第31話 闇魔法に底はない

「アルフィスが二人……いえ、影?」


 リリーシャが並び立つオレ達を訝しむ。

 その影はオレの姿をしていて、持っている武器も同じだ。

 とはいっても本物じゃないけどな。


「シャドウサーヴァント。影から分身を作り出す魔法さ。こいつはオレと同じ強さだから、単純に戦力が二倍ってことだな」

「な、何をするかと思えばそれがどうしたのよ。手数が少し増えただけじゃない」

「じゃあ、やってみるか?」


 オレと影がそれぞれ散って左右から挟撃した。

 リリーシャは炎化して回避を試みて、オレ本体の剣による攻撃から逃れる。

 ところが炎化が解除されたところに影がちょうどよくいい一撃を入れた。


「くっ!」

「炎化していないから効いただろ?」

「邪魔な影ね!」


 リリーシャが大量の炎球で影を集中砲火するけどすべてすり抜ける。

 これがもう一つの強みだ。

 影はあくまで影で、それでいて闇魔法と同じように攻撃だけ当てることができる。


「攻撃が効いていない!?」

「影にそんなもん通るわけないだろ」


 オレの影はいつもオレと行動をしているから再現なんてお手の物だ。

 影と闇、字は違うけどオレは同じものとして捉えている。

 もので遮られたら影が暗くして闇を作る。


 光が届かなければそこは闇だ。

 こんな風に魔法は解釈次第でいくらでも広がる。

 シャドウサーヴァントは無敵の仲間を一体作り出す超強力な魔法だ。


 ただし今のオレじゃ二体が限界だった。

 もう一体はあえて出していない。


「ダークニードル……×2」


 時間差で放たれるそれはさすがにリリーシャでも回避できないみたいだ。

 胸や腹に刺さって確実に弱らせている。

 リリーシャは呼吸を荒げて動きが鈍くなっていた。


「はぁ……はぁ……い、痛い……うぅ……」

「さすがにもう降参しろ」

「うる、さい……! うぁッ……! い、いた、痛い……」

「言っておくがまだオレは手の内をすべて見せていないぞ。つまり全力で戦っていない」


 オレの言葉を聞いたリリーシャが涙目で絶望でも見たような顔になった。

 今はあくまで闇魔法の一つを見せただけだ。

 そしてオレは新たな手を見せることなく、シャドウサーヴァントだけで決着をつけるつもりだ。


「まだ、まだ……! 私は……私は負けるわけにいかないのよッ!」

「それはお前にとっての勝利か?」

「は……?」

「パーシファム家……つまり父親が望む勝利だろう。バルフォント家の人間には負けるな、てな。それがお前を早まらせてしまった。まだまだ強くなるってのにな」


 リリーシャが言い返せずに棒立ちしている。

 オレはどちらかというとこいつの父親ブランムドを嫌悪していた。

 大人のくだらないエゴで逸材を腐らせている毒親だからな。


 それに比べるとレオルグの放任主義は正解の一つかもしれない。

 本当に才能があれば余計なことをしなくても勝手に強くなっていく。

 バルフォント家の人間となれば、師匠すらいらない。


 リリーシャもこの世界においては確実に上澄みの強者だ。

 パーシファム家を二番手たらしめているのはブランムドを初めとした歴代当主だろう。

 だからオレはまずリリーシャに気づいてほしかった。


「私がまだまだ……強くなる?」

「そうだ。お前はそんなものじゃない。大体、今のオレにすら苦戦しているようなのが魔術師の到達点っておかしいだろ」

「でもお父様は褒めてくれた! お前は魔術師の鏡だって!」

「つくづく毒親だな。じゃあ、それがいかに到達点(笑)か今から教えてやるよ。シャドウサーヴァント」


 リリーシャの影からもう一人の影人間が出現した。

 それは紛れもないリリーシャの影で、炎を帯びている点も同じだ。


「なっ! 私……!」

「お前の力も利用させてもらうぞ」

「フン! しょせんは偽物よ!」


 リリーシャの影が繰り出したのは黒い炎だ。

 赤に対して黒い炎が対抗して襲いかかり、リリーシャの体を包む。

 効かないと高をくくっていたリリーシャだけど、受けてみてすぐに現実を理解したみたいだ。


「熱いッ! わ、私に炎が効くなんて!」

「そいつは炎属性でもあり闇属性でもある。炎の耐性だけあっても闇耐性がないと普通に効く。それは今のお前の魔力で繰り出された炎だ」

「くぅぅ……! ま、だ、まだ……!」

「な? まだまだ、だろ?」

「うるさぁーーーい!」


 リリーシャが怒りに駆られて体中の炎を噴出させた。

 まだやる気なら仕方ない。


「ひとまずもう一回オレに負けて頭を冷やせ」


 オレと分身がリリーシャを強襲する。

 慌てて炎を放ってガードしようとするも、二人同時に対応しようとしたのが仇になった。

 炎が散漫的になり、結果として魔力の練りが甘い炎の壁が出来上がる。

 オレは容赦なくリリーシャにダークニードルを至近距離で再び突き刺した。


「あぐっ……! あ、あぁっ、がッ……!」

「普段は出来ていることが土壇場になるとできなくなる。あるあるだよ。経験の差が出たな」


 リリーシャの喉にダークニードルが突き刺さる。

 リリーシャの体が光の粒子となって散り、フィールド外へ飛ばされてアウトさせられた。

 今のはさすがに致命傷だ。


「さすがアルフィス様! よゆーだねっ!」

「素敵です!」


 レティシアが両手を結んでオレの勝利を喜び、ルーシェルが飛び跳ねる。

 一方でフィールド外で苦痛に悶えているリリーシャは起き上がれず、涙を流して嗚咽を漏らしていた。


「うっ、うっ……ふぐっ……あうぅ……」

「大丈夫か?」

「さ、触らないでっ……」


 背中をさすってやったけどリリーシャはオレの手を払いのける。

 顔を見られたくないのか、頑なに床に手をついたまま見せようとしなかった。


「私なんかどうせ……ひぐっ……ふぇぇぇーーん!」

「落ち着けよ。オレは別にお前が憎くてやってるんじゃない。お前に可能性を感じているんだよ」

「か、のうせい……?」


 リリーシャは涙を鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。

 なかなかひどい顔だな。これはこれでいい気味と思わなくもないが。


「お前、自分の炎を受けてどう思った? あんなものじゃ今のお前すら殺せないんだよ」

「そ、そんな……私は魔術真解に至ったのに……」

「お前は強くなりたいと思うあまりに安易な方法に逃げたんだよ。でもそれが一概に間違いとも思えない」

「どういうことよ……」


 リリーシャが座り込んだままオレを見上げていた。

 炎の体となっていた部分が少しずつ元に戻りつつある。

 リリーシャの戦意が消えつつあるのと同時に、新たな気づきを得て成長しようとしている段階でもあった。


「魔術師が強くなる過程で稀にあるらしいからな。安易な魔術真解に逃げてしまうけど、そこから過ちに気づいた奴だけが更なる高みにいけるんだ」

「じゃあ……私はまだまだ強くなれるってこと?」

「そうだ。言ってしまえば今のお前レベルで止まってしまった魔術師はそこそこいる。魔術真解のおかげでそこそこ強いけど伸びしろはない、みたいなのがな」

「そんなの嫌……」


 リリーシャがぷつりと呟いて目に涙を浮かべた。


「そんなの嫌ッ! 私はまだまだ強くなりたい! こんなものじゃなくお父様より誰より……あなたより強くなるんだから!」


 リリーシャの体から熱が一気に解放される。

 赤かった肌が元に戻り、何事もなかったかのように人間としての体を取り戻していた。

 魔力はすっかり元に戻ったものの、流れは前とは比べ物にならないほど安定している。

 心の成長と共に魔力にも影響が出ているな。


「あぁ、一緒に強くなろう」

「うっ、うっ……うあぁぁーーーーん!」


 リリーシャがとうとう泣き崩れた。


「感動した!」

「リリーシャ様、強かったわ!  私も訓練をがんばらなくちゃ!」

「俺も俄然訓練に身が入るってもんだ!」


 観客と化していた生徒達が拍手喝采だ。

 その中にはレティシアもいて、上品に小さく手を叩いている。


「アルフィス様最強っ! さいきょっ! さいきょっ!」

「アルフィス様……やはり素敵です……」

「アルフィス様ーーーー!」

「しびれちゃうーーーー!」


 ルーシェルの他に気が付いたらエスティ率いるファンクラブらしき奴らがいた。

 これがいわゆる黄色い声援というやつか。

 実際に自分が受けてみると少し恥ずかしいというか割とやめてほしい。

 ていうか聞いていた人数より多いんだか? 10人以上いないか?

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