第50話 黒幕気取りのところ悪いが…

「種蒔きは順調のようだな」


 このかび臭い砦の跡地はかつてこのセイルランド国が隣国戦争で使ったものだという。

 そんな場所で私達は互いの進捗を報告していた。

 計画を確実に実行するには地形などを含めた現地調査が必要不可欠となる。


 計画はかなり大規模なものとなる。

 下準備としての現地調査の他に欠かせないのが種蒔きだ。

 種といってもデタラメに蒔けばいいわけではない。


 種が花となって芽吹くにはしっかりとした土壌が必要となる。

 その土壌探しがなかなか困難だったが、この国に年単位で潜伏していた仲間がやってくれたようだ。

 その仲間が今、砦に帰ってきた。


「同志クランツ、大儀だったな」

「あぁ、長かった。しかしおかげでいい土壌を見つけることができたよ」


 同志クランツはセイルランド国内の各地で土壌を探していた。

 種が育つ土壌探しのための情報収集はさぞかし苦労しただろう。

 同志クランツが息を吐いてリラックスする。


「ならば種は蒔けたのだな」

「あぁ、学生の子ども相手はやりやすい。少し下調べをすればいくらでも心の隙が見つかる」

「お前の悪魔の能力ならば容易かったのではないか?」

「一人は公爵家のお坊ちゃん、一人は魔力不全の少女、一人は劇団員の息子。聞いて驚くな。三人とも、それぞれ魔界三十二柱の一角と契約を結べた」


 同志クランツの口から語られた事実に思わず耳を疑う。

 それは我々の契約悪魔や魔獣をも上回る存在だ。

 魔界三十二柱。魔導書や幼児向けの絵本にその存在が記されており、架空の存在と疑う者も少なくない。


 古代エルディアの皇帝然り、歴史において覇王と呼ばれる人物は必ず人ならざる力を手にしている。

 エルディア皇帝の魔剣に匹敵すると言われているのが魔界三十二柱だ。

 歴史を深く調べると、エルディア帝国に反旗を翻した英雄は魔界三十二柱の一角を使役していた。


 これはあまり知られていない事実だろう。

 それ故に私にとっては魔剣などよりも魔界三十二柱のほうがよほど恐ろしい。


「……それが本当ならばもはや勝ったも同然ではないか!」

「あぁ、奴らが仕上がり次第作戦を実行できる。ところで同志アムトが見当たらないが?」

「ネズミを感知したようだ。すぐに帰って来るだろう」


 同志アムトの魔力感知の範囲は並ではない。

 ネズミが嗅ぎつけようとまったく問題は――

 む、あれはアムトか?

 ふらふらと歩いて戻ってきたが?


「同志アムト、早かったな。ネズミは」


 アムトが前のめりに倒れた。

 その奥に立つ三つの影、一人は体格がいい戦士風の男ともう一人は少年か。

 残るは年端も行かない少女だ。なんだ、こいつらは?


「……まさか同志アムトを倒したというのか」

「どうも限界だったようでな」


 床に倒れているアムトを見ると魔力が完全に枯渇しているのがわかった。

 この二人、まさかアムトに魔力を出し尽くさせたというのか?

 信じられん。


「ここを嗅ぎつけるとはな」

「コソコソとするのは終わりだ。さぁ見せてみろ」


 男が大剣を構えた。

 見ているほうが恥ずかしくなるほど前時代の戦闘スタイルだな。

 こんな原始人のような男にアムトはやられたのか?


「ヴァイド兄さん、一人くらいはオレにやらせろよ」

「お前は右側の男をやれ。真ん中の男はオレが見たい」

「一番いい奴を持っていくんだな。元々ヴァイド兄さんの任務だから文句はないけどさ」


 なんだ、こいつらは?

 これはもしかして侮られているのか?

 この私達が?

 

 いや、あの同志アムトがやられたのだ。

 油断などできるはずがない。

 

 隣にいる少年も只者ではないとわかるが、何かがおかしい。

 魔力感知で奴の魔力が拾えないのだ。

 奴の周辺に黒い靄がかかっており、感知しようとしてもまるで漆黒の闇を覗く感覚に陥る。

 そんな私を見透かしたかのように少年が不敵な笑みを浮かべていた。


 対してあっちの男はさほど恐れるほどの魔力ではない。

 低くもないが並みだろう。ならば警戒すべきはあちらの少年か?


「さぁお前達、見せてみろ」

「いちいち癪に障るッ! 旧時代の蛮族がッ!」


 出し惜しみなどしない。

 同志クランツはこの場から姿をフェードアウトさせて、私と同志イハルトは魔法陣を展開。

 同志クランツの契約悪魔は魔霊ファントム。

 能力は自身の姿を見えなくする。


 これは同志クランツの魔力ごと消えるので感知は不可能だ。

 彼はこれで長年にわたってセイルランド国に潜伏し続けた。

 ありとあらゆる場所に潜入して集めた情報をもってサモンマスターとしての逸材を見つけたのだろう。


 そして私達が使用するのもまた召喚魔術。

 私が放ったのは無数の触手、これが私の契約悪魔である魔公花ディアバランの力だ。

 同志イハルトは魔炎獣イプシロン。こっちはあらゆる生物が灰になるまで焼き食らう無数の獣を放った。


「ぬぅ! 先ほどの男と似たような魔法を……!」


 驚くのも無理はない。これは他国にも伝わっていない我が国の最新鋭の魔法技術だからだ。

 召還魔術は契約悪魔の力を直接放つことができる。

 これにより、従来の契約悪魔の能力だけを扱うサモンマスターとは一線を画す。


 契約悪魔が持つすべての力を召喚という形で顕現できるというわけだ。

 契約悪魔の力を高速で出力することで、より悪魔の力を効率的に使うことができる。

 更に使用者の魔力消費を最小限に抑えることも可能だ。


 つまり我々の魔力切れはないと思っていただこう!

 これによって魔術師の欠点を完全に克服しているのだから――ん?

 ならばなぜアムトの魔力が切れた?


「素晴らしいッ!」


 ヴァイドという男の声が砦内に響いて、老朽化した天井からパラパラと小さな瓦礫が落ちる。

 ヴァイドの足元にはみじん切りになったディアバランの触手が落ちていた。

 いつの間に?


「またも見せてもらった。それは召喚であって召喚ではないな。少なくとも私が記憶している召喚魔術は契約悪魔の能力が使えること以外に特筆すべき点はない。身体能力が契約悪魔に応じて上がることくらいか。召喚は大変強力だが、使用者の限界を超えることがないのが欠点と言えるな。しかしお前達の召喚魔術はまるで契約悪魔と一体になったかのようだ。これには興味が尽きん。ミレイが知ればさぞかし興奮することだろう。それにペチャクチャペチャクチャ……」


 とてつもない早口だ! なんだ、この男は!

 いや、そんなことより大した魔力がないあの男にどのような芸当が?

 あの大剣に秘密があるのか?


「ヴァイド兄さん。連れてきてくれて感謝するよ。そこそこの相手だ」


 少年のほうはというと、最後の炎の獣が黒い何かに吸い込まれていく。

 あれは闇魔法か?

 違う、私が知る闇魔法であのような前衛的な戦いはできない。

 私以上に驚いているのが同志イハルトだ。


「ヘルビーストラッシュが……!」

「なるほどな、今のオレなら魔炎獣イプシロン相手でもやれるってことか」

「契約魔獣を知っているだと……」


 同志イハルトの契約魔獣を見抜いただと?

 こいつらは何者だ。なぜ我らがこうも軽くあしらわれる?

 いや、落ち着くのだ。同志クランツなら奴らに気づかれることなく仕留められるはずだ。

 奴は姿も気配も魔力も消して接近できる。

 

「これも素晴らしいッ!」

「うっ!?」


 ヴァイドが空中を掴むと同時にクランツの姿が見え始めた。

 クランツの首が強く握られて、完全に動きを封じられている。


「同志クランツ! 魔力強化で圧倒しろ! そいつは大した魔力強化が出来ていない!」

「して、る……ビクともしない……!」


 同志クランツが首を掴まれたまま、ヴァイドの前から動けずにいた。

 魔力強化込みの同志クランツをあそこまで封じている?

 ふと見ると、同志イハルトが少年によって切り裂かれていた。 

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