第51話 兄が強すぎる
「がはッ!」
「まぁまぁ楽しかったよ」
魔炎獣イプシロンと契約していたイハルトを斬り飛ばした。
その際にイハルトと目が合う。
「バ、バカな……」
「お前より遥かに素質がある炎の使い手を知ってるんだ。契約悪魔がいながらその程度じゃなぁ」
イハルトが憎々しくオレを睨むも、闇の中に消えていく。
こんなことを言ったが、こいつらは普通に強い。
少なくとも現時点じゃリリーシャよりイハルトのほうが強いだろう。
それはある意味、当たり前だ。
契約悪魔によって下駄を履かされているんだから、サモンマスターは通常の魔術師より強くなりやすい。
ただし契約悪魔による影響が色濃く出るから、中途半端な奴と契約しても頭打ちが早い。
だけどこいつらは召喚魔術によって多少は工夫していたみたいだな。
偉そうにゴチャゴチャと言っていたけど、イプシロンじゃ少し力不足だ。
その点、ヴァイド兄さんが戦っている。じゃなかった。
遊んでいる相手のほうが強力な悪魔と契約している。
「アルフィス様、お疲れ様ですっ! 汗とか色々拭きますね!」
「本当はお前にも経験を積ませたかったが、今回はヴァイド兄さんの任務だからな。贅沢は言えない」
ルーシェルに顔中を拭かれまくりながらもヴァイド兄さんに視線を移す。
今、オレが倒した男より数段強い奴を二人も抑えているな。
ヴァイド兄さんがイハルトとかいう奴をオレに譲ったのも妥当な判断だ。
今のオレじゃあいつら二人同時に相手にするのは厳しい。
特にあのファントムと契約をしているグランツとかいう奴が厄介だ。
姿だけじゃなくて魔力も消すのは反則だろう。
オレなんか闇魔法で工夫を重ねてようやく魔力を感知されないようにしたってのにさ。
「ディアバランかッ! 悪魔すら食らう魔界の妖花と契約を結んだものなど初めて見た! せっかくの触手なのだから、常に相手の死角を意識しろ!」
「な、この私に何を! ならば……瘴乱花粉!」
魔法陣から黒い花粉が放たれた。
とっさにルーシェルの鼻と口を押さえてこの場を離れる。
「んーんー!」
「黙れ。あれをわずかにでも吸うと精神をやられる」
オレは距離を取った後、ブラックホールで花粉を吸い取る。
一方でヴァイド兄さんは平然としていた。
「こいつ、まったく効いていないだと……」
「む、しまった……死んでしまった!」
ヴァイド兄さんがずっとグランツの首を掴んでいたみたいで、窒息死させていた。
泡を吹いたグランツがだらしなく掴まれている。
つまりヴァイド兄さんはグランツを掴みつつ、あの男を相手にしていたわけだ。
化け物かよ。
ヴァイド兄さんは男の召喚魔術をあえて撃たせる。
その上で感動して攻略してしまう。
技を持ち上げつつ完封してくるヴァイド兄さんを相手にした奴は大体心が折れる。
男はすでに手を出し尽くしたのか、焦燥の色を隠せない。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
「どうした! 遠慮なくドーンとこい! もっと色々な技を見せてくれ!」
「なんッ……なんなのだ! こんな奴は初めてだ!」
「さぁ、来い!」
ドンと構えるヴァイド兄さんに対して男は後ずさりしている。
あ、これは逃げるな。と思ったら男が目くらましの花粉か何かを放って逃走した。
あーあ、やっちまったよ。
「なんだ!?」
「ヴァイド兄さん、あいつ逃げてるぞ」
「待てッ! 行かないでくれ!」
恋人に逃げられた男かよ。
ヴァイド兄さんが大剣を男の背中に向けると黒紫が入り混じる波動を放った。
波動が男に直撃するとふらりとあらぬ方向へ歩き出す。
「あ、あへへ……殺す、こころろろす、こころろろぉすぅ……!」
「よし! やる気になったな! 来い!」
男がすべての魔力を絞り出すかのように無差別に周囲を攻撃し始めた。
それをヴァイド兄さんが楽しそうに受けて、あるいは回避している。
こうなると長いんだよなぁ。
「ルーシェル、少し休もう」
「な、何が起こったんですかぁ! あいつ狂ったんですか!?」
「ヴァイド兄さんの波動は混沌、あれに触れると色々とカオスになる」
男が涎を垂らしながら暴れまくっている。
ヴァイド兄さんはすべてをいなして、男の魔力が尽きるまで楽しんだ。
そう、ヴァイド兄さんは波動を攻撃技として使わない。
戦意喪失した相手に波動をぶつけることで、強引にでもあんな風に戦わせる。
その気になれば国ごと滅ぼせそうな危険極まりない波動だ。
男はその後、ヴァイド兄さんに散々遊ばれた挙句に魔力枯渇して倒れてしまった。
ヴァイド兄さん相手に逃げるのは悪手なんだよ。
まぁそのまま殺されるか狂って死ぬかのどっちかなんだけどな。
人としての尊厳を貫きたいなら最後まで戦うことをお勧めする。
「あへぇ、いひっ、うふひぃ……」
男が床をくねくねした動きで這いずっている。
こうなったらもう元には戻らないんだよな。
「むぅ、もう終わりか」
「ヴァイド兄さん、こんなんじゃ情報を引き出せないぞ。どうするんだよ」
「ハッ!?」
ヴァイド兄さんがどうしようみたいな目でオレを見てくる。
この手の任務をヴァイド兄さんに任せちゃダメなんだって。
達成条件が敵の殲滅みたいなものだけやらせておけばいいんだよ、世界王。
「ルーシェル、治してやれ。今のお前なら多少はやれるはずだ」
「はいっ!」
ルーシェルが再生の波動を男に送ると少しずつ変化していく。
男の目に光が戻り、大人しくなっていった。
「あ、私は……」
「ルーシェルに感謝しろよ。で、お前らは何者で何が目的だ?」
「誰が言うものか……」
「そうか。それならしょうがないな。カース」
普段なら効かないだろうが、弱っているこいつになら有効のはずだ。
カースは呪いをかけて様々な効果をもたらす。
男がガクガクと震え始めて汗を流し始める。
顔が赤くなって両腕で体を押さえているところからして、病気にかかったな。
「寒い寒い頭が痛い……腹が痛い……」
「喋ればルーシェルに治させる」
「だ、誰が……う! 腹が!」
「おっと、喋らないならそのまま漏らしてもらう」
この瞬間、隣にいたルーシェルすらドン引きした気がした。
おい、なんでだよ。いつもみたいにさすがアルフィス様って言ってくれよ。
「アルフィス様、それはちょっと……」
「何がちょっとなんだ。洗いざらい吐くか、ここで人としての尊厳を失うか。簡単な二択だ」
「ボ、ボク離れてますね!」
「おい」
あのクソ天使、逃げ足だけは早いな。
こんなものこいつがすぐに喋れば――
「あぁ……ああぁぁぁ……」
おい、こいつやりやがった。
辺りに悲惨な臭いが漂い始めたぞ。
「アルフィス、さすがにやっていい事と悪い事がある」
「ヴァイド兄さんに言われたくないぞ」
実の兄すらドン引きさせてしまったか。
男はあまりに惨めに思ったのか、ついにシクシクと泣き始めた。
まさか漏らすまで喋らないとは思わなかった。
まぁ運がなかったんだよ。そう、運がな。
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