第29話 レティシアの覚悟

「アルフィス様、あのリリーシャをボコボコにするんですか?」

「穏便に済めばいいけどな」


 オレ達は廊下を歩いて第三訓練場に向かっていた。

 リリーシャがトラブルを聞きつけてそちらに行ったからだ。


 学園長はあんな感じで依頼したが、オレとしてはリリーシャを殺すつもりはない。

 モブならともかくリリーシャはメインキャラだし、胸糞イベントはともかくあいつそのものは嫌いじゃない。

 あいつがあんなことになったのもほとんどが家庭環境が原因だ。


 父親の当主ブランムドは一人娘のリリーシャに厳しい教育を施した。

 国内でも有名な実力者を雇って勉強から武道、魔法まで遊ぶ暇も与えずに学ばせている。

 小さい頃からそんな状態だったから、あいつは自分が不幸とすら思ってない。


 自分の使命はパーシファム家の当主になることであり、それ以外の生き方なんて考えたこともないだろう。

 まるで父親のお人形なんだからあんな風になるのもしかたない。


(そなたも甘い奴じゃのう)

(ヒヨリ、リリーシャは斬らんぞ)


 ヒヨリが魔剣の中から話しかけてくる。

 これはオレの脳内での会話であり、ルーシェルにすら聞こえていない。

 さすがに学園内でホイホイ姿を現わしたらうるさくなるからな。


(あの小娘はいずれ破滅する。いつぞやの皇帝と少し似ておるな。上に立つ者としてなどと考えて、いざ立てば抜け殻のようになる。使命を背負いし者など、使命がなくなればそんなものじゃ)

(自分の存在意義を外部に依存しているからそうなる。オレはオレのことしか考えていない)

(その割にはあのリリーシャに随分と熱心じゃな? 初々しい奴じゃ。今度撫でてやろう)

(また今度な)


 リリーシャの件だって結局はオレのためだ。

 あいつにはまともに成長して強くなってもらわないと攻略する意味がない。

 これは本来レティシアの役目なんだが、この世界の彼女がリリーシャのイベントをこなすとは限らなかった。


 ゲームではプレイヤーが操作してイベントを起こすが、この世界のレティシアはレティシア個人の意思で動いている。

 つまりプレイヤーがイベントの存在を知ってコンプリートするわけじゃない。

 オレが一切何もしなければゲーム通りの筋書きだったんだろうが、色々とはっちゃけすぎたからな。

 もしかしたらシナリオが変更されている可能性があった。


 そんなことを考えながら第三訓練場に着くと、リリーシャがすでに無双していた。

 ボロボロになった生徒達がリリーシャの前に倒れている。


「ご、ごほッ……ま、待ってくれ……もう戦えない……」

「だから? それが校則違反と何の関係があるの? やたら反抗するからまとめてお相手してあげたのだけど?」


 リリーシャが痛めつけているのは校則違反連中か。

 具体的に何をやらかしたのか知らないけど、たかが校則違反にしては熱くなりすぎだ。


 仮にあいつらが消されるようなことをしたとしても、その役目はリリーシャじゃない。

 オレと違ってこれ以上やりすぎたらあいつは普通に退学になる可能性がある。


「おい、リリー……」

「リリーシャさん、そこまでです!」


 お? まさかのレティシア姫の登場か。

 オレの心配は杞憂だったみたいだな。主人公らしくシナリオ通りに動いたか。


「あら、お姫様。何か用?」

「リリーシャさん、あなたはなんのために生徒会に入ったのですか?」

「私はいずれパーシファム家の当主になって国内の秩序を守る。その私が学園の秩序を守るのは当然でしょ?」

「ここにあるのは無法です」

「なんですって……?」


 レティシアがリリーシャに臆せず近づく。ちょっと見ない間に見違えたな。

 魔力が体の表面に綺麗に留まっていて、平常時でのコントロール力も格段に上がっている。


「リリーシャさん、そんなに暴れたいのなら私がお相手しましょう」

「意外なことを言うのね。でも私は生徒会執行部、無暗に決闘はしないの」


 レティシアはリリーシャの挑発を無視して剣を抜いた。

 そしてリリーシャの鼻先で空を斬る。


「……今、私は生徒会のお仕事を邪魔しました。では文句があるならこちらへ来てください」


 レティシアがセーフティフィールド内に入っていく。

 これにはリリーシャもビッキビキだろう。


「いい度胸ね! 王女様ッ!」


 リリーシャがレティシアを追いかけてセーフティフィールドに入った途端に仕掛けた。

 炎球が至るところに出現してレティシアに放たれる。

 以前より魔力のコントロールがうまくなっているな。

 ブレが少ないし、それでいて火球が余計な魔力を放出していない。

 きちんと魔力で練り上げられている証拠だ。


「これで終わりよ! 王女様!」 


 火球がレティシアに命中する寸前、それが明後日の方向へ流れるように飛んでいった。

 これは――確か、あの技だな。


「ディフレクト」


 レティシアが剣を振ったと同時に火球がすべて弾かれる。

 その剣には魔力が帯びていて、何をやったのかすぐにわかった。

 通常、魔法は武器で受けるとよほどのものでなければ損傷してしまう。


 しかし魔力を帯びているとなれば別だ。

 魔力でいわゆるコーディングをして魔力同士を相殺すれば、魔法だろうと防げる。

 レティシアはこの短期間でそれを身に着けていた。


 それにあのディフレクトは物理や魔法を受け流せる。

 そう、レティシアは華麗に舞うタイプのキャラじゃない。


「な、なんで、こんな……!」

「私はレティシア王女。民の先頭に立ち導く者です。故に私はいかなる障害からも逃げません。すべて受けて民を守ります」


 ドン!と効果音が聞こえてきそうなほどレティシアは堂々と立っていた。


「リリーシャさん。気が済むまで攻撃してください。私は逃げませんし、手を出しません」

「ふっざけんじゃ……ないわよぉッ!」


 リリーシャが炎の壁を作りだしてからそれをレティシアに向けて放った。

 勢いよく迫る炎の壁にもレティシアは逃げない。


「ディフレクト」


 レティシアを中心として、炎が拡散するようにして弾き消える。

 迫る障害が王女の前ですべて取り除かれた。

 威風堂々と立つレティシアに、見ていた生徒達はやがて歓声を上げ始める。


「レティシア王女……がんばれ!」

「レティシア様!」

「俺達、王女様についていきます!」


 剣を持つレティシアが民によって称えられている。

 その神々しさにオレすら思わず見とれてしまった。


「まだ、まだまだまだよッ!」


 リリーシャがありとあらゆる炎魔法を繰り出すけど、レティシアは苦しそうにしながらも受け流している。

 その姿を前にして生徒達はますます盛り上がった。


「レティシア様!」

「レティシア様!」

「レティシア様!」


 レティシアの名を叫ぶ生徒達が訓練場内に溢れかえっていた。


「はぁ……はぁ……手を……手を出しなさいよ……」


 レティシアは何も答えない。

 一方でリリーシャの魔力が限界に近いはずだ。

 なんでレティシアがリリーシャに手を出さないのか、わからないだろうな。


 ふらつきながらリリーシャが尚も魔力を込める。

 おい、それ以上はさすがに死ぬぞ。


「この甘ったれ王女のくせに……何が、何が民を導くって……この私がどれだけ……どれだけ苦労したか……!」


 リリーシャの体が紅に染まった。

 これはもしかして、まずいやつかもしれん。


「私は負けない、負けない、負けない……私は、私は至ったのよ、魔術師の到達点に……!」


 リリーシャの体から炎が噴出してセーフティフィールド内に一瞬だけ広がる。

 満ちに満ちた魔力を滾らせてリリーシャはついにやってしまった。

 そう、やってしまったんだよ。

 しょうがないな。ここからはオレの出番だ。

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