第46話 髪の毛を斬られたら無傷とはならない、よな?

「ヘズラー公爵よ。ずいぶんと気が大きいじゃないか」

「貴様は何であるか!」


 次から次へと登場人物が出てきて忙しいだろうな。

 ヘズラーは上擦った声を上げながら、グリムリッターの隊長格らしき男の後ろに隠れた。

 その隊長格の男が手に取ったのは槍だ。


 その極太の槍は成人男性が二人がかりでも持つのが厳しいほどの重量感がある。

 そんなものを悠々と両手持ちしているのだから、よほど膂力に自信があるんだろう。


「それ以上ヘズラー様に近づけば殺す」

「他国の王都にまでやってきて何を言ってるんだよ。今回のことは事前に国王に伝えているんだろうな?」

「貴様に言う必要はない」


 さすがマシーン部隊だ。

 オレに対して何の感情も見せず、ただヘズラーを守ることしか考えていない。

 雇われとしてはこの上なく立派で頼りになるだろう。


 ただしバルフォント家ならそんな奴はいらない。

 命令に忠実ということは命令以上の成果を上げられないってことだ。

 言われたことをやるなんて、オレ達なら幼少の頃に通り過ぎている。


 例えばオレがあいつらの立場なら、とっくにレティシア含めて殺している。

 立ちはだかった時点で脅威なんだから事前に排除しておくのが当然だろう。

 それをお行儀よくオレが襲いかかるまで何もしないんだからな。

 この点に関してはリリーシャのほうがまだ決断が早い。


「うぬぬ! デアキニー! とっととそのガキどもを始末しろ!」

「かしこまりました」


 デアキニーと呼ばれた大槍の男の突きが放たれた。

 空を貫くほどの風圧を感じつつも、オレは最小限の動きで横にスライドする。

 うん、なかなかの練度だな。


「……この私の突きを回避するとはな」

「デアキニー! 一撃で仕留めるである!」

「現在の私の戦闘能力では不可能です。この少年は只者ではありません」

「なんだと! それでも真天と恐れられた男であるか!」


 あのデブはわかってないけど、槍の間合いは剣とは比較にならない。

 あえて間合いに入ったオレに当てられないことの重大さはあのデアキニーがよくわかっているはずだ。

 残りのグリムリッターがレティシアやリリーシャを放置して、オレを取り囲む。


「さすがに引き際を考えろよ。オレはそこのデブを一発ぶん殴れたらそれでいいんだからな」

「ヘズラー様に危害を加えると言うのなら容赦せん」

「忠実なことだな。給料高いのか?」

「貴様に言う必要はない」


 まぁないよな。

 オレはヘズラーに向けて嘲笑した。


「なぁ、デブ。オレがお前をぶん殴れたら、もう安心してノコノコと出かけられないよな」

「そんなことは万が一にもないである! グリムリッターはこの国の騎士団などとは比較にならんである!」

「それは認めるよ。何せここの騎士団は訓練は適当だし、遠征なんかしようものならさぼり放題だからな」

「フヒヒヒヒッ! それ見たことであるか! グリムリッターの別名は暗黒童話! 貴様はこの大陸でもっとも敵に回してはいけないものを敵に回したである!」


 オレが二度目の嘲笑をした際に動く。

 デアキニーの突きが放たれて、他の護衛から繰り出される斬撃の嵐。

 太刀筋に無駄がなく、全員がブラッドマンティス以上の精度で斬りかかってきた。


「悪くない」


 さすがは精鋭部隊、屋敷の守りを任せている使用人と戦えばそこそこの勝負になるはずだ。

 そう思いつつ、オレが最小限の力で斬撃を弾くと全員がバランスを崩した。

 デアキニーの突きの連撃はギリギリ鼻先まで引きつけてからかわす。


「おらぁぁッ!」

「なっ!?」


 そんな槍を魔剣で斬り上げると、デアキニーが槍ごと体を浮かせる。

 その隙にダッシュで駆け抜けた先にいるのはヘズラーだ。


「よぉ」

「ひっ!」


 ヘブラーの顔面に拳をめり込ませた。

 歯が飛び散り、鼻も折れたヘブラーが背中から馬車に激突する。


「ぶごぉっ!」


 豚みたいな声を出したヘズラーは見事に気絶していた。

 ひどい顔が更にひどくなっているな。


「ヘ、ヘズラー様!」

「ぶ、ぶぎ、ぶぎっ……」


 執事がヘズラーをゆすっているが、たぶんしばらく起きないぞ。

 そしてあの体を馬車まで運ぶのも一苦労だろう。

 まぁあの巨体に衝突された馬車は側面が破損しているけどな。


 一方でデアキニー達は動けずにいた。

 そんなこいつらの肩を後ろからトントンと叩く。


「お前ら、なかなかやるな。さすがこっちも無傷とはいかなかったよ。ほら、この髪が少しだけ切れてるだろ?」


 デアキニーは動かない。

 その額から流れる一筋の汗があいつの内心を表している。

 それを理解したデアキニーが槍を地面に置いた。


「ボルク執事、この少年は私の手には負えない。ヘズラー様を連れて王都を出るぞ」

「そ、そんな勝手な……」

「我々の役目はヘズラー様を守ることだ。ただしこの少年と戦えば、それも達成できなくなる」

「仕方ありません……」


 散々お騒がせしたヘズラーご一行は馬車ごと王都の門へ引き返していく。

 気絶したヘズラーを抱えたデアキニーは去る際にちらりとオレを見た。

 引き際としてはギリギリだな。


 だけどあいつら、オレが出てきた途端に真っ先に警戒したな。

 それはレティシアとリリーシャに戦意がなくなっていることを瞬時に見抜いたからだ。

 あの二人のことだから、オレがいれば自分達が出しゃばる必要もないと考えたんだろう。


「アルフィス様、おかげ様で助かりました」

「お前じゃあいつらの相手は難しかったな」


 黙っているリリーシャも自分で全員の相手は無理だとわかっている。

 だからあえてオレに何も言ってこない。

 正義感が強いのはいいが力量が伴ってくれないとな。


「あ、あの、ありがとうございました……」

「子どもに怪我はないみたいだな。災難だったな」


 ヘズラーに平手打ちされた女性が深々と頭を下げた。

 子どものほうもよくわからないといった様子ながら、母親の真似をする。

 よく教育されているじゃないか。

 うちのギリウムなんか未だにオレが脅さないと、じゃなくて諭さないと謝れないからな。

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