第32話 オレが高みを目指そうとしている傍らで何かが起こっている

「そなたのお人好しにも呆れたものじゃのう」


 ヒヨリが口元を着物の裾で隠してわざとらしく隠して笑う。

 ヒヨリはオレが大浴場から自室に戻ってくると、普通にベッドに腰をかけていた。

 何のことを言ってるのかはわかる。リリーシャのことだろう。

 

「リリーシャのことなら当然だろ。あいつを腐らせる意味がわからん」

「わざわざ強くするきっかけを与えるとはな。そんな人間、見たことがない。怖くはないのか?」

「何がだ?」

「もしあの娘が自分より強くなったら……などとは思わんのか?」

「ハッ……」


 あまりに愚問すぎて思わず笑ってしまった。

 たぶん今までヒヨリが見てきた人間がそうだったんだろう。

 古代帝国の皇帝含めて、自分の地位を脅かされて穏やかでいられる人間はいないからな。


「別に何とも思わん。それを上回る楽しみが増えるだけだ」

「言うのう。何がそなたをそうさせるのかの」

「何だろうな。そう言われるとわからん」

「まぁわらわとしてはそなたがかわいくて仕方がない。どれ、先程の約束通り撫でてやろう」


 ヒヨリがベッドの上に立ってオレの頭を撫でてくる。

 こんな尊大な喋り方をする奴だけど身長はオレより低い。

 あまりいい気はしないけど、どこかのキス魔よりマシだ。


 しかも一応ここは男子寮だから、こんな姿を誰かに見られたら大変なことになるな。

 あらぬ誤解のオンパレードだろう。

 

「わらわとしてはあのリリーシャよりもレティシアという小娘のほうが厄介じゃな」

「あいつは光属性の使い手だからな。闇属性のお前とは根本的に相性が悪い」

「それもあるがあの迷いなく敵の攻撃を受けきれる胆力よ。普通はわずかにでも臆すものじゃがな」

「そこがあいつのすごいところだ。まだまだ強くなるぞ」


 レティシアも確実に成長しているから、うかうかしていられない。

 オレはというと正直に言ってこのディスバレイドに助けられている節はある。

 シャドウサーヴァントだってこれがなかったら、まだ一体までの影しか出せなかったはずだ。


「ヒヨリ、今のオレはディスバレイドの何%の力を引き出せている?」

「今のそなたはせいぜい10%そこそこじゃな。とはいえ、その恩恵は理解しておるだろう? そこを差し引けば、あの戦いは危なかったのではないか?」

「オレもあの戦いじゃ半分の力も出していなかったぞ。それにこれの真価はそこじゃないだろう」

「切り裂いたものを闇に葬る……が、そなたの実力以上のものは無理じゃ」


 オレが強くなればなるほどこいつは無敵度が上がる。

 そこでふと気になった。


「エルディアの皇帝はお前の力を何%引き出していた?」

「初めて手にした時は40%で最終的には80%ほどじゃな。もっと野心を維持していたら100%に届いたかもしれんというのに、つまらん男じゃ」


 エルディアの皇帝はオレなんかよりよほど素質があったみたいだな。

 この事実にショックを受けるどころかオレはより燃えた。

 エルディアの皇帝でさえ届かなかった100%、オレは必ず到達する。


                * * *


「では第一回アルフィス様ファンクラブ活動会議を始めます」


 放課後、使われていない教室で私達は会議をしています。

 メンバーは現時点で23名、アルフィスさんとリリーシャさんの戦いでまた増えて大変喜ばしいです。

 この会議ではアルフィスさんに関する情報の共有と議題に関して話し合います。


「では皆さん、何かアルフィス様に関して判明した事実はありますか?」

「はーい! アルフィス様は好きな食べ物を必ず最後に残す。これ誰か知ってた?」


 ルーシェルさんが開幕からとんでもない先制攻撃をしてきました!

 これにはファンクラブ一同、衝撃のあまり言葉を失っています!

 何せアルフィス様はあまりジロジロと観察していると勘がいいのですぐに気づきます!

 つまりこれは常にアルフィス様と行動を共にしているルーシェル様だからこそ入手できる情報!


「ル、ルーシェルさん! それは新事実ですよ! ちなみにアルフィス様はどういった食べ物がお好きなんですか?」

「そこから先は慎重に言葉を選びなよ。トップシークレットだよ?」

「うぅ……で、では好きな色とか……」

「黒」


 ここで皆が一斉にメモをします。

 少しでもアルフィス様の情報を取りこぼさないために、各自ここで学んで応援に活かします。

 今後の応援旗の作成に大いに役立つでしょう。


「では本日の議題です。アルフィス様の……」

「失礼するわ」


 突然教室に入ってきた人物に誰もが唖然とします。

 それはそう、あのリリーシャ様なのですから。


「リリーシャ様!?」

「まさか生徒会執行部の的にかけられたというの!?」

「皆さん、お、おおおお、落ち着いてててててて!」


 ダメです、私がしっかりしなければいけないというのに。

 リリーシャ様が席に座って、隣の子のメモを奪い取って眺めています。

 アルフィス様に負けたことをまだ気にされているのでしょうか?

 だから腹いせにファンクラブの活動を停止させようと?


「なるほどね。今日から私も加入するわ」

「えっ?」

「あら、何か問題でも?」

「そ、そうじゃないですけど……一体なぜ?」

「ここはアルフィスのことが気になってしょうがない生徒達が集まる場所だとしたら都合がいいの」


 なんかすごいこと言い出したんですけど?

 聞き間違いでしょうか?


「ここにいればアルフィスに関する情報を入手しやすい。もちろん私が調べた上で分かった情報は共有するわ。そう、私達は同士よ」

「はぁ……」

「でも、やるからには手ぬるいやり方は認めない。アルフィスの弱点、嫌いなもの、徹底して洗い出すわよ。それがアルフィスに勝つということ……違う?」

「ち、違……」

「ちょっと待ってくださいッ!」


 そう言いかけた時、また教室のドアが勢いよく開きました。

 今度はレティシア様です。なんで、どうして。


「レティシア……」

「リリーシャさん、抜け駆けは許しません。こんな場所があるなんて私としたことが……」

「そう、あなたもアルフィスを狙っているのね」

「えぇ、だからこそ私はすべてを捧げる覚悟です」


 なんかお互いにすごい勘違いしてません!?

 決闘はどうぞ勝手にやっていいんですけど、ここでバチバチするのはやめて!


「二人とも、お前達がアルフィス様にお近づきになろうなんて10年早いよ。せめてアルフィス様が苦手な食べ物くらい知っておかないとね」

「苦手な食べ物ですって!? あいつにそんなものがあると言うの!?」

「ルーシェルさん、ぜひ教えてください! 将来の生活のための参考にします!」


 リリーシャさんとレティシア様が食いついてます。

 得意げに勝ち誇るルーシェルさんといい、なんだか三人の意思が微妙にずれている気がするのです。

 ただ一つだけ言えることは、もはやただのファンクラブではなくなる可能性が極めて高いです。

 アルフィス様の従者、パーシファム家のご令嬢、姫。

 ファンクラブの会員層が一気に濃くなってしまいました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る