員室へと向かった。

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