第52話 ミレイ研究所、その実態はいかれてる

 砦で捕えた男は黒子達に引き渡した。

 魔力が枯渇している上に衣服を剥ぎ取ったから実質なにもできないだろう。

 例のアレの件については近場の川でしっかり洗わせたからおそらく問題ない。


 それでもいつもならサササと手早く動く黒子達の動きが少し鈍ったから気の毒だ。

 やっぱり少しだけ臭ったんだろうか?

 いつも死体処理をしてるくせにだらしないな。

 あの男はバルフォント家の屋敷でこれから死んだほうがマシと思えるほどの尋問を受けるだろう。南無。


「ヴァイド兄さん、ミレイ姉ちゃんはここに来ているのか?」

「スライムソファーを思いついたなどと浮かれていたから、おそらくいるはずだ」


 砦での後処理を黒子に任せたオレ達はミレイ姉ちゃんの魔法研究所を訪れた。

 召還魔術のことを伝えて研究してもらえれば、それがバルフォント家の武器になるからだ。

 これを交換条件として王家に売り渡せばまた一つ支配体制が盤石なものになる。


 魔法研究所は王都から離れた場所の森の中にある。

 ようやく辿り着いたところでオレは身を引いた。


「フォレストチューーーー!」

「はいはい」


 木の上から逆さになって落ちてきた実の姉をかるくかわす。

 完全にホラー展開だ。オレじゃなかったら心臓停止してるぞ。


「あぎゃん! いたた……頭うったぁー。怪我したらどうするのよぉ」

「普通は頭から落ちたら死ぬんだよ」


 この愚行で無傷なのも常識外の魔力強化のおかげだ。

 この姉なら魔力強化だけで魔炎獣イプシロンくらいなら倒せるだろう。


「ミ、ミレイ! またぁーーー!」

「ルーシェルちゃんもそろそろいっとく?」

「なにをぉーーー!」


 この反応は一生いじられるだろうな。

 これに関してはノータッチだ。


「それにしても、もう少し地の利を活かすべきだったわねぇ」

「クソみたいな反省会はいいから、研究してほしい魔術があるんだ」

「魔術? それってスライムソファー以上の価値ある?」

「あるぞ」


 付き合いきれないからある程度はスルーして会話を進めるのがコツだ。

 ミレイ姉ちゃんに魔法研究所内に通されると、いきなり目の前で廊下が分岐していた。

 しかも廊下の奥も更に分岐していて、クソダンジョン臭が半端ない。

 

 そう、ミレイ姉ちゃんは魔法研究所を勝手にダンジョンに作り変えた。

 中には魔法生物がウヨウヨしていて、普通に入ったら全力で襲ってくる。

 なんでそんなことをするんだよと思うところだが、それを突っ込むならあの姉のやること成すこと全部に突っ込まないといけない。

 つまり考えるだけ無駄だ。

 他の研究員はどうしているのかというと――普通に来た。


「ミレイ所長、お連れの方はどちらですか?」

「私を愛してやまない弟とストーカーエンジェル、それに筋肉系魔法生物よ」

「おい」

「おい」

「おい」


 下劣極まりない紹介を真に受けてほしくないのでオレ達はきちんと名乗った。

 オレはともかくヴァイド兄さんをここまでコケにできる人間なんて世界でもミレイ姉ちゃんくらいだ。

 さすがの世界王だってもう少し敬意があるぞ。


「そうですか。なるほど、所長がお世話になっています。ではついてきてください」


 ミレイ姉ちゃんと研究員がスタスタと歩く。

 無駄に分岐するわ扉がいくつも並んでいるわ、よくもまぁここまで魔改造したもんだ。

 そして何がすごいかって研究員は道を把握してるんだよな。


「おっと、レベル2が来ますね」


 研究員がレベル2と呼んだのは魔法生物だ。

 この研究所内にうろついている魔法生物はミレイ姉ちゃんが生み出している。

 なんでも物騒だから警備を固めるとかいって作り出したけど大半は趣味だ。

 ここまで命を愚弄した奴は見たことがない。


「はぁッ!」


 研究員によって放たれた風の魔法は亜人型の魔法生物を一撃で裂いた。

 白衣を揺らめかせながら、メガネを指でくいっと上げた研究員がやたらと強者感を出している。

 そう、ここの研究員もミレイ姉ちゃんによって魔改造されていた。


「さすがミレイ姉ちゃんだな。一般人をここまで強くするなんてな」

「強くなるだけなら簡単よ。少しの基礎と液体があればね」


 絶対変なもの飲ませてるだろ。

 ここの研究員で部隊を作ったほうが今の騎士団よりよっぽど役立つんだがオレはノータッチだ。

 研究員がズンズンと進んでドアを開けようとしたところで手をピタリと止める。


「あ、間違えました。こっちはモンスタールームだった……危うく死ぬところだった」

「部屋を間違えただけで命に関わるのはやばいな」


 そんな事態なのに研究員は顔色一つ変えない。

 おそらくミレイ姉ちゃんに調教されるうちに感覚までバグったんだろう。

 これは幸せなことなのかどうなのか。


「なぁ、あんたから見て姉はどうだ?」

「感謝してますよ。以前の私だったらさっきのレベル2に遭遇しただけで殺されていたでしょうね。ところがミレイ所長のおかげで今は大切なものを守れる強さがあります」

「そう、私のいいところなのよ」


 だから自分でいうな。ホント台無しだよ。

 研究員の様子を見ているとミレイ姉ちゃんがいるからといって媚びている様子もない。

 それどころか姉と楽しそうに話している。


「それで帰省する際にゴブリンが襲ってきたんですけど、まとめてぶち殺してやりましたよ」

「仕上がってるじゃない。今ならレベル4まで倒せるんじゃない?」

「いやぁ、さすがにレベル4は無理でしょう」

 

 こんな中学生が考えたようなクソダンジョンだけど、意外にも研究員の自室は完備されている。

 研究員は自由に帰省できるようだ。

 一見して姉のやることはムチャクチャだけど、それらがすべて誰かのためになっている。

 本人は気まぐれなんだけどな。


「さぁ着いたわ。ここが研究室よ」


 中にはたくさんの研究員が何かしらの作業に追われていた。

 試作品と思われるスライムソファーの近くには捕獲されているスライムが透明な壁の奥で蠢いている。

 素材まで本物のスライムを使うとはなかなか本格的だな。完全にいかれてる。


「ミレイ所長、お疲れ様です」

「皆、今日は新しい実験ができるわよ。私の弟と兄がやってくれるの」

「ほぉ! それは頼もしい!」


 待てや。なんでオレ達の知らない企画が進行してるんだよ。

 頼もしいじゃないんだわ。

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