第49話 マニアは時として迷惑系となる
翌週の休日、オレとルーシェルはヴァイド兄さんと共に森を歩いている。
あれからレティシアとリリーシャはなんとかヴァイド兄さんの魔の手から逃れた。
さすがに学生の休日をあれ以上邪魔するような無粋な真似をするつもりはなかったみたいだ。
二人はやる気満々だったけどな。
でもいざ付き合わされたらあのレストランのチンピラどころじゃない。
オレもかつてはやられた身だからな。
それに付随して心配しているのはこれからの任務だ。
オレ達はヴァイド兄さんの任務に付き合わされている形になる。
「さて、メシにしよう。その辺に蛇でもいたら捕まえておけ」
「わかった」
オレが林を分け入ってから蛇を見つけて魔剣で刺す。
食料は現地調達だ。蛇の皮をむいて焼いて食べるとこれが意外とうまい。
少し前のルーシェルなら大騒ぎしただろうが、今は慣れてくれている。
パチパチと焼き上がる蛇を前にして、オレはようやくヴァイド兄さんから任務の詳細を聞かされた。
近頃、国内で召喚憑きが増えているとのこと。
召還憑きとは魔界召喚によって召喚された悪魔や魔獣に憑りつかれた者のことを言う。
正式名称はサモンマスターというんだが長い歴史の中、様々な事件を起こしている。
召喚した悪魔を使役できずに支配されてしまう者、精神や体を蝕まれて疫病をもたらす者。
そういった中で生まれた言葉が召喚憑きだ。
これについては歴史が深すぎてオレも調べ切れていない。
何せゲーム中でも深くは語られていないからな。
中には意図せずして、或いはやむを得ず召喚憑きになった人もいるから差別用語に近い扱いになっている。
召喚方法は長い年月をかけて失われていったはずだけど最近になって国内に増えているとヴァイド兄さんは言った。
その大元の討伐が今回の任務だ。
こんな問題くらい王家がどうにかできないものかと思うけど、そもそもあいつらはこの事件にすら気づいていない。
そんな中でバルフォント家の力で元凶の隠れ家まで特定したんだから恐れ入る。
どうやらレオルグは徹底して王家を服従させたいみたいだ。
簡単に言うと「我が国にそんな問題があったのか! さすがバルフォント家!」をやりたいんだろう。
「ヴァイド兄さん、敵の正体についてはわかっているのか?」
「おおよそな。だが今はその時ではない」
「なんでオレとルーシェルを連れてきた?」
「兄が弟を散歩に誘うのに理由がいるか?」
散歩。そう、ヴァイド兄さんにとって大体の任務は散歩に過ぎない。
焼けた蛇にかじりつくヴァイド兄さんがどこか暴力的だ。
「だったらギリウムでもよかっただろ」
「昔、共に散歩をしたことがある」
「昔はオレなんか目もくれなかったくせにな」
「お前がわずか7歳で任務を達成した時のことはよく覚えている」
オレがバルフォント家史上最年少で任務を達成したことに対して未だに対抗心を燃やしてるのか。
ヴァイド兄さんは戦闘マニアだけど負けたいわけじゃない。
戦闘マニアを裏返すと、あらゆる技を知った上で凌駕したいということだ。
今回の散歩もそれが目的だろう。
だったらオレは手の内を大して見せないだけだ。
もちろん相手によるけどな。
「ルーシェルはどうだ。訓練をさぼってないか?」
「はひ!? ま、まぁーぼちぼちかな」
「今度久しぶりに鍛えてやろうか? 例えば射撃訓練とかな」
「あーーーそれより最近はサバイバルにはまっているからぁ!」
ウソこけ。お前、オレと山籠もりした時もブツクサ言ってただろうが。
と、その時だった。
「いるな」
ヴァイド兄さんがスッと立ち上がった。
そして迷いなく大剣を鞘から抜いて水平に一閃、木々がバキバキと音を立てて倒れ始める。
「ヴァイド兄さんは気が早いな。オレならもう少し様子を見るぞ」
「気になるものは仕方がない」
距離が遠いからオレとしては待つつもりだったが、ヴァイド兄さんは敵と会いたくて仕方ないみたいだな。
その敵はローブを着て仮面をつけた魔術師風の人物だ。
「思ったより勘がいいな。魔力も気配も完全に消していたはずだが?」
不敵に笑うそいつはヴァイド兄さんを前にしてもまったく動じない。
そこそこ骨がありそうな相手だけど、こいつをあぶり出したのはヴァイド兄さんだ。
獲物を横取りするような真似はしたくない。だけど戦いたい。
「ヴァイド兄さん、あいつの相手は」
「私がやる」
「だよな」
ヴァイド兄さんが譲るわけがない。
何せその目は子どものように輝いていて、抜いた大剣を鞘に納めているんだから。
ということはまた今回も――
「ネズミが近づいていると思って来てみれば、たった三人とはな」
「そんなことはどうでもいい。かかってくるなら早くしろ」
「やれやれ、そう焦らずとも……やってやるよッ!」
男の周囲に魔法陣がいくつか出現して、そこから次々と光線が放たれる。
それが左右に動くものだから、オレ達はさながら電流イライラ棒みたいに避けなければいけない。
まるで拡散レーザーのような魔法だな。
「むぅっ!」
「ほう、これを避けるか。だが近づけんだろう?」
「これは……」
「お前の敗因は私を察知した時点で仕掛けなかったことだ。私はそういう強者気取りを余裕をもって潰してきた」
オレはオレでかわし続けるが手を出すわけにはいかない。
ヴァイド兄さんがすでに出来上がっているからだ。
「複合魔法! 光と雷を一点集中することで速度と威力を増している! 通常であれば軌道が疎かになるところだが、ブレずに実現できているのは一重にあの魔法陣のおかげだろう! あの魔法陣が支柱となってその周囲に光と雷をまとわせている! これはいわゆる光と雷の魔法剣を振り回している状態といっていい! 魔法エンチャントはただでさえ繊細な技術が必要だというのに複数本同時、しかも直線的な動きとはいえ動かせるとは恐れ入る! いや……ただの魔法エンチャントではない! 通常、魔法エンチャントというのは武器などに付与するものだ! これは魔法陣の支柱にエンチャントしている状態か! なるほどッ! これは面白い!」
「……えぇ?」
敵にあの反応をさせてしまうのがヴァイド兄さんだ。
そりゃこうなるよな。だけどヴァイド兄さんにとってはこれが平常運転だ。
微塵もかすらせないくせにやたらと褒め称える。
そして怖いのがここからなんだよな。
ヴァイド兄さんが造作もなく男の間合いに飛び込んだ。
その速度はあいつの魔法を超えている。
「チッ!」
「だがそうではない!」
「うっ! は、離せ! 腕が……」
「今度は魔法陣を消してみろ! そうすれば初動を見切られることなく奇襲できる!」
ヴァイド兄さんが男を完全に捕まえてしまった。
その様子は巨大な獣に組み伏せられる獲物のようだ。
圧倒的な膂力であいつは腕を押さえつけられてから、強引にポーズを取らされた。
「いいか。おそらくお前は魔法を放つ時に下準備として魔法陣の魔術式を構築するのだろう。しかしそれでは遅い。まずは魔法陣なしでイメージしてみろ」
「なんだ、こいつ……魔力強化最大でもビクとも……!」
かわいそうに。半端に僕が考えたすごい魔法(笑)なんか見せるからそうなる。
こうなったヴァイド兄さんは止まらんぞ。
暇だから蛇でも食べようかと思ったが、すでにあの魔術師にめちゃくちゃにされた後だった。
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