第35話 リリーシャ・パーシファム
私はリリーシャ・パーシファム。
セイルランド王国の公爵家の正当なる後継者だ。
お父様のブランムドは魔術師団の総司令にして軍事大臣、いずれ私もその席に座らなきゃいけない。
パーシファム家に敗北の二文字は許されず、私は幼いころから厳しい教育を受けてきた。
物心がついて初めて読んだのは絵本じゃなくてあらゆる学問の書や魔術書だった。
朝から晩まで私はお母様やお父様に何度も叱責されて、時には叩かれたこともある。
それでもお父様とお母様は立派な人間であり尊敬している。
二人は私のことを思って厳しく指導してくださっているに違いない。
食事の作法や言葉の使い方まで、私は徹底して頭に叩き込んだ。
「リリーシャ。この家に生まれた以上は敗北は許されん。敗北は弱者の証であり、それは生涯消えない刻印となる」
国内から国外に至るまで呼び寄せた家庭教師をつけてもらった私は魔法の腕を磨いた。
おかげで10歳を超える頃には家庭教師より強くなっていて、初めてお父様に褒められる。
この時ほどの喜びを感じたことはない。
勝利とは人を惹きつける。
敗者は何も得られない。
私はより強くそう思うようになった。
ところが――
「リリーシャ、今はまだ力不足ですがいずれ私があなた達を導きます」
王族主催のパーティで出会ったレティシア王女は私にこんなことを言ってきた。
私はその言葉の意味がしばらく理解できず、レティシアと握手をする。
そして屋敷に帰ってからようやく我に返った。
(あなた達を導く? この私を? あの柔らかい手には豆一つないじゃない)
私は昼も夜も杖を手放したことがなかった。
あんな呑気にパーティを開いて貴族達に自慢する余裕があるほどだ。
王族なんてさぞかし優雅で退屈な生活をしているに違いない。
この日から私はより訓練に励むようになった。
そして学園に入学して、私は初めて敗北を知る。
アルフィス・バルフォント。
謎の多いバルフォント家は王族のパーティにも姿をほとんど見せない。
お父様は普段からバルフォント家にだけは負けるなと口を酸っぱくして私に言いつけていた。
だからアルフィスに負けた日、私はお父様にこれ以上ないほど叱責された。
この一族の面汚しが。何のためにお前を育てたと思っている。
何度も叩かれて罵倒されて私は謝った。
それから間もなくして二度目の決闘で敗北、魔術真解まで打ち破られて私は今度こそ見捨てられると思った。
悔しさよりも見捨てられる焦りが勝って私は取り乱してしまう。
だけどあいつは――
「あぁ、一緒に強くなろう」
その瞬間、私の中で何かが弾けた。
今まで感じたことがない衝撃を受けた気分だ。
それからはあいつが気になってしょうがなくなってしまう。
そう、今も。
「この先の洞窟が怪しいな」
「なんでそう思うの?」
今はアルフィスと演習場の異変調査をしている。
私はどうにも恥ずかしくて並んで歩けない。
「見晴らしのいい平原に目立った魔物はいなかった。湖に生息する魔物は活動範囲が限定的だし、この森に何もなければ後は洞窟しかないだろう」
「そ、そういえばそうよね」
「お前、大丈夫か? 頭が回ってないんじゃないか?」
「ちょっ!」
アルフィスが私の額に手を当ててきた。
初めて男の子に触れられて私は軽くパニックになりそうだ。
少しだけ硬くて温かい手の感触がどうにも心地いい。
「バカッ! 触らないで!」
「すまない」
思わず手を払いのけてしまったけど、なぜか残念に思う自分がいた。
もう少しだけ触れていたかったなんて決して思ってないんだから。
私はそんなふしだらな女じゃない。
「それにしても魔物が見当たらないな。こりゃ数が減ってるってのも本当か」
「さっき逃げていったキラーウルフ達も見当たらないわ。まさかあの先輩が倒しちゃったとか?」
「まさか。いくら脳筋でも生徒会執行部だぞ」
「のーきん?」
アルフィスが地面をよく調べ始めた。
ゴブリンやキラーウルフの足跡や糞を見ている。
平原を越えて森の中に入って、木々をかき分けて観察していた。
「どうもこの辺りで足跡が途絶えているな。森の中ならゴブリン達が嬉々として襲ってきそうなものだが……」
「あなたが波動とかいうので脅かしてるんじゃないの?」
「もう何も放っていない。ん? これは……」
突然アルフィスがかがんで地面を凝視した。
そこには一筋の跡がある。
こんな細長い魔物なんていたかな?
「なるほどな。これの主が現れたなら、この辺りの魔物なんてひとたまりもない」
「ねぇ、何がいるの?」
「ワームだよ。この跡を残したのはまだ小さい個体だが、おそらく親個体が掘り進んで演習場の地下にやってきたんだろう」
「ワ、ワーム……」
私はゾッとした。
だけど決してそんな様子をアルフィスに見せるわけにはいかない。
「びびってないか?」
「び、びびってない! それよりワームはどこにいるの?」
「たぶん洞窟だ。地下を根城にして繁殖している可能性がある」
「洞窟……まさか中に入る?」
「当たり前だろ。こんな経験くらいあるだろ?」
私としたことが変なことを言ってしまった。
だけどワーム、洞窟というワードが私を不安にさせる。
認めたくないけど私は暗いところが苦手だ。
昔、両親にすごく怒られた時に屋敷の地下に閉じ込められたことがあった。
一晩中暗くて寒い地下に閉じ込められた時の恐怖は今でも忘れない。
あれ以来かな。少しでも明るさがほしくて炎魔法を学び始めたのは。
「じゃあ、行くぞ」
「ま、待って!」
「なんだよ」
「いや……出てくるまで待つと言う手もあるわ」
「あいつらは地下を掘り進んで巣を拡大する。放置したら地盤沈下を起こして大惨事になりかねない」
私は手の震えを止めるので精いっぱいだった。
こんなのアルフィスに悟られたら何を言われるか。
散々偉そうなことを言っておいて情けない姿を見せるわけには、でも。
「しかしワームか……。かなりの相手だな」
「そこまで……?」
「あいつらは上位種にも恐れず襲いかかる。最大の個体となるとドラゴンを食い殺すほどだ」
「そんなの応援を呼んだほうがいいわ!」
私は必死に食い下がった。
こいつがバカじゃなければきっと思い直して――
「でもお前と一緒ならどうとでもなる」
「え……」
その言葉を聞いて私は体の芯がほどける感覚を覚えた。
体が熱く火照っている。魔術真解の時でさえこんなことにはならなかったのに。
や、やってやる。やってやるわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます