第47話 一難去って兄が来た
「レティシア王女、なぜ隣国の公爵様がいらっしゃったのでしょうか!」
「戦争などの心配はないですよね!?」
「レティシア様!」
一難去った後、王都の民が矢継ぎ早にレティシアに質問をぶつける。
終わってみればだいぶ異常事態だったとようやく認識できたみたいだ。
戦争の心配をする王都民の気持ちはわかる。
ただし一般的に言われている隣国戦争で戦った相手はオールガン国じゃない。
この国が戦争をした相手は西のギアース国だ。
オールガン国はあくまで中立という立場を貫いて隣国戦争に関与していない。
というのが昨日までの認識だ。
あのヘズラーを見ていると、どうもキナ臭い。
確かに見た目からしてろくでもない奴だが、さすがにあそこまで横暴に振る舞うほどアホか?
いや、アホの可能性はあるが。大いにあるが。
アホが強気になる時は大体後ろ盾がある時だ。
アホ一人じゃ権力がなければろくに拳を振り上げられない。
何にせよ、オレの想定外の事態が起こっているのは確かだ。
実に面白い。
これはアルフィスルートに入ったと解釈していいだろう。
ただしゲームのように必ずしもハッピーエンドになるとは限らない。
最悪、オレが殺されたらゲームオーバーだ。
「アルフィス様、さっすがです! さっきの奴らも大したことなかったですね!」
「グリムリッターはあんなものじゃない。あれはいわゆる二軍だろう」
「二軍?」
「主戦力じゃないってことさ。あのデブは公爵みたいだったが、デブに限らず貴族に与えられる戦力なんて余りものばかりだ」
ルーシェルはひぇーとばかりに青ざめている。
こいつ、ホント自分より弱い奴にしかイキれないよな。
ルーシェルの反応はもっともだが、考えてみたら当然だ。
どこの世界に一番大切で強い戦力を与える奴がいる。
いざという時のために王族達が主戦力を確保しているに決まっているだろう。
「主戦力じゃない、ね」
オレの話を聞いてリリーシャもまた苦い顔をしている。
自分一人じゃデアキニー達を倒すのは難しかったと自覚しているからだ。
ましてやそれが二軍相手と知ったんじゃプライドがまた崩壊しかねない。
それでも一人は瞬殺したんだから誇るべきだ。
学園の一般生徒じゃ、あの二軍にも歯が立たないんだぞ。
「レティシア様!」
「騎士団の方々……」
今頃になって我が国の騎士団が到着した。
息を切らしていかにも急いできたって感じだが、そもそも遅すぎる。
疲れているのだって普段から体力作りをさぼっているせいだろう。
この様じゃ、あのヘズラーの言う通りだな。バカにされて当然だ。
レティシアが経緯を説明すると、騎士の一人が大急ぎで頭を下げた。
「そのような有事にも関わらず、出遅れてしまって申し訳ありませんでした!」
「いいんです。それよりこのことをお城に報告していただけますか?」
「ハッ! ただちに!」
すでに終わった後だと知って安心しているな。
だからあんなに元気よく頭を下げられる。
どうしようもない奴らだが、この状況を作り上げたのはバルフォント家だ。
レオルグの代になってバルフォント家が積極的に動くようになったものだから、騎士団は暇になる。
いわゆる平和ボケってやつだな。
王都なんかはまだマシで、地方なんかはとんでもないことになっているだろう。
騎士が張り切って走り去る様子をレティシアは憂いを含んだ目で見送った。
「これではいざという時にどうしようも……」
子どもの頃から国や騎士団の在り方に疑問を持っていたレティシアとしては面白くないだろう。
その元凶を父親に持つ身としては、どの口で何を言えるかという話だ。
だけど今はそんなことはどうでもいい。
「レティシア、次はどこへ行く?」
「はい?」
「せっかくの外出中だぞ」
「……そうですね」
そう、今のオレ達は休日を満喫している学生だ。
国内のゴタゴタなんて気にする必要はない。
とはいってもどこへ行けばいいんだろうな?
すでにレティシアの周りにたくさんの人間が群がっているし、混乱を沈めないことにはな。
まったくあのデブ、学生の休日を邪魔しやがって。
「アルフィスか」
その時、騒がしかった人達がピタリと静まる。
まるで動物の群れが危機を察知したかのように落ち着いて、全員が同じ方向を見た。
「ヴァイド兄さん……」
バルフォント家長男のヴァイド兄さんが歩くごとに人々がモーゼに割かれた海のように左右に避ける。
獣のような眼光に背中まで伸びたボサボサの髪、肩を露出させた極めてラフな服装。
筋骨隆々で引き締まった肉体に誰もが目を奪われた。
「あ、あれって剣聖ヴァイドか?」
「鬼神ヴァイドだ……」
「国崩しが王都を歩いている……」
いくつ異名があるんだよって感じだけど、それがヴァイド兄さんの実力だ。
それはつまりどう呼んでもしっくりこないほどの強さと名声が知れ渡っていることでもある。
国崩しは隣国戦争後のどさくさに紛れて建国した小国を滅ぼした時についた異名だったかな。
小国とはいってもギアース国の宰相が敗残兵と共に反乱を起こして独立した国だから、そこそこの規模はあったはずだ。
セイルランド国とギアース国の中間に陣取って貿易を支配しようとしなければ、もっと長生きできただろうに。
「先程、オールガン国のエンブレムをつけた馬車とすれ違ったのだが何があった」
「ここじゃ何もわからないな」
なんてことない会話だけど、これは何かあったという返答だ。
つまり必然的にバルフォント家の出番であることを示している。
ヴァイド兄さんは何も言わずにオレの瞳の奥すら射抜くように覗き込む。
普段は物静かで口数が少ないけど、ヴァイド兄さんは極度の負けず嫌いだ。
それだけに少し厄介な癖を持つ。
「私も息抜きで王都まで来ていてな。そちらの女生徒はお前の友人だな。ふむ……」
ヴァイド兄さんは今度はレティシア達を見つめた。
まるで捕食者に見つかったかのように、レティシアとリリーシャの表情が強張っている。
「ルーシェルはよく知ってる。他にはレティシア姫か。それにパーシファム家のご令嬢……ふむ。なるほど、ほう……」
「あの……?」
「王都にいい店があってな。そこのパフェが絶品なのだ。よかったら一緒に食事でもどうだ?」
「はい?」
ヴァイド兄さん、完全にロックオンしやがったな。
だけど今日は休日だからな。思うようにはさせない。
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