第54話 魔法生物レベル20

「アルフィス……負けちゃったのね。でも大丈夫、あなたはまだまだ強くなるわ」

「お姉ちゃん……」

「さぁ抱きしめてなでなでしてあげる! ちゅうううぅーー!」

「お姉ちゃんっ……むっ……んっ……」


 やめろカス。一人で何やってんだ。

 あまりに思い通りの結果にならなかったからって妄想の世界に逃げやがった。

 オレはちゃんとシャイニングゴーレムを倒してるからな。


 研究員達がドン引きして誰もミレイ姉ちゃんに近づけない。

 こんな気持ち悪い身内でごめんな。


「おい、ミレイ。次は私だろう?」

「んむっ……んっ……え? ヴァイドお兄ちゃん、なによぉ!」

「アルフィスの戦いが終わったからオレがレベル20と戦ってやる」

「いえ、アルフィスにはレベル20と戦ってもらうわ」


 キリッとした表情で言ってるけど、まったく格好がついてないからな。

 ミレイ姉ちゃんの奴、これは完全に目的を見失っているぞ。

 魔法生物の戦闘データ収集の目的から、オレを負かして慰めることにシフトしてやがる。


 実の姉がいかれてるのにヴァイド兄さんは冷静だな。

 本当に戦いや技にしか興味がないのがよくわかる。


「話が違うぞ。私もそろそろ退屈している」

「ヴァイドお兄ちゃんにはちゃんと用意してるから、今はアルフィスの負け……じゃなくて戦いを見守ってね」

「しかしだな」

「さっきのアルフィスの戦いで満足できていないでしょ? もっと技が見たいでしょ?」


 図星を突かれたヴァイド兄さんが黙り込んでしまった。

 さっきの戦いでもオレをすごい目で凝視していたからな。

 ヴァイド兄さんは本当に認めた相手だと、途端に戦闘モードになる。


 それはつまり自分の好敵手だと認めたということだ。

 この段階で初めてヴァイド兄さんは「戦い」をする。

 この前の砦にいた連中とは戦いですらなかった。


「じゃあアルフィス、少し休憩したら次も頼める?」

「休憩なしでも問題ない」

「レベル18だけで一個師団を壊滅させられるほどなのに……アルフィス、そんなに強くなっちゃって……お姉ちゃん、寂しい」

「いいからレベル20を出してくれ」


 これでよく所長なんてやってられるよな。

 オレが再びフィールド内に入ると再び扉が開く。

 現れたのは七歳くらいの幼女だった。


 腰回りや胸は緑色の液体でカバーされていて、髪もよく見れば液体だ。

 いや、あれはすべてが液体だな。

 そう、こいつは雑な言い方をすればスライム人間だ。


「魔法生物レベル20。別名スライムガールよ。スライムの性質を取り入れつつ、水魔法を操るのよ」

「クッソそのままだな。もっと他になかったのか」

「スライムは大したことがない魔物とされているけど、私は最強だと思ってる。スライムの汎用性は多岐に渡り、中には服だけ溶かすスライムもいるのよ。うふ、うふうふふ」

「いきなり魂胆を露出させてんじゃねぇよ」


 なんで急にオレとレベル20を戦わせることになったのか。

 言わなくても全員が理解していた。


「さぁ、レベル20! やっちゃいなさぁぁーーーい!」

「うみゅうーーーー!」


 レベル20の腕が放射状になって伸びた。

 液体が床にぶちまけられたがごとく一面に広がる。

 オレは跳んで回避するが、このまま着地すれば捕まるな。

 

「はぁぁぁッ!」


 床に魔剣を思いっきり振るとスライムが風圧で飛び散る。

 その隙にシャドウエントリでもぐり、レベル20の背後にある影から飛び出した。


「遠慮なくぶった斬るぞ!」


 オレが水平に魔剣を振り、レベル20が真っ二つになる。

 が、次の瞬間に二つに分裂したレベル20がべちゃりと床に落ちた。

 スライムだから物理的な攻撃はほとんど意味がないか。


「うみゅーーーー!」

「うおっ!」


 床に広がったスライムがドーム状になり、オレを逃がすまいと包み込む。

 それから更に床の隙間からスライムがにゅるっと出てきて足元から這い上がってきた。


「やべっ……!」

「うみゅっ!」


 オレの服が溶かされて、やがて激痛が走る。

 こいつ、服だけじゃなくてオレを溶かそうとしてやがる。

 ミレイ姉ちゃんはあんなこと言ってたが、こいつは紛れもなく戦闘用のスライムだ。


 ダークホールでスライムを飲み込もうとするが、するっと範囲外に逃げやがる。

 それでいて液体特有の自由さを活かしてどこにでも何にでも変形できるのが面倒だ。

 レベル20は床に頭だけ生やしてオレを冷たく見上げている。 


 それはかわいく見えても紛れもなく捕食者の目をしていた。

 獲物に対する同情の感情なんてない。

 ただ食いつくすことしか考えていない。 


 こいつが世に放たれたら、たった一匹で国王暗殺までやってのけるかもな。

 どんな隙間にも侵入する殺人スライム、ミレイ姉ちゃんもいいところに目をつけやがる。


「ダークスフィア」


 オレの体を闇の球体が包んだ。

 半径三メートルほどか。狭い範囲だが完全に暗闇で何も見えない。

 オレを除いてはな。


 案の定、レベル20は戸惑っているみたいだ。

 いくら液体として自由に動けても、獲物がどこにいるのかわからないならどうしようもないだろう。

 それにオレの足に付着したスライムだけじゃ、致命傷を与えるのは不可能だ。


 魔力強化したオレの足はスライムの溶解でもなかなか溶かせない。


「うにゅーー!」

「オレはこっちだぞ」

「……!?」


 一見してしょぼそうに見えるが、オレはこの球体の中を自由に移動できてきちんと見える。

 更にオレはダークスフィア内にブラックホールを展開した。

 ブラックホールがレベル20の体を掃除機のように吸い込み始める。


「うにゅーーーー!」

「お前は勘がいいから普通にやってもブラックホールの射程に入らない。だけどこの中ならどうだ?」


 レベル20は慌ててダークスフィア内から逃れた。

 ただそうしたところで手立てがあるわけじゃない。

 スライムを飛ばそうが、大した速度じゃないから回避できる。


 再び接近してきたところで暗闇の中でどこにあるかわからないブラックホールを警戒しないといけない。

 オレが魔剣を全力で振ると、スライムから放たれた液体が闇にかき消える。

 本体を消すのは今のオレじゃ無理だが、本体から離れたスライムなら余裕だ。


 あいつにとっては体の一部を消されているに等しい。

 それを察したのか、レベル20は完全に人の形に戻ってへたり込んでしまった。


「うみゅ……」

「これは降参でいいのか? おい、ミレイ姉ちゃん」

「うみゅ……」


 返事をしたのはミレイ姉ちゃんだ。紛らわしい。

 あまりにショックだったのか、ミレイ姉ちゃんはスライムみたいに溶けていじけていた。


「アルフィスがぁ、あんなに強くなってるなんてぇ……」

「いや、さすがミレイ姉ちゃんだよ」

「アルフィスの服……溶かせなかったぁ……」

「フォローしたオレをぶん殴りたい」


 このどうしようもない姉は置いて、オレはフィールドから出た。

 その時、ヴァイド兄さんはかつてない表情でオレを見ている。

 なんだ? まさかオレと戦おうってのか? 上等だ。


「アルフィス……お前、それをどうするつもりだ」

「は? それって何が? え、うわっ!」


 ヴァイド兄さんが指摘したそれはオレの肩に張り付いていた。


「うみゅ」

「お前、なんでついてきた」

「うみゅーー」


 まさかなつかれた? ゲームでもこんな展開はなかったぞ?

 レベル20はオレにおんぶされるようにしてくっついて離れない。

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