第二章
第41話 闇夜に誕生する新たなる力
「誰だ?」
夜、人の気配がない王都の路地裏にてセイルランド学園の一年のエリクは驚く。
授業が終わって寮の自室に戻る前に届け物のチェックをしたところ、差出人不明の手紙が届いていた。
その手紙にはちょうど今日の夜、この三番街の路地裏に来るように書かれていたのだ。
「なんだよ、他にもいるのかよ」
「お前は二年生の女子か。見たことがあるぞ、確かシェムナだったな」
エリクのところにやってきたのは金髪で褐色肌の女生徒だ。
「お前、見ない顔だからどうせ一年坊だろ。確かにアタシはシェムナ、こっちが先輩だから次にタメ口とか利いたら殺すぞ」
「すみませんでした。俺はエリク、一年です」
シェムナはエリクを見下した態度で好戦的だ。
柄の悪そうな彼女にエリクはため息をつきかける。
続いてこの場にやってきたのは茶髪で垂れ目の男子生徒だった。
「なにこれ? まさかこの手紙って俺以外にも来てたんだよん?」
「お前もセイルランド学園の生徒か」
「ナハハハハ! なんかこれって運命ってやつー? あ、俺は二年のムトーね」
ムトーがおどけて見せる。
軽薄そうな男子生徒にエリクは呆れた。
こんな形でもなければエリクとは一生関わることがなかったタイプの人間だ。
公爵家の息子のエリクは学園に入学して以来、退屈していた。
退屈な授業、型通りの動きしか教えない実技、平凡なクラスメイト。
父親の意向だから仕方なく入学したとはいえ、エリクは仮病を使って何度か授業に出なかったことがある。
そんな彼のところに届いたのが差出人不明の手紙だ。
内容は至ってシンプルだった。
――君には退屈な毎日を変える力がある。召喚に興味があるなら来てほしい。
なぜ自分が退屈していると見抜いたのか、エリクは手紙を読んだ瞬間に背筋がゾワリとした。
そして召喚というワード、学園では禁止されていて教える授業もない。
隣国戦争以降、なぜか国が規制してしまったことを教育係りから聞かされてエリクは歯ぎしりをしたことがある。
「手紙の差出人はいつまで待たせる気だ?」
「もうここにいるよ」
「なにっ!」
エリクの背後にフードを深く被った仮面の人物がいた。
エリクは身構えるがその人物は微動だにしなかった。
「驚かせちゃったかな? 私が君達に手紙を出した」
「いつからここにいたんだ?」
「私の正体よりもそっちを気にするか。うん、見込んだ通りだ。やはり君には素質がある」
「召喚の素質か?」
「そうだ」
エリクは食い気味にフードの人物と言葉を交わす。
シェムナはその怪しさに警戒して、ムトーは鼻をほじる。
「エリク、シェムナ、ムトー。君達さえよければ、これからサモンマスターにならないか?」
「願ってもない。頼む」
エリクは即答した。
それに反感を覚えたのはシェムナだ。
「おい、一年坊。こんなあからさまに怪しい奴にホイホイ従うのか?」
「シェムナさんだってここに来た以上はその気があるんじゃないですか?」
「気色悪い言い方すんな、次にほざいたら殺すぞ。アタシはこんな舐めた手紙をよこす奴をボコボコにしてやろうと思ってたんだよ」
「得体のしれない奴を? 返り討ちにあうかもしれないってのに?」
エリクがクククと笑うと、シェムナが胸倉を掴んだ。
学園の女番長と恐れられた彼女の膂力は下手な魔力強化のそれを凌駕する。
魔法を一切使わずに唯一の女派閥を立ち上げたのが彼女だ。
しかしエリクはまったく臆することなくシェムナを見据えた。
「ウソだ。本当は俺と同じく刺激が欲しかったんでしょ?」
「あん?」
「だっていかにも欲求不満そうに見えますからね」
「おい」
シェムナが拳を握ったところでフードの人物が手を叩いて注目を集めた。
「はいはい、そういうのは学園でね。それより召喚についてどうだ? 興味あるかい?」
「なぁなぁ、召喚ってのはなんかいいことあるんだよん?」
「ムトー、サモンマスターは召喚した悪魔や魔獣などの力を借りるんだ。その際に魔力を含む基礎能力は飛躍的に上がるし、何より召喚したものの能力を使うことができる」
「ナハッ! おもしろそうじゃん! やるやる!」
ムトーは一番乗りとばかりにフードの人物の前から動かない。
シェムナはムトーの襟首を掴んで引きはがした。
「おい、やめておけ。何されるかわかったもんじゃねーぞ」
「なんで? やめる理由ある?」
「死んだおばあちゃんが言ってたんだよ。召喚は契約内容次第で身を滅ぼすってな。寿命の半分だとか一生金に困るとかね」
「くっだらな。正攻法しか信じない奴ってこれだからつまらないんだよん」
ムトーはおどけるようにして体をくるりと回転させた。
シェムナは殴る姿勢を見せたが、フードの人物が割って入る。
「ケンカはやめような。シェムナ、君は今の自分に満足しているかい?」
「どういう意味だよ」
「デニーロ派が消えたとはいえ、生まれつき魔法が使えないその体で学園内の派閥を維持するのも疲れるだろう。本当は限界を感じているんじゃないか?」
「なっ! アタシの何がわかる!」
いきり立つシェムナにフードの人物は不敵な笑みを浮かべている。
まるですべてを見透かすかのような瞳がフードの奥から覗いていた。
「……限界なんか」
シェムナは自分を慕っている人間の顔を思い浮かべる。
彼女達の期待に応えてやりたいと思う一心だったが、フードの人物に図星を言い当てられて急に疲れが出てきた。
「強制はしない。他の二人の腹は決まったようだから、縁がないなら失礼するよ。さぁエリクにムトー、行こうか」
「ま、待て!」
シェムナは去り行くフードの人物の背中に向けて叫ぶ。
フードの人物はピタリと足を止めて、そしてニヤリと笑った。
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