第36話 弱さを自覚できる奴は強い

 洞窟に入ると魔物の気配がまったくなかった。

 ここにもスティールバットだのザコモンスターがわんさかいたはずだ。

 ふと洞窟の壁の表面を見ると妙に平らになっていた。


 ワームが通ったせいで壁が削られているな。

 つまりこの洞窟の通路とほぼ同じ大きさのワームがこの奥にいる可能性がある。

 ワームの種類にもよるがオレ達の手に負えない上位種だったらどうするべきか。

 その時はその時だ。


「あいつらは暗闇でも関係なく動ける。ここは慎重に……リリーシャ?」

「あぅ、あぅ……」


 リリーシャがガタガタと震えている。

 やっぱりこの設定はあったか。こいつは暗い場所がすごく苦手だ。

 幼少期に暗い地下に閉じ込められたせいでトラウマになっている。


 強がっていたお嬢様キャラに意外な一面なんて言われていたのを思い出す。

 当然オレは知っていてリリーシャを指名して連れてきた。

 リリーシャはハイスペックキャラだが、これが唯一の弱点といっていい。


 戦いでも暗闇状態に極端に弱かったり洞窟内では弱くなってしまう。

 そんな状態では攻略し甲斐がない。

 リリーシャは火の魔法を松明代わりにしているけど震えは止まっていなかった。


「リリーシャ、手を出せ」

「え、なんで……」

「怖いんだろ? 手を握っててやる」

「だ、誰があんたなんかと……」


 言葉とは裏腹にリリーシャはさっきから一歩も動けていない。

 埒が明かないのでオレは強引にリリーシャの手を握った。


「ちょ、なに、何するのよ」

「時間が惜しい。これでもダメなら外へ出ていろ。オレがすべて片づける」

「バカにしないで……わ、私だって」

「じゃあ、証明してくれよ。強くなるんだろ?」


 リリーシャがゴクリと唾を飲み込んだ。

 そして一歩ずつ進み始める。壁に手をついて、ゆっくりと。

 今はこのペースで付き合おう。


 洞窟内を進んでいくと分かれ道があった。

 オレは再び壁をさすって確かめる。

 表面が滑らかになっている左方向がおそらくワームが来たところだ。


「わ、私が先頭を歩くわ。あなたじゃ前が見えないでしょ」

「無理をするな。オレは闇魔法のおかげで暗い場所でも見える」

「そう、なのね……」

「というかそうじゃなかったら、ここまで歩いてこれないだろ。それより戦闘はオレに任せておけ」

「そうはいかないわ!」


 口ではそう言いつつも、なかなか前へ進まない。

 リリーシャは自分がバカにされるんじゃないかと思っているけど、オレは何とも思っていなかった。


「強がるのはいいけど、そんな状態で戦いは難しいだろ」

「難しくない! さっきから本当にバカにしてるの!?」

「バカにしていない。むしろお前は自分の弱点を克服しようとしている。その時点で強いだろ」

「……え?」


 火魔法の松明に照らされたリリーシャの顔がきょとんとしている。

 やっぱりこいつオレにバカにされると思っていたのか。


「弱い奴ほど自分の弱点から目を逸らす。現実を見ようとしない。だけどお前は前へ進もうとしている。それはもう強者なんだよ」

「そう……なのかな」

「お前が本当に弱いなら洞窟に入る前に逃げ出していたはずだ。誇れ、お前は強い」


 リリーシャが何も言わなくなった。

 普段からクッソ負けず嫌いだし、オレにこんなことを言われるのは屈辱かもな。

 だけどこれがオレの本心だ。


「オレはそんなお前を尊敬する。だから守りたくなった」

「守りたく、なったっ……!?」


 リリーシャが狼狽した時、奥から声が聞こえてきた。


「うおぉぉーーーーー! しまったぁーーーー!」


 この声はガレオか。

 なんかすごく嫌な予感がするんだが、何をやらかした。


「おおおおぉぉ前らは一年ペアァーーーー! 逃げろ! ここはワームの巣窟だ!」

「そんなもんとっくに知ってる。で、何を連れて……」


 案の定、姿を現わしたのはガレオだ。

 問題はその後ろに大量のワームがいる点か。

 あまり大きな個体じゃないけど、あれはアースワームだな。


 地属性攻撃を得意とする一年生のフィールドにいちゃいけない魔物だ。

 しかもワームにしては堅かったと記憶している。


「き、きききき、来たわね!」

「リリーシャ、ここはオレがやる。お前は後ろを頼む」

「え、えぇ!」


 逃げろと言ってもどうせ聞かないだろう。

 だったら建前でも役割を与えてやったほうがこいつのプライドは保たれる。

 で、ガレオはてっきりオレ達を通りすぎて逃げるかと思ったら背中を見せて立った。

 おい、こいつマジかよ。


「一年! ここは俺に任せて逃げろ! ここは危険だ!」


 ちょっと待て。何してんだよ、こいつ。

 助けてもらうまでもないんだが?

 ていうかお前のほうがその数はまずいだろ。

 向かってきたアースワームに対してガレオが攻撃を仕掛けた。


「アースファングッ!」


 ガレオの体が岩の鎧で覆われて、両手には爪を装着している。

 これがガレオの戦法だ。得意属性は地、得意武器は爪。

 接近戦を得意としていて小細工はできないけどシンプルにアタッカーとして優秀だ。


「だあぁぁーーー! かってぇ! かてぇなコラァ!」


 まぁ問題は地属性の攻撃じゃアースワームにはダメージが通りにくい点だけどな。

 それでも退こうとしないのは先輩としての意地か。

 あの数を前にして怯まないどころか、オレ達を庇おうとするとはな。


「無理をするなよ、ガレオ先輩。オレがやる」

「うるせぇ! 一年はとっとと逃げろや! え、先輩って言った?」


 オレがアースワーム達に対して魔剣を一閃、千切れたあいつらは二つに分裂した。

 残った頭のほうで再び襲い掛かろうとするが無駄だ。

 斬られたアースワームが闇に包まれて次々と消失していく。


「は……?」

「ふぅ、こんなもんか」

「い、一年……今、お前がやったのか?」

「オレ以外に誰がいるんだよ、ガレオ先輩。まぁあんたもかっこよかったぞ」

「ま、また先輩って言ったな? ハハッ、ようやく俺を認めたか! ハハハッ!」


 オレが褒めるとガレオは気を良くしたのか、機嫌よく笑った。

 色々なことが起こって混乱しているとも思えるが、根は悪い奴じゃない。

 いざとなったら囮にしようと考えていたけど、少しだけ考え直してやろう。

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