第45話 やりたい放題だが本当に大丈夫か?

 あれは北にあるオールガン国のヘズラー公爵だったか。

 でっぷりと太っただらしない体型に蝶ネクタイ、趣味の悪いピンクと赤のストライプ模様のスーツ。

 そのヘズラーが多数の護衛を引き連れて、馬車から人々を見下ろしていた。


「久しぶりに来てみれば相変わらず狭い町であるな。まったくいつになったら王都へ着くのやら……」

「ヘズラー公爵、ここがすでに王都でございます」

「おおぉっーーと失念んんんーーー! フヒヒッ! この分では騎士団も大したものではあるまい!」

「我が国のグリムリッターは大陸最強ですからな」


 ヘズラーがわざとらしく勘違いをして、側近の執事が突っ込む。

 遥々とやってきてクソみたいな漫才をしてやがるな。

 すでに皆が白けているのがわからないようだ。


 それにしてもオレが知らないイベントが発生してしまったな。

 つまりあいつが何の用で来たのかまったくわからない。

 ヘズラーといえば終盤でちょろっと出てくる程度のちょい役だったはずだ。

 こんな逆ユニークな奴だったとは。


「あれは確かオールガン国のヘズラー公爵……」

「レティシア、あいつがこの国に訪問する予定なんてあったのか?」

「学園に在籍中はお城での公務には携わってないのでそこまでは……」

「ふむ、なるほどな」


 隣国から公爵がアポなしでやってくるなんて普通は考えられないな。

 気になることはあるが、現時点では見送るしかないか。


「ほれほれぇーーー! とっとと道を開けるであるぅ! おい! そこのガキィ!」


 ヘズラー行列の前にいたのは幼い少女だ。

 まだ分別がつかなそうな年齢の子で、母親が慌てて出てくる。


「大変申し訳ございません! すぐにどかせます!」

「貴様、ド平民の分際で私の進行を妨げたであるな。そこに立っているである」


 ヘズラーが丸々とした体ごと、よっこいしょと馬車から下りる。

 それから少女の母親の前に立つと思いっきり平手打ちをくらわした。


「あっ……!」

「ド平民のカスが私の進行を妨げるなど許されんである。この女、無事では済まさんであるぞ」

「お、お許しください!」


 おいおい、さすがに他国に来てここまでやるか?

 すぐに騎士団がやってきて問題になるぞ。


「あぁ! この手が汚れてしまったである! おい! ド平民! どうしてくれるであるか!」

「すみません、お許しください……」

「ままぁー!」


 少女が母親に縋りついて泣き始めた。

 騎士団に対処させようと思ったが、さすがに胸糞悪いな。

 というか到着が遅すぎだろ。なにやってんだよ、あいつら。


 やれやれとばかりにオレが行こうと思ったらすでにレティシアが親子をヘズラーから庇うようにして立った。

 立場的に大丈夫か?


「ヘズラー公爵、やりすぎではありませんか?」

「なんだ貴様は。誰に向かってものを言っているであるか」

「私はレティシア、この国の王女です」

「レティシア? あぁーー! そうであるか! あんなに小さかったのにずいぶんと大きくなったであるなぁ! 色々と!」


 クソみたいなセクハラまでぶち込んでヘズラーは下品に笑う。

 だけどレティシアにその手の攻撃は通じないぞ。

 耳年増のクソ天使は顔を赤くして憤慨しているが。


「アルフィス様! あのエロデブ、ぶち殺しましょうよ!」

「まぁレティシアだけに先陣を切らせるわけには……おい、リリーシャ。なにをやってるんだ」


 リリーシャがつかつかと歩いてヘズラーに近づこうとするが護衛が立ちはだかる。

 あの護衛は確かオールガン王国のグリムリッターか。

 グリムリッターは王族が民から吸い上げた税金を注いで完成させた戦闘部隊だ。

 童話の世界から出てきたかのような現実感のない強さから、そう名付けられた。


 まるでマシーンのように任務をこなすことで有名で、内紛が起こった際には顔色一つ変えずに近隣の村の女や子ども問わず虐殺している。

 敵軍の戦力が300に対してグリムリッターはわずかその十分の一なんだから、化け物揃いってわけだ。

 それはそれとして前世ではこの世界にもグリム童話はあったのかという突っ込みをしたなぁ。

 

 そしてあっちの国では王族が貴族に一定の戦力を貸し出すことになっている。

 国への貢献度や忠誠度が高いほど身の守りを固められる恩恵を受けられるわけだ。

 これ以外にも王族は貴族達に様々な支援を行っていた。

 だからあちらの貴族社会では王族にいかに気に入られるかという競争が起こっている。


 王族と貴族が持ちつ持たれつやっているこの国とはまったく違う。

 その代わり、あっちでは王族による絶対的な支配体制が確立している。

 バルフォント家みたいなのを出さない対策としては上出来な社会システムだ。


「小娘、止まれ」

「嫌よ。あなたがどきなさい」

「それ以上近づけば排除する」


 リリーシャは相手の有無を言わさず片手に火球を作りだして直接その顔にぶつけた。

 グリムリッターの男の顔面がほぼ吹き飛んで転げまわる。


「が、うがぎぎぁぁぁーーーーー!」

「口で言ってるうちにどかないからそうなるのよ」


 沸点低すぎだろ。なにやってんだ。

 ていうかグリムリッターのあの男は決して弱くないぞ。

 学園の生徒が束になっても敵わんくらい強いはずだが。

 やっぱりあいつ、かなり強くなっているな。 


「な、なんであるか! 何が起こったであるか!」

「そ、この、女、に……う、熱いィ……」

「おい! まさか一撃でやられたであるか!」


 リリーシャが凛とした姿をヘズラーに見せつける。


「リリーシャ・パーシファム。軍事大臣ブランムドの娘よ。どうせ聞くんだから先に名乗ってあげたわ」

「ブランムド! すると貴様はあの時の生意気なガキであるか!」

「いつぞやの懇親パーティで会った時から変わらないわね。で、今度は何の用?」

「貴様に関係ないである! それよりよくもやってくれたであるな!」


 ヘズラーの周囲にいた残りのグリムリッターがリリーシャを取り囲む。

 見たところ、リリーシャが倒した男より強いのがちらほらいるな。

 だけどヒヨリが満足するほどかというと、どうなんだろうか。


「んー、アルフィスや。斬るならあの隊長らしき男だけにしておくのじゃ。他はおやつにもならん……むにゃむにゃ……」

「いくら退屈な相手だからって寝るな。あれでも精鋭部隊だぞ」


 色々と謎が多いがリリーシャやレティシアが出しゃばった以上、オレが引っ込んでいるわけにもいかない。

 手荒なことになりそうだが、後処理は世界王に任せよう。

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