第48話 兄がジャンボパフェ食ってる

「うむ、やはり休日は糖分補給に限る」


 ヴァイド兄さんはレストランに入るなり、ジャンボパフェを注文した。

 それは成人の頭部ほどあろうサイズのパフェで、どこから食えばいいのかわからんほど大きい。

 見てるだけで胸やけしそうだけどここにもう一人、ジャンボパフェを注文した奴がいた。


「少しボリュームが足りてないわね。もう一つ頼むわ」


 リリーシャの前にジャンボパフェが二つ並ぶ。

 これにはヴァイド兄さんも目を見開く。


「……私も一つ追加だ」

「おい、ヴァイド兄さん。負けず嫌いなのはわかるが任……じゃなくて仕事に支障きたさないのか?」

「こんなもので支障をきたすような体は作っていない」


 などと訳の分からない供述をしており、ヴァイド兄さんの前に無事ジャンボパフェが二つ並ぶ。

 ガツガツと食べる二人を見ていると食欲が失せるな。

 オレとレティシア、ルーシェルは無難なものを注文した。


「アルフィス、学園のほうはどうだ? 決闘の戦績で全学年一位を取ったんだろうな?」

「いや、決闘はそこまでやってない。どちらかというとここにいる奴らと訓練をしている」

「ということは大した順位ではないのだな。私が学園に在籍していた頃は一年の一学期で一位を取ったものだがな」

「順位は知らん。オレの場合、戦績を上げたところで大した恩恵はない」


 決闘の戦績は学年別と全学年ごとにランキングがある。

 当然戦績がよければ進路によっては就職先が有利になるし、学園内でもでかい顔ができた。

 あのデニーロ派とかいう派閥が最たるものだ。


 力のない一般生徒の中にはどこかの派閥に所属する人間がいる。

 そうすることでトラブルを避けられるし、何か起こった際には守ってくれることもあった。

 今はデニーロ派が魔道具の爆発事故で退学したせいで、勢力図が塗り替わっているだろう。


「あのギリウムも最終的には学年全体で一位を取った。お前はそれでいいのか?」

「お山の大将に何の価値があるんだよ」

「……では私もその類だと言いたいのか?」


 ヴァイド兄さんの逆鱗にわずかに触れたみたいだな。

 だけど凄んだところで口の周りに生クリームをつけてちゃ格好がつかないがな。


「さぁ? 好きに解釈しろよ」


 オレは媚びるつもりはない。

 ヴァイド兄さんもそういうのは嫌いのはずだ。

 その証拠にまたパフェをモリモリ食べ続けた。


「ルーシェルはよく知っている。だがレティシアにリリーシャは少し気になるところだな」

「ど、どういうことでしょうか?」

「レティシア、お前が知りたい。それとそちらのリリーシャもだ」

「はひぃぃーー!?」


 レティシアが取り乱すのも無理はない。

 リリーシャは軽蔑しているかのようにヴァイド兄さんに冷たい視線を送っている。

 お前も誤解させるようなこと言ったくせにな。 


「ヴァイドさん、それはどういう意味かしら?」

「お前達の実力が知りたい。どんな技を持つのか、どんな魔法を使うのか、私は非常に興味がある」

「それは……」


 リリーシャの言葉を遮るように遠くの席でテーブルがひっくり返った。

 柄の悪そうなチンピラ風の男がテーブルを蹴り上げたところだ。


「おいコラァァッ! 舐めんのも大概にしとけやッ!」

「大変申し訳ありません!」

「髪の毛入りの料理なんざ出しておいてよぉ! 謝って済まそうとしてんじゃねえぞ!」

「ひっ!」


 男が店員の胸倉を掴んだ。

 拳を固めて今にも殴ろうとした時、いつの間にかヴァイド兄さんが男の後ろにいる。


「おい」

「あぁ! なんだてめ……」


 チンピラが振り向くと、そこには筋骨隆々の男が立っているんだからそりゃ停止する。

 やっちまったとばかりにチンピラは後ずさった。

 あぁ、悪い癖が出たか。


「今のはいかんな」

「な、なんだよ。文句あんのかよ」

「あぁ、あるぞ」


 ヴァイド兄さんはチンピラの腕を握った。

 そして強引に肘や腕、足を固定。

 その膂力に逆らえず、チンピラはされるがままだ。


「お、おい! なんだってんだよ!」

「重心がよくない。今の蹴りでは足を痛めるだろう。まずはこの姿勢を意識しろ。体に負担なく、余計な力がかかりにくい」

「か、か、勝手なこと言ってんじゃねぇ!」

「よし、その姿勢から私に蹴りを放て」


 ヴァイド兄さんは仁王立ちをしてチンピラの蹴りを待ち構えている。

 客も店員も誰もこのペースにはついていけない。

 チンピラはタジタジになりながらも、上等だとばかりに蹴りを放った。


 その蹴りはヴァイド兄さんの腹に直撃するが、巨大な岩のごとくビクともしない。

 蹴りを入れたチンピラはすぐに足に激痛が伝わったみたいだ。


「いでぇぇーーーー! 足が、足がぁ!」

「む、少し鍛えが足りていないな。仕方ない。今度は避けてやるからもう一度やってみろ」

「いい、もういい!」

「よくない。筋は悪くないぞ。さ、来い」


 ヴァイド兄さんがドンと胸を張った。

 チンピラは足を引きずりながら、この場から離れていく。


「か、金は払う! もう帰る!」

「……ありがとうございました」


 チンピラが店員に金を渡して店から出ていった。

 ヴァイド兄さんは困った顔をしながら、人差し指で頬をかく。


「むぅ、惜しいな」


 誰もが静まっている中、オレは冷静にコーヒーカップに口をつけていた。

 ほんとに悪い癖だよ。

 あれは相手を鍛えようとしているんじゃない。単なる興味本位だ。

 その意味不明さはリリーシャでさえ引いている。


「ア、アルフィス。あなたのお兄さん、少しというかだいぶ変わってるみたいね」

「ヴァイド兄さんはな。鬼神だの剣聖だの国崩しだの言われているけど一言でいえば戦闘マニアだ」

「戦闘マニア?」

「ただのパンチだろうが蹴りだろうが、ヴァイド兄さんはすぐに興味を持つ。もっといい技が見たいってだけでな」


 オレの言葉を聞いてリリーシャは二の腕をさすった。

 もしヴァイド兄さんに興味を持たれてしまったらどうなるか、やっとわかったみたいだ。

 ヴァイド兄さんの前ではどんな些細な暴力だろうが見せてはいけない。

 あのチンピラみたいに心が折られるからな。


 そうやって相手のポテンシャルを高めた上で戦いたがっている。

 技へ興味を持ち、それに自身が打ち勝つことを至上の喜びとしていた。

 つまり負けず嫌いを拗らせた究極の負けず嫌いってわけだ。


「あの男は惜しかったが仕方がない。さて、食事の続きをしよう」

「まだ食うのかよ」


 ヴァイド兄さんが席について、ジャンボパフェを更に追加した。

 さすがのリリーシャも対抗するようなことはしない。

 ルーシェルもヴァイド兄さんの前だと大人しいんだよな。

 前に調子こいて矢で攻撃をした時なんか、一晩中攻撃を実演させられたもんだからトラウマになってやがる。


「アルフィス。次の休日は空けておけ」

「ん?」


 ヴァイド兄さんはそれ以上何も言ってこなかった。

 大方予想はつくけど、まさかヴァイド兄さんから誘われるなんてな。

 少しは面白いことになりそうだ。

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