第55話 バルフォント家長男の力

「うみゅみゅ」

「おい、離れろ」

「うみゅ」


 最後のはクソ姉だ。レベル20と一緒に液体化して張り付いてきやがる。

 クソ姉はともかくレベル20が人になつくなんて聞いてないぞ。

 こいつは見た目はかわいらしいかもしれないが中身は獰猛なんだ。


「おい、ミレイ姉ちゃん。こいつはどうなっちまったんだよ」

「そりゃ誰かがマスターにならないと使い物にならないでしょ。私がただ凶暴なだけの魔法生物を作り出して何になるのよ」

「ミレイ姉ちゃんなら何も考えずに作り出しそうだが……」

「ひっどい!」


 ひどくない。ひどいのはこんなのになつかれたオレだろ。

 一歩間違えれば危険生物だからな。

 こいつが離れてくれないと学園にも通えないし、どうしてくれるんだ。


「こいつー! アルフィス様から離れろー!」

「うみゅーー!」


 レベル20がルーシェルを威嚇している。

 マスターのオレの言うことしか聞かないのか?


「おい、ケンカするな」

「うみゅ」


 レベル20が大人しくなった。

 言うことを聞くならまだ救いはある。

 オレから離れない以上、少しずつ教育していくしかないな。


「アルフィス様! まさかそいつを連れていくんですか!」

「たぶん離れてくれないし、突き放すのもな。それに調教すればどこかで役立つかもしれないぞ」

「ボクのほうが役立ちます!」

「お前はレベル20と同格じゃないだろ。上だろ」

「はっ!?」


 こんな言葉でごまかせるかと思ったけど、ルーシェルが気づきを得たようだ。

 クソ単純で助かる。

 落ち着きを取り戻してレベル20を上から見下ろす。


「アルフィス様になつくってことは側近のボクの言うことも聞かなきゃいけないんだよ。わかる?」

「うみゅぅ~……」

「アルフィス様、その次がボク。最後がお前。いいね?」

「ううぅみゅ~~~」


 なんかすごい不満そうなんだが大丈夫か?

 レベル20はオレのカバンにするすると入っていった。

 不定形ならこれで問題ないか?


 生徒会にバレたらペナルティを食らうかもな。

 特にあのリリーシャなんか親の仇のように取り締まって来るぞ。

 なかなか面倒なことになった。


「さて、実験なんだけど……そろそろ仕上げをしましょう。ヴァイドお兄ちゃん、出番よ」

「む? レベル20戦は終わっただろう?」

「相手はレベル21から25よ」

「レベル20までという話ではなかったのか?」


 うん、まぁそうくるよな。

 レベル20までいるという話はしていたけど、それがすべてとは言ってない。

 ここで言うレベル25とはあくまで暫定だ。


「正確には五体の魔法生物ね。強さの段階が今一ハッキリしないからこの際決めておきたいの。ただし当然そこのレベル20より強いわ」

「面白い。すぐに出せ」


 ヴァイド兄さんが張り切ってアリーナに向かった。

 すぐに魔物が出てくるかと思えばなかなか出てこない。

 というか扉が開かない。


「ねぇ、何をしてるのよ。開けてよ」

「ミレイ所長、本当にあれを出すんですか? 未知数というか、解き放てば研究所がどうなるか……。特に暫定レベル25はアリーナを一度破壊しています」

「そこにいるのが誰だと思ってるの。ヴァイドお兄ちゃんがどうにもできなかったら遅かれ早かれ研究所どころか王都ごと滅ぶわ」

「確かに……では」


 とんでもない会話が繰り広げられているが、ヴァイド兄さんは今か今かと待ち構えている。

 そして扉が開く焔色の熱線が放たれた。


「で、出ました! 暫定レベル21……レッドマテリアルドラゴンです!」


 のっそりと出てきたドラゴンは魔石を鱗のようにビッシリとつけている。

 目の輝きがどこか人工的で宝石でも埋め込まれているようだ。

 何の生気も宿っていない魔法生物はブレスを受けても平然と立つヴァイド兄さんを捉えた。


「……なかなかッ! この熱さは火山から生まれたマグマドラゴンのブレス以上だ! 特に」

「ガァァァーーーーーー!」


 戦闘マニアの語りなど知ったことかとばかりにドラゴンが今度は拡散ブレスを吐き出した。

 熱線が枝分かれに枝分かれしてアリーナ中を攻撃する。

 焔の流星が飛び交うかのようなアリーナ、研究員が悲鳴を上げた。


「も、持ちません! ミレイ所長! 早急に」

「終わったわ」


 ドラゴンが口を開けたまま首を落とした。

 ズシンという音を最後に動かなくなったドラゴンの足元にヴァイド兄さんがいる。


「ミレイ、面倒だから22から25まですべて出せ」

「えぇ? いいの?」

「あぁ」


 研究員達はまたも戸惑ったが、ミレイの指示で渋々扉を開ける。

 電撃を常に浴びている巨獣、アリーナ中を飛び回りながら毒の羽をまき散らす怪鳥、あらゆる魔法を飲み込む蛇、レベル20に似た少女型の魔法生物。

 その一匹だけでも魔術師団の手に負えないものばかりだ。

 オレも正直、この状況を打開できる自信がまったくない。


「壮観だッ!」


 ヴァイド兄さんはまた大剣を構えてさぁこいとばかりに相手の攻撃を待つ。

 ヴァイド兄さんの何が強いのか? 魔力でも混沌の波動でもない。

 それはフィジカルだ。


 身体能力だけならあのレオルグすら上回り、魔力で身体強化をすれば真正面からヴァイド兄さんに勝てる奴はほとんどいない。

 技や魔法、波動に溺れずにヴァイド兄さんはひたすら肉体を鍛え上げた。

 おかげで平均的な魔力の身体強化でも、ヴァイド兄さんが行えば禁忌の魔術に匹敵する脅威となって敵に立ちはだかる。


 それはあの魔法生物相手だろうと例外じゃない。

 魔法生物が一斉に襲いかかり、アリーナ中があらゆる攻撃で満たされた。

 触れると即死する死の羽、デニーロなんか比じゃない電撃の嵐、大口を開けて上から襲う蛇。


 極めつけにそれらすら児戯とあざ笑うかのような少女型の魔法生物の炎。

 リリーシャが見たら自信喪失して二度と戦えなくなりそうな炎は、それはもはや炎ですらない。

 焔のエネルギー体が球体となって耐魔法性質がある鉱石で出来たアリーナの壁を焦がしていく。


 まともな生物や物質なら一瞬で蒸発している。

 焼くのではなく蒸発だ。あの熱量自体はおそらく鉄すら秒で溶かす。

 あらゆる魔法を駆使しようがあの中で生存できる生物なんていない。


「避けきれなかったッ! 素晴らしい!」


 ヴァイド兄さんを除いてはな。

 鉄以上の体を持つヴァイド兄さんは体を焦がしながらも魔法生物達を次々と一刀両断していく。

 雷撃ごと巨獣を切り裂き、飛び回る怪鳥に向けて大剣を投げつけて貫通させる。


 落ちてきたところでまた大剣を抜いたと同時に蛇を輪切りにして、最後は少女型の魔法生物に迫った。


「この中ではお前がもっとも強いな! 熱を極限にまで一ヶ所に抑え込むことで破壊力を増大させて、物質を消失させるエネルギーに昇華させている! 恐るべきはその体そのもの! 表面に刃が触れてしまえば瞬時にこちらに熱が伝わり、腕は使い物にならなくなるだろう! そしてエネルギー体とも言えるその体が力を発散すれば超爆発を起こす! 王都の五分の一が破壊されるほどのな! それでいてお前自身にダメージなどなく、その気になれば王都を壊滅させるのに一日とかからないだろう! これはもはや災厄と呼べる!」


 ヴァイド兄さんの語りにあの魔法生物もきょとんとしている。

 相変わらずなんで見ただけでそこまでわかるんだよ。変態か。

 

「しかし私も負けてない! 炎を斬る練習などいくらでもしてきた! 例えば熱に触れずに風圧を発生しつつ剣速を高めれば不可能ではない!」


 などと意味わからんこと言ってるけど、それを実行するのがヴァイド兄さんだ。

 そこから気合いの一撃、少女型の魔法生物が一刀両断された。

 風圧で上半身と下半身がろうそくの火が吹き消されるように空気中に溶け込んでいく。


「もゆ……」

「む?」


 消えたと思ったレベル25が再び現れた。

 おい、まさか。


「なんだ?」

「もゆもゅ」


 レベル25がヴァイド兄さんの周囲を漂っている。

 これはオレの時と同じパターンか?

 ヴァイド兄さんは少しだけ困った顔をしたけど、すぐに踵を返す。


「お前も高みを目指すわけだな」

「もゆ」

「いいだろう。来い」

「もゆぅ」


 なんか独自の解釈で危険生物を連れ歩き始めたぞ。

 こうして後に残ったのは魔法生物達の死体の中に立つ怪物だった。

 さて、オレはこれに勝たなきゃいけないわけだな。

 さっきからずっと武者震いが止まらん。

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