第34話 リリーシャの様子がおかしい

「依頼内容は演習場の異変調査だ」


 クライドの言う演習場とは学園の敷地内にある広大な自然のフィールドのことだ。

 ここでは魔物が放し飼いされていて、野外演習の目的で使われる。

 一年、二年、三年ごとに分かれていて魔物の強さも段階ごとに異なっていた。


 今回の調査対象は一年が使うフィールドだ。

 学園の北西側にあるそこは低級の魔物を放し飼いしているが、ここのところ数が減っているという。

 魔物によっては繁殖しすぎて時々駆除することもあるが、最近の減り方は尋常ではないとのこと。


「僕が考えるに一年演習場には何かが潜んでいる。それも一年生の手には負えないような魔物がね」

「一年の手に負えないようなものを一年のオレに任せるのも変な話だな」

「君の実力はすでに一年生の域じゃない。だからこそ頼めるんだ」

「教師には頼めないのか?」

「先生達は先生達で忙しいんだ」


 オレが意地悪く追及するとクライドは不快な態度を見せることなくあっさり答えた。

 オレだって暇じゃないんだが、と口をついて出そうになる。


「仕方ないな。やってやる。ただしリリーシャを連れていく。それが条件だ」

「リリーシャを? 構わないけど、やけに彼女に拘るね」

「まぁちょっとな」


 いきなり指名されたリリーシャは目を丸くしている。


「ちょ、ちょっと! なんで私が!」

「生徒会の仕事だろう。オレ一人にすべて任せるというのもおかしいし、一年が使う演習場なら一年で掃除すべきだ」

「掃除って……」

「自信がないのか?」

「わかったわ。安い挑発だけど乗ってあげる」


 以前だったら声を荒げて拒否していたはずだ。

 そう考えればこの前の決闘も無駄ではなかったとオレは密かにほくそ笑む。


「納得いかねぇな」


 例の野生児ことガレオがまたテーブルを叩いた。


「バルフォント家だか知らねぇが、しょせんはまだ一年だろ。とても任せられるとは思えねぇ」

「文句は会長に言えよ。オレが決定したわけじゃない」

「会長、こんな生意気な一年を甘やかしてどういうつもりですか」


 ガレオが苛立ちながら会長に質問する。

 会長はやれやれと言いたげに席を立った。


「ガレオ、だったら君も参加するといい」

「ハッ! いいんですか? せっかくあの一年に任せたのに無駄になっちまいますぜ?」

「それはそれで目的を果たしたことになる」

「ありがてぇ! というわけだ、一年」


 ガレオがしてやったりとばかりにニヤリと勝ち誇った。

 こいつ一人が加わったところで強さ的にも何の支障もないだろう。

 あのデニーロよりは強いし、いざという時に囮くらいにはなるかもしれない。


                * * *


「さーて! 一年ボウズに現実ってのをわからせてやらねぇとな!」


 一年の演習場を前にして、やたらガレオが張り切っている。

 オレは相手にせず、さっさと先を歩いた。


 一年の演習場は森と湖、荒野、平原、洞窟に分かれている。

 二年の演習場となると雪原や砂漠と過酷な場所が増えていく。

 当然生息している魔物も異なるけど、一年の演習場に今更オレやリリーシャが苦戦するようなのはいない。


 それを知っているのか、ガレオが意気揚々とオレを追い越して走っていく。


「ガハハッ! 遅いぞ、一年!」


 強化魔法をかけたガレオが一気にオレ達を引き離して消えた。

 まったくおめでたい奴だ。


「アルフィス、先に行かせていいの?」

「どうせどこに異変の原因があるかもわかってないだろ。無駄に魔力を使わせておけばいい」


 さすがのリリーシャも呆れているみたいだ。

 オレは当然わかっているから無駄な力は使いたくない。

 オレ達が歩いている平原エリアにはゴブリンだのキラーウルフだのカスみたいなのばかりだ。


 そのキラーウルフがオレ達を取り囲んで唸り声を上げている。


「さっそく来たわね!」

「いや、待て」


 オレがリリーシャを片手で制する。

 それから体の表面からごくわずかな波動を放った。

 波動は空気を伝わってキラーウルフ達に伝わっていく。


「グル……」

「ウォーー!」

「きゃうんっ!」 


 キラーウルフ達が一斉に逃げていった。

 リリーシャは何が起こったのかわからないといった様子だ。


「な、なんで?」

「殺気を波動に乗せて散らした。あのレベルの魔物相手なら戦うまでもない」

「波動?」

「まぁそれは後々な」


 よく殺気を飛ばすなんて言うが、あれは相手が無意識に波動を感じ取っているからだ。

 人間よりも自然界に生息する動物や魔物のほうが波動に敏感で感じやすい。

 野生では敵の力量や引き際を見極めるのが大切だからな。


 いわゆる野生の勘というやつは波動を感じ取っているに過ぎない。

 ただそれを波動と認識しているかどうかの違いだ。


「よくわからないけど、あなたにしては優しいのね」

「この演習場の魔物だって無限にいるわけじゃないし、無駄な殺しをしたいわけじゃないからな」

「そこまで考えているなんてちょっと意外かな」

「オレだって一応この学園の生徒だぞ。ここの魔物は生徒のための教材だからそりゃ大切にするさ」


 オレがつかつか歩き出すとリリーシャが足を止めていた。


「おい、どうした?」

「え? あ、うん……」

「少し顔が赤いな。まさか熱でもあるのか?」

「そ、そんなことない。さ、行きましょ」


 リリーシャが見せつけるようにオレの先を歩く。

 元気そうならよかったが、まさかレティシアみたいにおかしな方向へ行かないよな?

 あのリリーシャに限ってそれはないと信じているが。


「なによ! 一緒に行くんでしょ!」

「あぁ、悪い」


 オレは後頭部をポリポリとかいた。

 リリーシャに限って、オレは何度もそう自分に言い聞かせる。

 ないよな? 

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