第42話 強さとは生存力だ
オレとルーシェルは連休を利用して魔剣ディスバレイドがあったジムル山脈に来ていた。
時間さえあればオレ達はこうして自然の中で鍛えている。
人間相手の訓練もいいが、それだけだと戦闘能力の向上しか見込めない。
強さとは生き残る力だ。
学園の決闘みたいに一対一で向かい合って戦う場面ばかりとは限らない。
現実は不意打ち上等だし、心の準備をさせてくれるような奴もいない。
「アルフィス様ぁ、飛ぶの禁止ってひどくないですかぁ」
「お前の場合、ピンチになるとすぐ飛んで上に逃げる癖があるからな。ある程度の達人相手なら読まれるぞ」
ルーシェルはブツクサ文句を言いながら木の枝を杖にして歩いている。
ベタなことしやがって。
「でも飛べば飛び道具でもない限り狙いようがないじゃないですか」
「お前は常に飛んで生活するのか? 地上にいる時に命を狙われたらどうする?」
「だから飛んで逃げますよぉ」
「そんな暇を与えてくれるような奴には負けないだろ。遠くから矢でも撃たれたら終わりだな」
オレがわざと意地悪く言うとルーシェルが唇を尖らせている。
こいつの今のメンタルはストーリー中に倒される中ボス時の時と同じだ。
戦う前は散々イキり散らかして、負けたら言い訳めいた捨て台詞を吐いて逃げる。
そんな姿勢じゃ最強の隠しボスには程遠い。
というか一緒に行動していて思ったが、ゲームのルーシェルはどうやってあんなに強くなったんだ?
転生する前は気にしてなかったけど、ゲームでも設定資料でも一切不明なんだよな。
魔物図鑑には「すごくがんばって鍛えたのだ」とかふざけたこと書かれていたっけ。
「はぁ……はぁ……あーーーもぉーー指一本動かせない! 無理無理無理無理ツムリィ!」
「仕方ないな。少し休むか」
「さっすがアルフィス様ぁ! 汗を拭きますね!」
「余裕で動けるじゃねえか」
しめたとばかりにルーシェルが布でオレの顔中を拭きまくる。
こいつを鍛えるとは言ったものの、スパルタ指導をするつもりはない。
そんなものに意味なんかないからな。
それにここで重要なのは自然界での戦い方だ。
この自然界ではいつ魔物が襲ってくるかわからず、常に警戒する必要があった。
全方位、気配、音、匂い、糞や獣道など。あらゆる痕跡に敏感にならないと、やられるのはこっちだ。
常に命の危険に晒されることによって感覚や勘を研ぎ澄ます。
戦いってのは技術ばかりじゃどうにもならない。
敵の気配や動きで先読みして当てることも大切だ。
そこに敏感になるにはやはり生存能力だろう。
魔物は常に自然界で生きているからか、これが人間以上に発達している。
やばいと思った相手からは逃げるし、動きを読んでくることさえあった。
あのエンペラーワームがやたらと強かったのも、たぶんそこが絡んでいる。
今思えばあいつはオレがどう動くか、先を読んでいた節があった。
あの図体であんなにバカスカ当ててくるのはマジでやばかったな。
「あの、アルフィス様。手持ちのアイテムを見たんですけど、寝る時のものが不足してる気がするんです」
「野宿だからな。木の根を枕にして眠る」
「えぇーーーー! 変な姿勢で寝たら首が痛くなりますよ! 八年前は色々持ってきたじゃないですか!」
「あの時は備えがなかったらさすがに死ぬだろう。というか、でかい声を出すな。変なのが寄ってくるぞ」
ルーシェルのせいですでに勘づかれたみたいだ。
茂みの奥からやってきたのはブラッドマンティスが四匹。
八年前のオレ達なら一匹でもご免こうむりたい相手だ。
「あーーわわわ! こいつらボク達だけで勝てますかねぇ!?」
「勝てなかったら終わってるぞ」
こいつらの鎌は鎧ごと人間をぶった斬る。
間合いに入った途端にすべてが決着すると言われるほど速い。
「こいつらは煮ても焼いても食えない。食えるのは経験のみだ」
足腰を魔力強化してあえて踏み込んだ。
一瞬の加速でブラッドマンティスの懐に潜り込むと同時に胴体を横に斬り裂く。
「接近戦は自殺行為だが接近しすぎ戦は有効だな。こんなに近いと鎌が届かないだろう?」
カマキリの鎌は獲物を逃がさないためにあるなんて言うけど、こいつは違うらしいな。
一匹やられたところでブラッドマンティスが一斉にオレに攻撃を繰り出す。
だけどオレは即もう一匹の間合いを抜けて接近、キスできそうな距離で頭を跳ね飛ばした。
その際に他二匹の間合いから外れるようしっかりと調整してある。
「セイクリッドスター!」
ルーシェルの矢が光となって二匹のブラッドマンティスを貫通する。
あまりに速いその矢は貫通後の光の一本筋しか痕跡を残さない。
この性能で複数体同時に攻撃できる不可視の矢は隠しボスをやっている時にレティシア達を大いに苦しめた。
防御や回避不可だから当然防御無視ダメージが入る。
どしゃりと倒れたブラッドマンティスを見て安心したルーシェルがニカッと笑う。
「アハハハハッ! なんだ、大したことないじゃん! ざーこ!」
「お前は弱い相手にはとことん強いな」
「アルフィス様! どうですか! ボク、強いですよね!」
「強い強い」
「えーへへへぇ!」
強くなったんだから頭くらい撫でてやらないとな。
いやしかし、処理速度だけならオレより速いかもしれない。
まぁ攻撃直前の初動に隙があるから、オレには通用しないけどな。
「ずいぶんと張り切っておるのう。山遊びなどしている暇はあるのかの?」
「ヒヨリ、これは護衛選抜試験に向けた訓練だ」
ヒヨリがモクモクと煙のように立ち昇って具現化した。
こいつにとってはこれも山遊びなのか。
それが今のオレ達に対する評価だから、そこは真摯に受け止めないとな。
「護衛選抜?」
「学園見学にやってくる王族や貴族の護衛を学生の中から選抜するんだよ」
「学生の中から? そんなものにそなたが躍起になることもあるまい。それより先日のワームはよかったぞ。あれくらいなら、わらわもご機嫌なのじゃ」
ご機嫌なヒヨリだったが、わざとらしく大あくびをかいた。
まぁ気持ちはわかるがな。
「なぜそう思う? 護衛は通常の戦いとは違って難易度がグッと上がる。守りながらの戦いなんてなかなか経験できないんだぞ」
「選抜試験など、どうせあのガキんちょどもが相手なのじゃろ? 嫌じゃ嫌じゃー! せめて先日のワームくらい気持ちよく斬らせるのじゃ!」
「いやいや、別に直接あいつらと戦うわけじゃない。試験は一風変わっているんだ」
「ほぉ?」
ヒヨリが首を傾げて和服の裾をパタパタとさせている。
ルーシェルがそれこそキスできそうな距離で詰め寄って睨んでるんだが、そっちが気になってしょうがない。
「護衛選抜試験だからな。普通に戦ってたんじゃ何の意味もない。それに……」
「それに?」
言葉を続けようと思ったがやめておいた。
この世界がゲーム通りに進行するとは限らない。
オレがアルフィスとなったことによってイレギュラーなイベントが起こる可能性だってある。
言い換えればゲームでは存在しなかったアルフィスルートだ。
裏技で敵キャラのストーリーが楽しめるアレと似たようなものだな。
ただし問題なのはそんなものはゲームでもプレイしたことがない。
敵キャラのアルフィスを操作するなんて機会はなかった。
だからこそ面白い。ここから先、何が起こるか。
「まぁ学生だからとバカにするもんじゃない。少しはマシな奴が出てくるさ」
「ホントかのー?」
「まぁ勘だけどな」
ヒヨリが疑わしそうにまた大きく首を傾げた。
それに連動してルーシェルの首も曲がるんだが、いい加減に笑いそうになるからやめてくれ。
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